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南條彰
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教室に入ると、皆の視線が一斉に俺に集まった。
俺は馨と仲がいい。あの漫画の制作に俺が関わっていると思われるのは当然だった。
でも俺はあれから葉山邸には行ってない。翔平さん視点の物語ができるまで、あの家には行かないつもりだ。
「彰……くん……」
教室中の視線を受けながら席に着くと、隣の女子生徒が控えめに声をかけてきた。
「葉山リアの息子って……馨くん、だよね? 彰くんも関わってるんだよね?」
鬱陶しいなと思いながら、「そうだよ」と答える。
教室がざわめく。……何か、違和感を覚えた。俺の知らないところで何かかが起きている……ような気がした。心当たりはひとつしかない。俺はスマホを取り出した。
「え……じゃあ今日投稿された漫画も……」
SNSを開く前にそんな声が聞こえ、鳥肌が立った。
一体、何が描かれているんだ……
葉山リアの息子のアカウントに飛ぶと、すぐにそれは表示された。
『リア先生は誹謗中傷されていた』
というモノローグから始まった。
『漫画家のくせに贅沢三昧。子供をほったらかしてホスト通い。成金趣味の調度品。買い物依存症。子供は着せ替え人形……本当に酷い内容だった』
『私はリア先生にそれとなく掲示板の存在を伝えてみた』
かなり美化されているが、黒髪メガネのキャラクターで、川島洋子の視点とわかった。
C子『リア先生、2ちゃんねるとかって見ます? 漫画板にソメコイのスレが立ってるんです。みんな次の展開を予想したり、登場人物が使ってる物のブランドを教え合ったり、楽しそうなんですよ』
リア先生『そう』
C子『はい。ブー子の髪型を真似するには、美容院でなんて言えばいいのかとか』
『リア先生は原稿から顔を上げた。冷え切った視線に私はたじろぐ』
リア先生『はっきり言ったらどうなの?』
C子『あ……えっと……知ってるんですか?』
リア先生『だからなにを?』
C子『……リア先生のことを、悪く言ってる人がいます』
『リア先生ははあっと当てつけのようにため息をついた』
リア先生『私が見るように仕向けなくても、最初からそう言えばいいじゃない。あんたの悪いところよ。あんた、自分はうまく悪意を隠しているつもりかもしれないけど、そういうのって相手に伝わってるんだからね』
『理不尽に思いながらも、私はリア先生のために開示請求を提案した』
リア先生『馬鹿馬鹿しい。素人作家じゃあるまいし、たかが書き込みにいちいち反応してどうすんのよ。私の漫画は一巻だけで百万人が読んでるの。悪い書き込みくらいあって当然よ』
C子『身近な人間が犯人かもしれません。……リア先生の容姿や、愛用ブランドまで書き込まれているんです』
リア先生『そんなの憶測でいくらでも書けるでしょ。もう掲示板の話はしないで。私、ああいう所に書き込む人間は可哀想な人間だと思ってるの。きっと人生が楽しくないのよ。相手にするだけ無駄』
『リア先生を説得することはできなかった。でも私はどうしても犯人を突き止めたかった。あれは単なる悪意や、妬み嫉みなんかじゃない。何か、深い憎悪を感じた』
『私はリア先生の代わりに該当する書き込みを開示請求した』
『裁判に発展する前に、その発信源は判明した』
リア先生『プロバイダーから意見照会書が届いたわ』
『呼ばれて行くと、リア先生は書類の束を私に差し出し、言った』
リア先生『C子、開示請求したのね。うちのワイファイを使って書き込まれていたみたいよ』
『意見照会書とは、あなたの書き込みが訴えを起こされ、相手方があなたの氏名と住所を突き止めようとしています、どうしますか? という、通信事業者からの確認だ』
C子『はい……どうしても気になって』
リア先生『まさか、ここに出入りしている人間が書き込んでいるなんてね』
C子『一体、どっちなんでしょう』
リア先生『二人に聞いてみたんだけど、二人とも自分じゃないって』 『リア先生は途方に暮れているようだった』
リア先生『犯人がどちらかわからない状態で安易に一人を辞めさせるわけにもいかないし、二人に辞められたら連載を落としてしまう。……気になるけど、私は考えないようにするわ』
『リア先生はそう言ったけれど、ショックを受けているのは明らかだった。顔色は暗く、声も沈んでいた』
『私はなんとしても犯人を突き止めようと決意した。この家から、リア先生を誹謗中傷するなんて許せない。犯人はA子かB子なのだ。書き込んだ時間を調べれば、すぐに判明するはずだ』
『私は酷い書き込みをピックアップし、それらの投稿日時とA子とB子の滞在時間を照合した』
『そうして判明したのは二人の無実だった。書き込みは二人が不在の日にもあったのだ』
C子『じゃあ……一体誰がリア先生を誹謗中傷しているの……?』
『考えられるのは家族と、この家によく遊びに来る隣家の息子くらいだ』
『私は真っ先にリア先生の夫を疑った。他は十四歳の長男と十歳の次男と十歳の隣家の息子なのだ。夫を疑うのは当然だった』
『誹謗中傷は続いていた。どうしても犯人を突き止めたかった私は隠しカメラを設置することにした。いけないことだとはわかっていた。でもそれ以上に証拠が欲しかった。あの憎悪がリア先生の夫だったらと思うとゾッとする。その可能性を排除するためにも知ってスッキリしたかった』
『カメラは夫の寝室に設置した。壁にはレコードやら外国文学やらがびっちりと並んでいて、小型カメラを紛れ込ませるのは容易かった。見つかったとしても、容疑者は三人もいるから怖くない』
『そこに映っていたものに、私は驚愕した』
『裸でもつれあう男女。男の相手はリア先生ではなかった。撮影日時は昼の二時。リア先生が打ち合わせで不在の時間だ』
『女に見覚えはなかったが、行為後の会話で、それが隣家の妻だとわかった』
その一文に、ガツンと後頭部を殴られたような衝撃を受け、唇が戦慄いた。
自分に注がれている視線に、居た堪れなくなる。
漫画にはまだ続きがある。……でも読むのが怖い。クラスメイトはとっくに続きを読んでいる。部外者にとってこれはただのエンタメで、躊躇する理由はどこにもない。
「彰くん……大丈夫? 顔色……悪いけど……」
気遣わしげな声が癇に障った。俺の顔色が悪く見えるのは、この漫画を読んだからではないのか?
「彰くん、体調悪いんじゃない?」
「うるさいっ!」
思わず声を荒げた。視界の隅に、ニヤニヤと笑う学生が映り込んだのもあって、感情を抑えることができなかった。
「お前、よく葉山と連んでられるよな」
背後から男子生徒の声がし、弾かれたように振り返った。金持ちばかりのこの学校でも、特に一目置かれている御曹司だ。グレーのブレザーを着崩しているのが、やけに様になっている。椅子に深く凭れただらしない格好なのに、それも下品に見えないというのは、生まれ持っての素質だろう。
「親同士が不倫してんのに」
彼は唇の端を卑屈に引き上げた。
「まだ最後まで読んでないんだろ。読めよ」
無視して教室を出ようとすれば、彼の親衛隊にドアを塞がれた。
「邪魔なんだけど」
言っても退かない。
背後から、獲物にそっと近づくような複数の気配を感じた。
強行突破しようと一歩踏み出すと、ガッと肩口を掴まれた。腕を振って逃れるが、複数人に一斉に体のあちこちを掴まれたら逃げられっこない。
「離せっ! 離せよっ!」
御曹司様の席へと連れられる。
周辺の学生が追い払われ、俺は御曹司様の前の机に、御曹司様を向くようにして押さえつけられた。視線は御曹司様の机の天板だ。
御曹司様がすっくと身を乗り出した。机に両肘をつき、「俺、お前が泣くとこ見たいんだよね」と趣味の悪いことを言う。
「さっきの様子じゃ、葉山の父親と自分の母親が不倫してんの、知らなかったんだろ」
身をよじると、別の手に肩口を押さえつけられた。
「読めよ。おもしろいこと描かれてるから」
彼はそう言って、身動きの取れない俺にスマホ画面を見せた。漫画が表示されている。
思わず背けた顔を、別の手によって戻される。
「読め」
かたくまぶたを閉じると、腕に鋭い痛みが走った。
俺は馨と仲がいい。あの漫画の制作に俺が関わっていると思われるのは当然だった。
でも俺はあれから葉山邸には行ってない。翔平さん視点の物語ができるまで、あの家には行かないつもりだ。
「彰……くん……」
教室中の視線を受けながら席に着くと、隣の女子生徒が控えめに声をかけてきた。
「葉山リアの息子って……馨くん、だよね? 彰くんも関わってるんだよね?」
鬱陶しいなと思いながら、「そうだよ」と答える。
教室がざわめく。……何か、違和感を覚えた。俺の知らないところで何かかが起きている……ような気がした。心当たりはひとつしかない。俺はスマホを取り出した。
「え……じゃあ今日投稿された漫画も……」
SNSを開く前にそんな声が聞こえ、鳥肌が立った。
一体、何が描かれているんだ……
葉山リアの息子のアカウントに飛ぶと、すぐにそれは表示された。
『リア先生は誹謗中傷されていた』
というモノローグから始まった。
『漫画家のくせに贅沢三昧。子供をほったらかしてホスト通い。成金趣味の調度品。買い物依存症。子供は着せ替え人形……本当に酷い内容だった』
『私はリア先生にそれとなく掲示板の存在を伝えてみた』
かなり美化されているが、黒髪メガネのキャラクターで、川島洋子の視点とわかった。
C子『リア先生、2ちゃんねるとかって見ます? 漫画板にソメコイのスレが立ってるんです。みんな次の展開を予想したり、登場人物が使ってる物のブランドを教え合ったり、楽しそうなんですよ』
リア先生『そう』
C子『はい。ブー子の髪型を真似するには、美容院でなんて言えばいいのかとか』
『リア先生は原稿から顔を上げた。冷え切った視線に私はたじろぐ』
リア先生『はっきり言ったらどうなの?』
C子『あ……えっと……知ってるんですか?』
リア先生『だからなにを?』
C子『……リア先生のことを、悪く言ってる人がいます』
『リア先生ははあっと当てつけのようにため息をついた』
リア先生『私が見るように仕向けなくても、最初からそう言えばいいじゃない。あんたの悪いところよ。あんた、自分はうまく悪意を隠しているつもりかもしれないけど、そういうのって相手に伝わってるんだからね』
『理不尽に思いながらも、私はリア先生のために開示請求を提案した』
リア先生『馬鹿馬鹿しい。素人作家じゃあるまいし、たかが書き込みにいちいち反応してどうすんのよ。私の漫画は一巻だけで百万人が読んでるの。悪い書き込みくらいあって当然よ』
C子『身近な人間が犯人かもしれません。……リア先生の容姿や、愛用ブランドまで書き込まれているんです』
リア先生『そんなの憶測でいくらでも書けるでしょ。もう掲示板の話はしないで。私、ああいう所に書き込む人間は可哀想な人間だと思ってるの。きっと人生が楽しくないのよ。相手にするだけ無駄』
『リア先生を説得することはできなかった。でも私はどうしても犯人を突き止めたかった。あれは単なる悪意や、妬み嫉みなんかじゃない。何か、深い憎悪を感じた』
『私はリア先生の代わりに該当する書き込みを開示請求した』
『裁判に発展する前に、その発信源は判明した』
リア先生『プロバイダーから意見照会書が届いたわ』
『呼ばれて行くと、リア先生は書類の束を私に差し出し、言った』
リア先生『C子、開示請求したのね。うちのワイファイを使って書き込まれていたみたいよ』
『意見照会書とは、あなたの書き込みが訴えを起こされ、相手方があなたの氏名と住所を突き止めようとしています、どうしますか? という、通信事業者からの確認だ』
C子『はい……どうしても気になって』
リア先生『まさか、ここに出入りしている人間が書き込んでいるなんてね』
C子『一体、どっちなんでしょう』
リア先生『二人に聞いてみたんだけど、二人とも自分じゃないって』 『リア先生は途方に暮れているようだった』
リア先生『犯人がどちらかわからない状態で安易に一人を辞めさせるわけにもいかないし、二人に辞められたら連載を落としてしまう。……気になるけど、私は考えないようにするわ』
『リア先生はそう言ったけれど、ショックを受けているのは明らかだった。顔色は暗く、声も沈んでいた』
『私はなんとしても犯人を突き止めようと決意した。この家から、リア先生を誹謗中傷するなんて許せない。犯人はA子かB子なのだ。書き込んだ時間を調べれば、すぐに判明するはずだ』
『私は酷い書き込みをピックアップし、それらの投稿日時とA子とB子の滞在時間を照合した』
『そうして判明したのは二人の無実だった。書き込みは二人が不在の日にもあったのだ』
C子『じゃあ……一体誰がリア先生を誹謗中傷しているの……?』
『考えられるのは家族と、この家によく遊びに来る隣家の息子くらいだ』
『私は真っ先にリア先生の夫を疑った。他は十四歳の長男と十歳の次男と十歳の隣家の息子なのだ。夫を疑うのは当然だった』
『誹謗中傷は続いていた。どうしても犯人を突き止めたかった私は隠しカメラを設置することにした。いけないことだとはわかっていた。でもそれ以上に証拠が欲しかった。あの憎悪がリア先生の夫だったらと思うとゾッとする。その可能性を排除するためにも知ってスッキリしたかった』
『カメラは夫の寝室に設置した。壁にはレコードやら外国文学やらがびっちりと並んでいて、小型カメラを紛れ込ませるのは容易かった。見つかったとしても、容疑者は三人もいるから怖くない』
『そこに映っていたものに、私は驚愕した』
『裸でもつれあう男女。男の相手はリア先生ではなかった。撮影日時は昼の二時。リア先生が打ち合わせで不在の時間だ』
『女に見覚えはなかったが、行為後の会話で、それが隣家の妻だとわかった』
その一文に、ガツンと後頭部を殴られたような衝撃を受け、唇が戦慄いた。
自分に注がれている視線に、居た堪れなくなる。
漫画にはまだ続きがある。……でも読むのが怖い。クラスメイトはとっくに続きを読んでいる。部外者にとってこれはただのエンタメで、躊躇する理由はどこにもない。
「彰くん……大丈夫? 顔色……悪いけど……」
気遣わしげな声が癇に障った。俺の顔色が悪く見えるのは、この漫画を読んだからではないのか?
「彰くん、体調悪いんじゃない?」
「うるさいっ!」
思わず声を荒げた。視界の隅に、ニヤニヤと笑う学生が映り込んだのもあって、感情を抑えることができなかった。
「お前、よく葉山と連んでられるよな」
背後から男子生徒の声がし、弾かれたように振り返った。金持ちばかりのこの学校でも、特に一目置かれている御曹司だ。グレーのブレザーを着崩しているのが、やけに様になっている。椅子に深く凭れただらしない格好なのに、それも下品に見えないというのは、生まれ持っての素質だろう。
「親同士が不倫してんのに」
彼は唇の端を卑屈に引き上げた。
「まだ最後まで読んでないんだろ。読めよ」
無視して教室を出ようとすれば、彼の親衛隊にドアを塞がれた。
「邪魔なんだけど」
言っても退かない。
背後から、獲物にそっと近づくような複数の気配を感じた。
強行突破しようと一歩踏み出すと、ガッと肩口を掴まれた。腕を振って逃れるが、複数人に一斉に体のあちこちを掴まれたら逃げられっこない。
「離せっ! 離せよっ!」
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御曹司様がすっくと身を乗り出した。机に両肘をつき、「俺、お前が泣くとこ見たいんだよね」と趣味の悪いことを言う。
「さっきの様子じゃ、葉山の父親と自分の母親が不倫してんの、知らなかったんだろ」
身をよじると、別の手に肩口を押さえつけられた。
「読めよ。おもしろいこと描かれてるから」
彼はそう言って、身動きの取れない俺にスマホ画面を見せた。漫画が表示されている。
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