Trade Secret R ~ やがて、あの約束へ ~

あたか

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第2幕 女は怖い

第7章 ストーカーという純粋さ①

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応接室の隣――

控室は、もはや人が理性のまま居座れる空間ではなかった。

壁紙には刃物を叩きつけたような傷が何本も走り、革張りのソファは幾度も突き立てられたナイフで切り裂かれ、綿と血のようなものが共に噴き出した形跡がある。

床に転がるナイフの跡、深くえぐれたガラステーブルのひび――

そこには、激情と妄執が形を成して暴れた“物語の痕跡”が、痛々しいほどに残っていた。

そんな空間の中心に、女はいた。

ワンピースの裾には返り血が飛んだような痕がうっすら見え、ナイフを握るその両手は、妙に丁寧に爪まで磨かれている。

目は笑っている。

だが、それは感情の結果ではなく、“役を演じる女優”のような機械的な笑みだった。


「わ、悪かった……俺が悪かった。だから……そのナイフ、こっちにくれ」


男の声はすでに震えていた。

命乞いにすら品がなく、愛も誠意もそこにはない。

ただ、目の前の刃から逃れたいという本能が舌を動かしているだけだ。


「……結婚したいって言ってくれたよね?」


声色は甘く、瞳は潤んでいた。

だが、どこか焦点が合っていないような状態だった。

そして、それは、“最後の確認”――

信じるための問いかけではなく、刺す前に一度だけ聞いてみたいという、狂気の整理整頓だった。


「あ、ああ……する。約束する。ただ、今はマズイ。
妻にバレてしまった。
ほ、ほとぼりが冷めたらすぐにでも……、な? 結婚するから……」


「…………本当に?」


男は頷く。

彼女はゆっくりと一歩踏み出す。

ナイフを握った手は、まだ下がったままだ。だがそれが逆に恐ろしい。振り上げるまでもなく“その時”が来るのだと、誰もが感じられるほどに。


「あ、ああ……こっちへ来い」


「私を……選んでくれる?」


「もちろん……お前、しかいない」


ああ、なんて陳腐な台詞だ。自分で言っていて、どれほどの嘘を含んでいるか本人が一番よく知っている。

だがこの場において、真実かどうかは問題ではない。“言ったかどうか”がすべてなのだ。


「ふふ、やっぱり運命の人だぁ♪」


その女の笑顔は本物だった。

歪で、狂っていて、壊れかけていたが――確かに“幸福”という名の笑みだった。

ナイフを持つ手にわずかに力が弱まる。


(よし、今がチャンスだ! ナイフを――)


だが、次の瞬間――

その空気を裂くように、異物が介入した。
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