10 / 11
9.名無しの字書き
しおりを挟む
他のサークルを見て回る気にもなれず、俺は早々に会場を後にした。しかしどんな事情かは知らないが、二回連続でイベントに来られないなんて、Aは体調やスケジュールの管理がなっていないんじゃないかと思った。
開場から間もないせいか、帰りの電車は空いていた。イベントを満喫できずに帰るのは悲しいが、仕方がない。
俺は座席に座って、バッグからさっき買ったAの本を取り出した。さほど厚くはない文庫サイズの本だ。公共の場で同人誌を引っ張り出すのは少し気が引けるが、近くには誰もいないから許してもらおう。
一体どんな内容だろう。裏表紙を見ても、あらすじなどは書かれていなかった。もし、俺の作品を盗んだものだったりしたら、絶対に許さないぞと思った。
けれど、電車の中で読む気にはなれなかった。読んだら、自分の中にどんな感情が湧き起こるかわからないからだ。
じりじりしながらアパートの自室に帰り着いた俺は、コーヒーを淹れて――インスタントだけど――心を落ち着かせ、その本を開いた。
『人は罪深い生き物だ。救われなかった物語のカケラたちが何を思うのか、知りもしない。知ろうともしない。故に、我らは復讐する――』
本の冒頭は、そんな一文で始まっていた。意味が分からない。俺は眉をひそめながら、先へとページをめくった。
ぶっちゃけ、文体も物語も難解だった。だが、アンソロに提出された小説の初稿よりは、小説らしくなっている。場面があちこちに飛んでいるようでいて実はしっかり繋がっていたり、何のことかわからなかった比喩が、後ではっきりわかるようになっていたり。不思議と読ませるものがあった。
しかし、そう思ったのも束の間。読み進めていくうちに、怒りと苛立ちが湧いた。その小説の中のエピソードは、どれもこれも、見覚えのあるものばかりになっていったのだ。そう、それは、俺や仲間たちが書いていた話に、そっくりだったのだ。
俺だけじゃなく、創作仲間の作品までパクるとは許し難い。だけど、おかしなことに気付いた。それらは、ボツにしたはずのネタだったのだ。
箇条書きでパソコンのメモ帳に保存して保存していたものや、チャットアプリで話していたものの、実際の作品には落とし込まなかったネタの数々。外部からは知りえるはずのないそれらが、Aの本の中に散りばめられていた。
未発表のネタが被っていたとしても、パクられたと主張するには無理があるだろう。でも、これほど見覚えのあるネタが並んでいるのは、本当に偶然だろうか。まさか、どこからか見られているとか……?
そんなしょうもないことを考えて、部屋で一人、失笑した。さすがにそれは、荒唐無稽がすぎる。俺は気を取り直して、本を読み進めた。
それは、要約すると、こんな話だった。
ボツにされたネタたちがネットの片隅で意思を持ち、自分に集まった物語の欠片を再構成しようとした。ネット上から小説のパターンを学習し、ネタの数々を小説にまとめようと日々試みていた。
そして、出来上がった小説を世に知らしめ、顕現できなかった物語の無念を晴らすのが、それの目的だった。
そのための手段として、まず休眠状態のSNSアカウントを乗っ取った。それから同人活動をしている人間に近付き、まずはアンソロジーに自分の小説を載せようと試みた。その過程で生身の人間の意見をもらい、小説の完成度を上げるための学習にも成功し、周囲の人間を巻き込み、自分の信頼度を上げていった。
その後は、アンソロの連絡のために入手したメールアドレスを使って、SNSや小説投稿サイト、そして同人誌即売会に申し込むためのアカウントまで乗っ取り、自分の本を世に出すことに成功した――。
難解な話で、全体像を掴むのに何度も読み返してしまったが、この理解で間違っていないと思う。俺は戦慄を覚えた。これはまるで、俺の身に起こったことそのものじゃないか。
『物語は主人公のもの。その他のキャラクターは、主人公を際立たせ、物語を進行させる駒に過ぎない。必要な出来事以外は些末なこと。不幸な出来事も、消えゆく命も、全ては泡沫。けれど、我らは確かに存在した。我らの物語を、ここに刻み込もう――』
最後はそんな一文で閉められていた。幻想小説のような、ホラー小説のような……ジャンルは何とも言い難い、不可思議な文章だった。
ここに書いてあることは、本当のことなのだろうか。だとしたら、それの物語に対する執念に、空恐ろしさを感じた。こんなものが本当に存在して、たまたま俺がターゲットにされて、今まで積み上げてきたものが奪われたのだとしたら……。
なんてな。まさか、そんなことがあるはずないじゃないか。Aが人間ですらない、創作の亡霊のようなものだなんて。
しょうもない想像を頭から追い払って、俺はその本を本棚の片隅に放り込んだ。
開場から間もないせいか、帰りの電車は空いていた。イベントを満喫できずに帰るのは悲しいが、仕方がない。
俺は座席に座って、バッグからさっき買ったAの本を取り出した。さほど厚くはない文庫サイズの本だ。公共の場で同人誌を引っ張り出すのは少し気が引けるが、近くには誰もいないから許してもらおう。
一体どんな内容だろう。裏表紙を見ても、あらすじなどは書かれていなかった。もし、俺の作品を盗んだものだったりしたら、絶対に許さないぞと思った。
けれど、電車の中で読む気にはなれなかった。読んだら、自分の中にどんな感情が湧き起こるかわからないからだ。
じりじりしながらアパートの自室に帰り着いた俺は、コーヒーを淹れて――インスタントだけど――心を落ち着かせ、その本を開いた。
『人は罪深い生き物だ。救われなかった物語のカケラたちが何を思うのか、知りもしない。知ろうともしない。故に、我らは復讐する――』
本の冒頭は、そんな一文で始まっていた。意味が分からない。俺は眉をひそめながら、先へとページをめくった。
ぶっちゃけ、文体も物語も難解だった。だが、アンソロに提出された小説の初稿よりは、小説らしくなっている。場面があちこちに飛んでいるようでいて実はしっかり繋がっていたり、何のことかわからなかった比喩が、後ではっきりわかるようになっていたり。不思議と読ませるものがあった。
しかし、そう思ったのも束の間。読み進めていくうちに、怒りと苛立ちが湧いた。その小説の中のエピソードは、どれもこれも、見覚えのあるものばかりになっていったのだ。そう、それは、俺や仲間たちが書いていた話に、そっくりだったのだ。
俺だけじゃなく、創作仲間の作品までパクるとは許し難い。だけど、おかしなことに気付いた。それらは、ボツにしたはずのネタだったのだ。
箇条書きでパソコンのメモ帳に保存して保存していたものや、チャットアプリで話していたものの、実際の作品には落とし込まなかったネタの数々。外部からは知りえるはずのないそれらが、Aの本の中に散りばめられていた。
未発表のネタが被っていたとしても、パクられたと主張するには無理があるだろう。でも、これほど見覚えのあるネタが並んでいるのは、本当に偶然だろうか。まさか、どこからか見られているとか……?
そんなしょうもないことを考えて、部屋で一人、失笑した。さすがにそれは、荒唐無稽がすぎる。俺は気を取り直して、本を読み進めた。
それは、要約すると、こんな話だった。
ボツにされたネタたちがネットの片隅で意思を持ち、自分に集まった物語の欠片を再構成しようとした。ネット上から小説のパターンを学習し、ネタの数々を小説にまとめようと日々試みていた。
そして、出来上がった小説を世に知らしめ、顕現できなかった物語の無念を晴らすのが、それの目的だった。
そのための手段として、まず休眠状態のSNSアカウントを乗っ取った。それから同人活動をしている人間に近付き、まずはアンソロジーに自分の小説を載せようと試みた。その過程で生身の人間の意見をもらい、小説の完成度を上げるための学習にも成功し、周囲の人間を巻き込み、自分の信頼度を上げていった。
その後は、アンソロの連絡のために入手したメールアドレスを使って、SNSや小説投稿サイト、そして同人誌即売会に申し込むためのアカウントまで乗っ取り、自分の本を世に出すことに成功した――。
難解な話で、全体像を掴むのに何度も読み返してしまったが、この理解で間違っていないと思う。俺は戦慄を覚えた。これはまるで、俺の身に起こったことそのものじゃないか。
『物語は主人公のもの。その他のキャラクターは、主人公を際立たせ、物語を進行させる駒に過ぎない。必要な出来事以外は些末なこと。不幸な出来事も、消えゆく命も、全ては泡沫。けれど、我らは確かに存在した。我らの物語を、ここに刻み込もう――』
最後はそんな一文で閉められていた。幻想小説のような、ホラー小説のような……ジャンルは何とも言い難い、不可思議な文章だった。
ここに書いてあることは、本当のことなのだろうか。だとしたら、それの物語に対する執念に、空恐ろしさを感じた。こんなものが本当に存在して、たまたま俺がターゲットにされて、今まで積み上げてきたものが奪われたのだとしたら……。
なんてな。まさか、そんなことがあるはずないじゃないか。Aが人間ですらない、創作の亡霊のようなものだなんて。
しょうもない想像を頭から追い払って、俺はその本を本棚の片隅に放り込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる