あなたのファンになりたくて

こうりこ

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金森百合

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 昨日の今日だ。ネームの提出は私が一番乗りだった。
 葉山邸のリビング。馨と彰はソファに座り、私の描いたネームを無言で読んでいる。
 私は向かいのソファに座り、コーヒーを啜りながら二人の表情を注意深く観察している。
 横から感じる視線は川島洋子のものだ。こっちは見ないようにしているのに、川島洋子は嫌がらせのように私をジロジロと見つめてくるのだ。本当に、忌々しい。
 彰が気の毒だった。「今日からこの人がお母さん」と川島洋子を紹介されたら、私だったらグレる。でも彰は制服を気崩すことも、染髪することもなく、至ってまともな好青年といった風貌だ。女の子のように線の細い馨と並ぶと男女カップルに見える。
「私にも読ませて」
 二人が読み終わるなり、川島洋子はズイッと身を乗り出した。「どうぞ」と馨が差し出した原稿を、川島洋子は光の速さで引ったくる。ネームとはいえ、乱暴に扱われるのは不愉快で、私は聞こえよがしに舌打ちした。
 でも……と思う。
 それだけ私のネームに関心があるということは、川島洋子には後ろめたい秘密があるということだ。私が七時にここに来た時、出迎えたのは川島洋子だった。浮気で作った子供はまだ七歳で、朝は色々支度があるはずなのに、川島洋子はそれよりこちらを優先したのだ。気合いの入り方が「犯人」のそれだ。
「これ、本当なの?」
 読み終わると、川島洋子は糸のような目で私を見つめた。
「本当だけど」
 ふん、と川島洋子は鼻を鳴らした。
「馨くん、期待外れのネームで残念ね」
 川島洋子は肉付きの良い頬を緩ませ、言った。
 彰が、とても母親に向けるものとは思えない目つきで川島洋子を睨んだ。
「彰くん、その目はなあに?」
「洋子さんは描かないんですか」
 彰は川島洋子を「お母さん」ではなく「洋子さん」と呼んだ。彼なりの抵抗なのだろうが、それはそれで川島洋子を喜ばせるような気がして歯痒い。ババアとか、ブスって呼べば良いのに。
「描いてるわよ」
 川島洋子が答えた。
 悔しいが、興味が湧いてしまった。川島洋子は一体、どんなネームを描いているのだろう。
「でも私は金森さんと違って時間が掛かるのよ。こんな内容のないものとは違うから」
 川島洋子は原稿を私に突き返した。私は怒り任せにそれを受け取る。頭の血管がはち切れそうだ。
「いえ、期待ハズレじゃありません。とても参考になりました。金森さん、ありがとうございます」
 馨はにっこりと微笑んだ。綺麗すぎて作り物めいて見えたが、形だけの感謝だとしても嬉しかった。
 ガチャリと玄関扉の開く音がし、川島洋子が駆けていった。
 私も釣られて玄関へと急ぐ。後ろめたいのは私も同じだ。
「佐々木さん……」
 葉山ララとして活動している佐々木舞子がいた。
「リア先生の漫画……持ってきた」
 佐々木舞子はそう言うなり、パンプスを脱ぎ捨て、リビングへ向かおうとする。
 私は咄嗟に佐々木舞子の腕を掴んだ。
「先に私に読ませてっ!」
 勢いよく振り払われる。
「待って! 二人は読んだんでしょっ!? 私だけ読んでないなんて不公平よっ!」
 もう一度掴もうと手を伸ばしたが、届かなかった。佐々木舞子はリビングへ駆けていく。
「必死ね」
 背後から投げつけられた嘲笑に、つい、足が止まった。
「それはあんたもでしょ」
 振り返り、醜い女に言った。川島洋子はふんと笑うだけ。
「あんなネームを描いたけど、私はこの家に出入りしていた関係者がリア先生を殺したと思ってる。一番怪しいのはあんた」
 私が言うと、川島洋子は笑みを消した。
 ブスだなと改めて思った。隣の家の奥さん……彰の実の母親は美人だった。あの美人妻を追い出し、川島洋子とくっつくなど、正気の沙汰とは思えなかった。
 よっぽどセックスの相性が良いのだろうか……とゲスな想像をする。例えば彰の父親、秀司には特殊な性癖があって、それを妻に言い出せなかった。
 でもブスな川島洋子には、気負いせず打ち明けることができた。川島洋子はセックスに興味はあっても相手がいない。だからどんなことでも受け入れた。
 緊縛、ロウソク、鞭打ち、蟲姦……
 赤いロープで縛り上げられた川島洋子を想像し、思わず小さく吹き出した。
「何笑ってんのよ」
 すかさず川島洋子に突っ込まれ、私はフイと目を逸らした。そのままリビングへ向かう。
 リビングでは、佐々木舞子が馨の前に跪き、「ごめんなさい」と繰り返していた。

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