Trade Secret R ～ やがて、あの約束へ ～

第4幕 無駄なアナログ感は正確に伝わるだろう

第3章 ウサギ小屋で迷子②

平安の寝殿造りの伝統が色濃く残る広々とした母屋の空間は、侑斗ゆきとやその父親が生活する場所だ。

今は、静けさに包まれていた。

畳敷きの床に足を踏み入れると、木の香りがほのかに漂い、穏やかな時間が流れている。

侑斗ゆきとは保留状態にしている電話機の前で、表情一つ変えずにいた。

古き良き屋敷の一室で、時折、年末年始の大祓おおはらえの準備に追われた使用人達の足音と静かな呼吸だけが遠くに響いた。


「お電話変わりました、橘侑斗たちばなゆきとです」


受話器の向こうから、落ち着いた男性の声が届く。

侑斗もまた、落ち着いた口調で応じた。


「はじめまして、斎藤と申します。年末のお忙しいところ、お呼び立てして申し訳ございません」


「いえ、父から伝言をと聞いております。このままお伺いしてもよろしいでしょうか」


侑斗の声は揺らぐことなく、鋭く相手を見据えるようだった。


「はい。恐れ入りますが、侑斗様ゆきとさまは只今どちらにいらっしゃいますか？」


電話の向こうで何かを探るような沈黙が一瞬だけ流れる。


「自宅の母屋おもやにいますが……それが何か？」


「でしたら、後ろは振り返らない方がよろしいかと」


電話の向こうの相手の声が一層冷たくなる。


「え……？」


バキッ――その瞬間、侑斗の後ろから、鈍い打撃音が鳴り響いた。


「だから、申し上げたでしょう？　せっかくの綺麗なお顔が台無しになりますよと、侑斗様」


そこには、侑斗ゆきと達に無礼な態度を取った本家の使用人女性と、彼女が裏口から手引きした顔を隠したガタイのいい男性数人がいた。

侑斗ゆきとはゆっくりと顔を上げ、相手の冷たい視線を受け止めた。

次の瞬間、瞳を閉じ、覚悟を決めたように深呼吸をした。

受話器は、床に落ちると同時に、赤く染まった指紋の跡を残していた。

既に電話の向こうの声は消え失せていた。