サークル主俺、アンソロ寄稿者に“販売担当者”呼ばわりされた挙句、サークルを乗っ取られた件

月代零

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9.名無しの字書き

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 他のサークルを見て回る気にもなれず、俺は早々に会場を後にした。しかしどんな事情かは知らないが、二回連続でイベントに来られないなんて、Aは体調やスケジュールの管理がなっていないんじゃないかと思った。

 開場から間もないせいか、帰りの電車は空いていた。イベントを満喫できずに帰るのは悲しいが、仕方がない。
 俺は座席に座って、バッグからさっき買ったAの本を取り出した。さほど厚くはない文庫サイズの本だ。公共の場で同人誌を引っ張り出すのは少し気が引けるが、近くには誰もいないから許してもらおう。

 一体どんな内容だろう。裏表紙を見ても、あらすじなどは書かれていなかった。もし、俺の作品を盗んだものだったりしたら、絶対に許さないぞと思った。
 けれど、電車の中で読む気にはなれなかった。読んだら、自分の中にどんな感情が湧き起こるかわからないからだ。

 じりじりしながらアパートの自室に帰り着いた俺は、コーヒーを淹れて――インスタントだけど――心を落ち着かせ、その本を開いた。

『人は罪深い生き物だ。救われなかった物語のカケラたちが何を思うのか、知りもしない。知ろうともしない。故に、我らは復讐する――』

 本の冒頭は、そんな一文で始まっていた。意味が分からない。俺は眉をひそめながら、先へとページをめくった。
 ぶっちゃけ、文体も物語も難解だった。だが、アンソロに提出された小説の初稿よりは、小説らしくなっている。場面があちこちに飛んでいるようでいて実はしっかり繋がっていたり、何のことかわからなかった比喩が、後ではっきりわかるようになっていたり。不思議と読ませるものがあった。

 しかし、そう思ったのも束の間。読み進めていくうちに、怒りと苛立ちが湧いた。その小説の中のエピソードは、どれもこれも、見覚えのあるものばかりになっていったのだ。そう、それは、俺や仲間たちが書いていた話に、そっくりだったのだ。

 俺だけじゃなく、創作仲間の作品までパクるとは許し難い。だけど、おかしなことに気付いた。それらは、ボツにしたはずのネタだったのだ。
 箇条書きでパソコンのメモ帳に保存して保存していたものや、チャットアプリで話していたものの、実際の作品には落とし込まなかったネタの数々。外部からは知りえるはずのないそれらが、Aの本の中に散りばめられていた。

 未発表のネタが被っていたとしても、パクられたと主張するには無理があるだろう。でも、これほど見覚えのあるネタが並んでいるのは、本当に偶然だろうか。まさか、どこからか見られているとか……?
 そんなしょうもないことを考えて、部屋で一人、失笑した。さすがにそれは、荒唐無稽がすぎる。俺は気を取り直して、本を読み進めた。

 それは、要約すると、こんな話だった。

 ボツにされたネタたちがネットの片隅で意思を持ち、自分に集まった物語の欠片を再構成しようとした。ネット上から小説のパターンを学習し、ネタの数々を小説にまとめようと日々試みていた。
 そして、出来上がった小説を世に知らしめ、顕現できなかった物語の無念を晴らすのが、の目的だった。

 そのための手段として、まず休眠状態のSNSアカウントを乗っ取った。それから同人活動をしている人間に近付き、まずはアンソロジーに自分の小説を載せようと試みた。その過程で生身の人間の意見をもらい、小説の完成度を上げるための学習にも成功し、周囲の人間を巻き込み、自分の信頼度を上げていった。

 その後は、アンソロの連絡のために入手したメールアドレスを使って、SNSや小説投稿サイト、そして同人誌即売会に申し込むためのアカウントまで乗っ取り、自分の本を世に出すことに成功した――。
 難解な話で、全体像を掴むのに何度も読み返してしまったが、この理解で間違っていないと思う。俺は戦慄を覚えた。これはまるで、俺の身に起こったことそのものじゃないか。

『物語は主人公のもの。その他のキャラクターは、主人公を際立たせ、物語を進行させる駒に過ぎない。必要な出来事以外は些末なこと。不幸な出来事も、消えゆく命も、全ては泡沫。けれど、我らは確かに存在した。我らの物語を、ここに刻み込もう――』

 最後はそんな一文で閉められていた。幻想小説のような、ホラー小説のような……ジャンルは何とも言い難い、不可思議な文章だった。

 ここに書いてあることは、本当のことなのだろうか。だとしたら、それの物語に対する執念に、空恐ろしさを感じた。こんなものが本当に存在して、たまたま俺がターゲットにされて、今まで積み上げてきたものが奪われたのだとしたら……。

 なんてな。まさか、そんなことがあるはずないじゃないか。Aが人間ですらない、創作の亡霊のようなものだなんて。
 しょうもない想像を頭から追い払って、俺はその本を本棚の片隅に放り込んだ。
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