Trade Secret R ～ やがて、あの約束へ ～

第3幕 男を愚かにさせるものとは

第7章 建前と幻想への挑戦状②

シンデレラの舞台は順調に進んで行った。

そして、最大の見せ場――舞踏会の幕が上がる。

煌きらびやかなドレスの少女達と、燕尾服えんびふくに身を包んだ少年達が、優雅な音楽に合わせて舞う。

照明が一段と強まり、舞台中央に王子が現れた。

サルヴァトーレ演じる王子は、運命の相手――

シンデレラが現れるのを、今か今かと待ち望み、静かに歌い始める。

低く、よく響くその声は、まるで舞台俳優のような滑なめらかさと深みを帯びていた。

高校生の演劇という枠を越え、観客の感覚を塗り替えてゆく。

会場には、一瞬、息を呑む気配が走る。

彼の歌声が、舞台上の世界を完全に支配していた。

その光の中――

現れたのは、ドレスをまとったシンデレラ役の侑斗ゆきと。

一歩、また一歩と歩み出るたび、観客の目が奪われていく。

その佇まい、その仕草は、性別や演技という言葉を超えて、ひとつの美そのものだった。

二人の舞踏が始まると、侑斗が男性であることを忘れさせるほどの、静かな気品と華やかさが空間を染めていった。

観客席の前列。

和服姿の婦人が、扇子せんすをそっと膝に置いた。

スーツ姿の紳士が、無言で身を乗り出す。

――これは、確かに「観る価値のある舞台」だと。

そう思わせるに十分な、緊張と陶酔とうすいが、講堂を包み込んでいた。

舞踏会の幕は、そのまま華やかに続いていく。

そして、やがて夜が明け――

物語は「ガラスの靴」の場面へと、静かに移ろっていく。


「王子、靴のサイズが合う女性が見つかりました！」


「おめでとうございます！」


「……確かに靴のサイズは合った。だが――お前はシンデレラではない」


「な、何故ですか？　私こそが舞踏会であなた様と踊ったあの夜の――！」


「笑わせるな。この国に“靴の合う女”が何人いると思っている？
私が惚れたのは、“枠に合わせる”ことに慣れた女ではない。
与えられた役割を脱ぎ捨て、自分の意志でここまで辿り着いた者だ。
覚悟と孤独を背負っていた――誰かの都合で作られた夢なんかじゃない。
あの夜、私と踊ったのは、“誰かのためのシンデレラ”ではなかった。
あれは、この国の幻想を壊す――誇り高き女性だった。
……たった一夜の出会いでも、忘れようがない」


「…………っ」


観客の心に熱を残したまま、舞台は次の幕へと進んでいく。