任せてもいいですかーあなたとモーニングキスがしたいー

也菜いくみ

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「そっか。じゃあ金山によろしくしようかな?」
 篠山は昨夜のうちに今日の新幹線の予約をとりなおしていた。ひとの移動の多い時間帯を避けてグリーン車で二席。神野には東京に帰る気持ちはさらさらないというのにだ。
(どうして⁉)
 勝手に段取りを組む篠山にひとこと云うために、神野は前室につづく扉まで移動した。そこには近藤ともうひとり、昨日自分の手を掴んで見張りをさせられていた男がいた。確か金山と篠山が呼んでいた男だ。
 
「あの、俺、帰りませんから」
「おっ? お前元気になったのな。よし、朝飯食うぞ。買ってきたから」
 近藤のおや? というような表情かおをみた気がしたが、それよりも素早く金山に肩をぐいぐい押されて、主室に連れ戻されてしまう。ソファーまで引きずってこられると、強引に座らされた。鼻歌交じりに紙袋からマフィンやデッシュを取りだし机に並べる彼に、眉を顰める。  
「食え食え。たぶんコレおいしいぞ。人気の高い店なんだってよ」
「……ありがとうございます。でも、いりません」

「なに? お前、まだ死ぬとか考えてんの?」
「……………」
「しっかり寝て、いいもん食べて、そしてちょっと周りの人間に頼ってみるとな、数カ月後には嘘みたいに状況が変わったりするもんだよ」
「…………」
「なに、その表情、信じてないの?」
 昨日、近藤の言葉を信じたつもりはなかったが、それでもとんでもない目にあったばかりだ。迂闊うかつに返事はしたくない。
「んー。俺の弟がさ。数年前にさ、自殺未遂起こしてんの。本人も家ん中もグダグダになってさぁ。あの時は俺ん家終わったかぁ、とか思ったんだけど、そのあとなんとかなった。弟はあの時のことが嘘のようにいまは楽しそうに生きている。それで俺たち家族もうまくいっていると思う。んー……、って云っても弟、音信不通ぎみなんだけどな。ハハハ。それでもなんか、トラブルが起きるまえよりも家族関係がよくなってさ、幸せってこういうのを云うのかな? って感じ」

 金山から滲みでる雰囲気で彼が云っていることが嘘でないとはわかるが、それに自分が当てはまることはないのだ。
 改めて耳にすると「自殺」という言葉は、やけに神経の上辺をひっかく嫌な響きをもつもので、神野は唇を歪めた。
「でさ、俺の弟と家族を助けてくれたのが、なんと篠山さんだよ。あのひと懐深いし、頭もいいし、きっとお前もなんとかしてもらえるよ。だから安心して任せておけばいいって」
(また、篠山を頼れとか……。あのひとがどれほどのものなんだ)
 金山に気づかれないように、こっそり溜息を吐く。

 親身になってくれる近藤にも金山にも自分は応じられそうになく、そのことで本来味わわなくてもよかったはずの罪悪感まで生まれてくる。彼らの親切心は自分をさらに苦しめる。だから本当に放っていて欲しいのだ。余計なお世話だと思ってしまうではないか。そしたらまた、そんな自分を責めないといけなくなるのだから。
「俺もお前の頼れる人間のひとりになってやるから。いつでも連絡してこいよ」
 にかっと笑った彼は懐から名刺を取りだすと、デスクに用意してあったボールペンでそれに連絡先を書いて握らせてきた。

「あっ! そうだ」
 そしてなにかを思いついたらしい。神野の横に移動してくるとぐいと身体を寄せて、耳もとで声を潜めた。
「お前な。いいか? 篠山さんに今後のことは任せても、絶対にケツだけは任せるな。あのひとゲイだからな。そこはしっかり自分で守れ! お婿にいけない身体にだけはされるなよ?」
 遅すぎる忠告をした金山は神野の背中をバシンと叩いて立ちあがると、室内に戻ってきた篠山とすれ違いざまに挨拶をかわして、慌ただしく部屋を出ていった。


                 *


 品川から国立にあるマンションまで篠山はタクシーを使ったが、世の中には贅沢に生きられるひとがいることも知っていたので、彼を非難しようとは思わなかった。ただそれが自分への配慮だとは神野は気づけずにいた。
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