あなたのファンになりたくて

こうりこ

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金森百合

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 私のネームが清書され、二話目として投稿された。
 私がコミカライズを担当している異世界恋愛よりも反響が大きくて、改めて『リアル』の力の凄さを実感した。投稿の下に表示された『100万』という数字にゾクっとする。すでに100万人が、私の漫画を読んだのだ。
 私の視点の漫画は、

『リア先生の物が減っている』
 というモノローグから始まった。
『締め切りが近づくと、アシスタントは泊まり込みで作業をする。作業は基本的に一階のリビング兼仕事場だが、寝る時は二階だ』
『ショッピング好きのリア先生は、アシスタントが寝泊まりする部屋にもブランド物を置いていた』
『バッグ、ジュエリー、腕時計……これだけたくさんあれば、少しくらい減ってもリア先生は気づかないのではないか。私はそんなことを考えながら、いつも華やかなブランド物をうっとりと眺めていた』
『だから、物が減ったことにもいち早く気づいた』
B子『リア先生……』
『私は思い切ってリア先生に報告した』
葉山リア『なに?』
B子『フェンディのピーカプーとシャネルの腕時計……リア先生、どこか別の場所に移しました? ……違うなら、きっと、盗まれたんだと思います』
『リア先生は血相を変えて二階へ上がった。私も後に続いた』
葉山リア『そう……きっとそうなんでしょうね。ありがとう、教えてくれて』
B子『警察に通報しますか?」
葉山リア『大事にはしたくないわ。B子、ちょっと二人のこと、注意して見ていてくれる? 私はそういうのに疎いから……』
『私はリア先生に頼られたことが嬉しかった』
B子『はいっ!』
『けれど二人は全然ボロを出さなかった。それなのにリア先生の私物は減り続け、リア先生はあろうことか私を疑い始めた』
葉山リア『ねえ、本当はあんたが盗んでるんじゃないの?』
B子『そんなっ! 違いますっ!』
葉山リア『じゃあ誰が犯人なのよ。あんた、私が警察に通報しないって安心したんじゃないの? プラダのバッグ、欲しいって言ってたわよね』
B子『言いました……けどっ、私、盗んでなんかいませんっ!』
葉山リア『どうだか。私の漫画に感化されて、ブランド物が欲しくなったんじゃないの? ブー子が持ってるプラダのバッグが欲しくなったんじゃないの?』
『先生は少女漫画家でありながら、少女を見下していた。漫画に影響を受けやすい愚かな生き物だと』
葉山リア『もうやめてね』
『リア先生は私をクビにはしなかった。もう二度と私が盗まないと思ったからだろう。私は何も盗んでないのに、決めつけられて悔しかった。こっちから辞めてやる。そう思ったけれど、その前に犯人を突き止めようと決意した』
『私は盗まれそうなブランド物をピックアップし、内ポケットにGPSを忍ばせた』
『単純な方法だったけれど、犯人はまんまと引っかかった』
『バッグが移動していることに気づいた私は、家を飛び出し、行方を追った』
『犯人は、まるで自分のものであるかのように、リア先生のバッグを肩に掛け、繁華街を歩いていた』
『犯人は、出会いカフェ、と看板の出た雑居ビルに入っていった。追いかけていくと、店のスタッフに年齢確認された。高校生は入れないらしいと察した私は、咄嗟にハタチですと嘘をついた。身分証の提示はなかった。黙認されたのだと思った』
『ピンク色の合皮のソファが一列に並んだ部屋だった。ソファの前は鏡張りになっている。ソファの背後には本棚があり、漫画が読み放題だった。ドリンクバーや、スナック菓子も置いてある。ここに無料で出入りできるのかと、私は衝撃を受けた』
『ソファには四人の女の子が退屈そうに漫画を読んだり、スマホを弄ったりしていた。犯人は長い足を組んで、ソメコイを読んでいた。他の女の子よりも頭ひとつ分抜けている。犯人は長身なのだとそこで気づいた』
『犯人の隣へ行こうとすると、背後からトンと肩を叩かれた。スタッフだった。追い出されるのかと身構えたけれど、指名です、とスタッフは言った』
B子『へ?』
スタッフ『五分です。退出する場合はこちらをフロントにお返しください』
『スタッフは番号の書かれたカードを私に差し出した』
『スタッフに案内された半個室のソファには、おじさんが座っていた。隣に座ると、おじさんは馴れ馴れしく私の腰に手を回してきた』
おじさん『きみ、見ない顔だね。こういう店は初めて?』
『鼻息荒く、おじさんは言った。さっきの部屋にいた女の子たちは、しょっちゅう出入りしているのだ』
B子『他の女の子たちは、よく来てるの?』
おじさん『そうだよ。あんなのはセミプロだ。顔に透明感がないだろう。毎日毎日ここに入り浸って、学校はどうしてるんだろうね』
『それはあんたもでしょうがというツッコミを胸に留め、私は聞く』
B子『背の高い子って、どんな子?』
おじさん『ああ、サダコね。ありゃダメだ。感じてないフリなんかする。ブスはエロいと思って買ってやったのに、一万円が無駄になったよ』
B子『一万円?』
おじさん『あ、違う違う。それはサダコの特別価格だよ。きみならそうだな……ゴムあり二万でどうかな?』
『生々しい交渉に、私は嫌悪感でいっぱいになった。嫌です、と立ち上がると、腕にしがみつかれた』
おじさん『うそうそっ! ごめんって! ゴムあり三万っ!』
B子『いやっ! 馬鹿にしないでっ!』
おじさん『何言ってんだっ! 三万だぞっ! 三万も払ってやるって言ってんだっ! ここに来る女の相場はイチゴなんだよっ! お高く止まってんじゃねえっ!』
『私は恐ろしくなって、おじさんの禿頭をカバンで叩いた。騒ぎにスタッフが駆けつけ、私はさっきの部屋に、おじさんはスタッフルームに連れて行かれた』
サダコ『あんたここに何しに来たわけ?』
『すぐにはサダコの声だと分からなかった。サダコはソメコイに視線を落としたままなのだ。でも、他の女の子たちは指名されたのか、部屋にはサダコと私だけ』
サダコ『お高く止まってんじゃねーよ』
『この女は、おじさんの怒鳴り声を聞いていたのだ。私は目の奥が熱くなった。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの? 私はただ……』
『私は、サダコの隣に置かれたバッグを指差した』
B子『それ、盗んだものでしょうっ!』
『サダコは顔を上げた。ブスだった。そうとわかると、残酷な気持ちが込み上げた』
B子『あんた一万円なんでしょ。そんな高価なバッグ買えないよね? っていうか全然似合ってないんですけど。ブスに小判、真珠だっけ? 着飾る前にまず整形しなって』
『サダコは俯いた。効いてる、と思ったら、愉快な気分になった。そもそもこの女のせいで私はリア先生に責められたのだ。遠慮することはない』
B子『よくその顔で体売ろうと思ったよね。私が男だったら金貰ってもごめんって感じ。っていうか、私がその顔だったらこんな部屋耐えられないわ』
『私は鏡を振り返った。ふと、この向こうには買春目的の男たちがいることを思い出した。ここでサダコのバッグはリア先生のものだと指摘するわけにはいかない。暴言を吐いてしまった後で、私がソメコイのアシスタントだとバレるのは作品のイメージダウンだ』
『ならばと、私はとことんサダコを侮辱することにした。ありとあらゆる暴言を彼女にぶつけた』
B子『その漫画面白い? あんた、ブー子みたいなキャラが好きなんでしょ。……私は大っ嫌い。昔はブスだったって言うけど、そんな姿描かれないもん。だから人気があるんだよね。結局みんな、キレーな顔のキャラが好きってことじゃん。なのにブー子は美形キャラじゃなくて、心が綺麗なブスって立ち位置なの。なんかグロくない? 心が綺麗なだけじゃ人気が出ないから整形美人にしたってことでしょ? つまりブスに人権はないってこと。ま、人のもの盗んだり、売春するような女は心も腐ってると思うけどね、私は』
『よく見ればサダコの顔は幼かった。まだ高校生かもしれない』
『サダコはソメコイを閉じ、スマホをいじり出した。ちょうど女の子たちがゾロゾロと入ってきて、私は退出した』
B子『空き巣です』
『翌日、私はリア先生に報告した』
葉山リア『空き巣?』
B子『この家には空き巣が出入りしているんです。十代の、背の高い女です。リア先生のバッグを持って、池袋を歩いていました』
『リア先生は呆れたような顔をした』
葉山リア『もう、いいわ。取ったものはあなたにあげる。返さなくていいから、二度と同じことをしないでちょうだい。泊まりも禁止。高校生だしね。警察にも言わないであげる』
『私は絶句した。一体どういうことか』
B子『どういう……ことですか……わ、私っ、やってませんっ! この家には空き巣が出入りしているんですっ!』
葉山リア『いい加減にしなさいっ! 何度も家主にバレずに侵入できるわけがないでしょう! くだらない嘘をつかないでっ!』
『リア先生は私の言葉を一蹴した。悔しかった。辞めたかったけれど、犯人と思われたままは嫌だ。サダコを捕まえたい。私はその想いだけでアシスタントを続けた』
『リア先生が殺されたと聞いた時、真っ先に思い浮かんだのはサダコだった。あの家には私たちの他に、サダコという背の高い女が出入りしていた』

 スマホを握る手が震えた。
「なに……これ……」
 賑やかなカフェであることも忘れて、私は叫んだ。
「なによこれっ!」
 視線が一斉に私に注がれる。全身の毛穴から汗が噴き出した。手が滑って、スマホがテーブルの下に落下する。慌てて飛びついた。
 漫画には多くのコメントが寄せられていた。
『え、B子って、ゆりんこだよね? ルッキズムやばくない?』
『普段のSNSと言ってること違いすぎ』
『人にブスとか言う人なんだ。この人の漫画もう読めないわ』
 心臓が口から飛び出しそうだった。どっくんどっくんと鼓膜で鳴り響いている。
 なんでなんでなんでなんでっ! 
 ブルっとスマホが震えた。担当編集からの着信だ。
 邪魔。指で押し退け、SNSに戻る。自分のページを見てひゅっと喉が鳴った。二万人のフォロワーが一万七千人に減っている。
「やだ……やだっ……やだやだやだっ!」
 こんなのおかしい。私の出したネームと違う。私の出したネームでは、おじさんをカバンで叩いた後は、店の外に連れ出される。サダコと言い合うシーンはない。
 けれど……
 この漫画が真実だ。
 そのまま描いたら炎上すると思って、私はネームにしなかった。
 なのに、ここには……
 あの日、サダコに放った言葉が、正確に描かれていた。
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