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しかもだ。もうこれ以上は意地悪をされたくない、篠山のペニスを逃したくはないと、意地になってしまった自分は、彼の腰に脚を執拗に絡めようとした。最悪だ。
すでに疲弊感がただならなく、膝をもどかしげに蠢かすことしかできなかったことに、その時は癇癪を起こしたが、いま思うと脚が動かせなくて本当によかった。
(あんなの、もう人間じゃない……。とんでもなく下品な言葉もいっぱい云ってしまった……)
猥褻すぎる一夜の記憶を、なんとか抹消できないものかと、神野は頭を抱えた。それも自分からだけではなく、篠山の記憶からもだ。
今朝、篠山はいたっていつもと変わらない様子だったが、はたして自分はどうだっただろう? きちんと普段通りに態度を繕えていただろうか。
そして春臣にたいしても、自分はいつもとおなじように振舞えていたのだろうか。
篠山と肌を重ねるたびに感じていた春臣への罪悪感が、いつもに増して重くのしかかってくる。このあと春臣の顔を正面から見るとこがつらい。
そしてそれは彼に勘づかれたかもしれないという理由からだけではなく、もうひとつ。
神野は唇を噛んだ。
(だって、あれじゃまるで……)
またもや、昨夜のセックスを蘇せて、頬を染める。
(まるで、自分が、……求められたみたいだった……)
胸がきゅんと、せつなく鳴った。
篠山が自分を貪ったというか、なんというか――。
確かに昨日の篠山は意地悪だったが、いまにして思えばそれはまるで特別な相手にだけしてみせる我儘みたいで、 ――神野を甘く狂おしい気持ちにさせた。
あれは本来恋人である春臣に向けるべき、情欲だったのではないだろうか。それを自分が間違って受け取ることになってしまった。だから春臣への後ろめたさが半端ない。
篠山も今ごろ後悔しているのではないだろうかと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。自分がたまたま彼のベッドにいたせいで、思わぬ事故がおきたのだから。
家に帰って彼と顔をあわせたときに、もしも彼がその表情を曇らせでもしたら。
「篠山さんの顔見るの……怖いな……」
ベルトコンベアで次々に流れてくる段ボールに丁寧にピッキングを施しながら、神野は暗鬱な表情でちいさく呟いた。
*
仕事が終わったあと、春臣の行きつけの店に寄った。そこで軽く夕飯を食べて半時間ほど過ごしたあと、マンションに帰ってきた。
玄関のまえまでくると、春臣がキーケースから鍵を取りだして手際よくシリンダーに挿しこんで扉を開けてくれる。
篠山は自宅の鍵を春臣や遼太郎にも持たせていて、彼らが自由にここに出入りすることを許していた。遼太郎にいたっては従業員でもあるので、仕事に使っている部屋の鍵まで持っている。
そこまで彼らに託せてしまえるのは磊落な篠山の性格からか、それとも彼らが篠山にとって特別な存在だからなのかと、ここに来た当初に首を傾げたことがあった。
仕事に行くときも帰って来たときも、大抵春臣が扉を開けたり閉めたりしてくれるので、自分が持たせてもらっている鍵はいまのところずっと鞄の中にいれたままだ。
もしかしたら自分がその鍵に触れるのは、篠山にそれを返すときになるのかもしれない。その光景が頭に浮かんだ神野は、感情の昂るのを感じた。鍵ひとつに感傷的な気分にさせられ、俯いて玄関に足を踏み入れる。すると一足さきに玄関に入っていた春臣の背中にぶつかってパフンと跳ね返された。
「……?」
ぶつけた鼻を押さえて顔をあげると、彼が立てた人差し指を口にあてている。
「祐樹、しぃー」
理由がわからなかったが、ひとまずこくんと頷いた。
玄関のすぐの両サイドの居室が職場として使われていて、左側が事務所だ。平日には来客もある。こちらの部屋は営
すでに疲弊感がただならなく、膝をもどかしげに蠢かすことしかできなかったことに、その時は癇癪を起こしたが、いま思うと脚が動かせなくて本当によかった。
(あんなの、もう人間じゃない……。とんでもなく下品な言葉もいっぱい云ってしまった……)
猥褻すぎる一夜の記憶を、なんとか抹消できないものかと、神野は頭を抱えた。それも自分からだけではなく、篠山の記憶からもだ。
今朝、篠山はいたっていつもと変わらない様子だったが、はたして自分はどうだっただろう? きちんと普段通りに態度を繕えていただろうか。
そして春臣にたいしても、自分はいつもとおなじように振舞えていたのだろうか。
篠山と肌を重ねるたびに感じていた春臣への罪悪感が、いつもに増して重くのしかかってくる。このあと春臣の顔を正面から見るとこがつらい。
そしてそれは彼に勘づかれたかもしれないという理由からだけではなく、もうひとつ。
神野は唇を噛んだ。
(だって、あれじゃまるで……)
またもや、昨夜のセックスを蘇せて、頬を染める。
(まるで、自分が、……求められたみたいだった……)
胸がきゅんと、せつなく鳴った。
篠山が自分を貪ったというか、なんというか――。
確かに昨日の篠山は意地悪だったが、いまにして思えばそれはまるで特別な相手にだけしてみせる我儘みたいで、 ――神野を甘く狂おしい気持ちにさせた。
あれは本来恋人である春臣に向けるべき、情欲だったのではないだろうか。それを自分が間違って受け取ることになってしまった。だから春臣への後ろめたさが半端ない。
篠山も今ごろ後悔しているのではないだろうかと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。自分がたまたま彼のベッドにいたせいで、思わぬ事故がおきたのだから。
家に帰って彼と顔をあわせたときに、もしも彼がその表情を曇らせでもしたら。
「篠山さんの顔見るの……怖いな……」
ベルトコンベアで次々に流れてくる段ボールに丁寧にピッキングを施しながら、神野は暗鬱な表情でちいさく呟いた。
*
仕事が終わったあと、春臣の行きつけの店に寄った。そこで軽く夕飯を食べて半時間ほど過ごしたあと、マンションに帰ってきた。
玄関のまえまでくると、春臣がキーケースから鍵を取りだして手際よくシリンダーに挿しこんで扉を開けてくれる。
篠山は自宅の鍵を春臣や遼太郎にも持たせていて、彼らが自由にここに出入りすることを許していた。遼太郎にいたっては従業員でもあるので、仕事に使っている部屋の鍵まで持っている。
そこまで彼らに託せてしまえるのは磊落な篠山の性格からか、それとも彼らが篠山にとって特別な存在だからなのかと、ここに来た当初に首を傾げたことがあった。
仕事に行くときも帰って来たときも、大抵春臣が扉を開けたり閉めたりしてくれるので、自分が持たせてもらっている鍵はいまのところずっと鞄の中にいれたままだ。
もしかしたら自分がその鍵に触れるのは、篠山にそれを返すときになるのかもしれない。その光景が頭に浮かんだ神野は、感情の昂るのを感じた。鍵ひとつに感傷的な気分にさせられ、俯いて玄関に足を踏み入れる。すると一足さきに玄関に入っていた春臣の背中にぶつかってパフンと跳ね返された。
「……?」
ぶつけた鼻を押さえて顔をあげると、彼が立てた人差し指を口にあてている。
「祐樹、しぃー」
理由がわからなかったが、ひとまずこくんと頷いた。
玄関のすぐの両サイドの居室が職場として使われていて、左側が事務所だ。平日には来客もある。こちらの部屋は営
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