サークル主俺、アンソロ寄稿者に“販売担当者”呼ばわりされた挙句、サークルを乗っ取られた件

月代零

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8.名無しの字書き

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 そしていよいよ、Xデー……もとい、文フェスの日を迎えた。小説を書く気力は復活せずつぶったーは鍵垢、小説投稿サイトのアカウントも失ったままの俺は、今回は一般参加だ。

 会場のメガサイトに着くと、まだ開場時間前だが、けっこう長い一般参加者の待機列ができていた。俺は入場チケットを買い、その最後尾に並んだ。

 本当だったら、今年もサークルとしてこの会場にいるはずだったのに。そう思うと、悔しさと共に、改めて腹立たしさが募った。
 待機している時間が、妙に長く感じられた。じりじりと時間が過ぎるのを待ち、やっと開場のアナウンスが流れた。列が動き出し、会場内に人が吸い込まれていく。

 俺は会場に入ると、配置図を確認しながら人混みを縫って、真っ直ぐAのサークルを目指した。

 しかし、文フェスの規模も大きくなったものだなあと、嬉しくも思うが、少し寂しくなってしまう。何年か前に初めて参加した時、文フェスはもっと小規模なイベントホールで開催されていた。人の流れもゆったりしていて、気になる本をじっくり眺める余裕があった。
 それが今は、日本最大規模のイベントホールである、メガサイトで開催されている。文フェスの知名度が上がり、書き手も読み手も増えていくのは嬉しいと思う。だが、それと反比例するようにして、無名のサークルは目に留めてもらいにくくなったような気がする。

 俺も初めてサークル参加した時は、一冊も売れないことを覚悟していたが、思った以上に立ち止まって見本を読み、買ってくれる人が多かったことに驚き、嬉しかったのを覚えている。だけど、会場が広く、参加サークルも多くなると、誰もが目当てのサークルを回るだけで精いっぱいになってしまうのだろう。知り合いは来てくれるが、通りすがりの人が足を止めてくれる割合は、格段に減ったように思う。寂しいけれど、これも時代の流れか。

 そんなことを考えながら歩いていると、Aのサークル『カッコウの巣』が見えてきた。そのスペースには、女が一人立っていた。黒髪ロングのストレートに、紺色のシャツワンピースを着ている。歳は二十代だろうか、鼻筋の通った、華奢な感じの――どちらかというと美人だ。いや、そんなことは関係ない。俺は戦いに来たんだ。
 女はにこやかに、立ち止まって見本誌を手に取った男に応対している。俺は邪魔にならないよう、通りの隅に立ち止まって、様子をうかがった。

 見た感じ、人のサークルを乗っ取るような、おかしな奴には見えない。だが、人は見かけによらない。男が立ち去るのを待って、俺は肩にかけたトートバッグの取っ手を握りしめ、深呼吸をした。いざ、決戦だ。
 スペースはシンプルなものだった。本は一種類のみ。それが平積みにしてあって、厚紙にスペースNo.とサークル名を書いたものを、百円ショップで買ったようなイーゼルに立てかけている。

 俺がスペースの前に立つと、彼女は素早く気付き、笑顔を向けてきた。

「どうぞ。見てってください!」

 俺はそれを無視し、険しい表情を作った。

「……あの、Aさん、ですか?」

 怖い顔をした俺に彼女はビビったのだろうか、一瞬怯えたように目を丸くした。何を言ってくるかと身構えたが、

「……いえ、違います。わたしはただの売り子です」

 その口から出てきた言葉に、俺は拍子抜けした。本当だろうかと思ったが、そこを疑っても仕方がない。

「買い物ですか? いつ頃戻って来ます?」

 尚も尋ねる俺に、彼女は首を横に振った。

「今日は、Aさんは来ていないんです。急用で来られなくなったって、さっき連絡があって……」

 なんだって。勢い込んできたのに、無駄足だったっていうのか。いや、彼女が嘘をついていないとは限らない。俺は探りを入れようと、会話を試みる。

「そうですか……残念です。Aさんの作品が好きで、一度お会いしてみたかったんですが……。あなたは、Aさんとは親しいんですか?」

 なるべく怪しまれないよう、笑顔を作る努力をした。

「ん-、まあ……。つぶったーで時々お話してたりしますけど、会ったことはないんですよね。わたしも〝売り子やってほしい〞って頼まれて、今日会えるの楽しみにしてたんですけど」

 嘘を言っているようには見えなかった。もっと何か情報を得られないかと思ったが、あまり居座って怪しまれたらまずい。俺は諦めて、新刊を一冊ください、と言って財布を取り出した。

「ありがとうございます! 五百円です!」

 俺は五百円玉を一枚渡し、本を受け取った。Aに金を渡すのは癪だが、仕方がない。
 それは、薄めの文庫本だった。黒い表紙に白い文字で、タイトルが刻印されている。タイトルは、『404 not found』。その装丁は、なんだか不穏な雰囲気を感じさせた。
 気を取り直して、俺は顔を上げた。

「Aさんに伝えてもらえますか。羽鳥が、話がしたいと言っていると」

 思ったより低い声が出てしまった。案の定、彼女は少し怯えたような顔をした。

「……はい、わかりました」

 怪訝そうに首を傾げる彼女にさっと背を向けて、俺はその場を去った。

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