あなたのファンになりたくて

こうりこ

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金森百合

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 ネームがない以上、アシスタントが葉山邸にいる理由はない。
 でも異世界恋愛のコミカライズが打ち切られ、特にやることがない私は、毎日ここに来ていた。
 川島洋子もだ。川島は作業テーブルで自作の漫画を描いている。
 馨はソファに座って小説を読んでいる。私はその向かいに座ってSNSをパトロールだ。
『葉山リアの息子』を名乗るアカウントには、「続きは?」「で、結局犯人は?」というコメントが大量に寄せられている。
 四話目、葉山翔平視点の漫画で、更新は三週間も途絶えている。
 でもあと他に誰の視点があるだろう。馨? 健太郎? 伊藤という警察官?
 私の漫画は改変された。出会いカフェはマジックミラーだったから、私とサダコの会話を聞いていた人間は複数いる。でも私の漫画を改変できるのは、この家に出入りでき、投稿前の漫画を読めた人間だけだ。……そんなの、伊藤彩しかいない。あの女はサダコだ。
 あの女は何か知っているのだろうか。
 チラと馨を見る。馨は、誰のネームを待っているのだろう。それともやめ時を見失っているだけか……
 作業テーブルにいる川島洋子を見る。私が思うのもなんだが、あの女はなぜいつもここにいるのだろう。馨のように事件の真相が明らかになるのを期待しているのか、恐れているのか……
「馨くん」
 私が呼びかけると、馨よりも早く、川島洋子が顔を上げるのが視界に見えた。
「リア先生の漫画は投稿しないの?」
 夫の浮気を知り、アシスタント三人を疑うという内容だ。あれを発表すれば葉山健太郎と結婚した佐々木舞子が怪しいということになるが、憶測止まりだろう。それに、これまでの投稿漫画によって、容疑者は絞られるどころか増えている。リア先生の漫画を投稿しても、佐々木舞子が犯人と決めつけられる事態にはならないし、なんなら佐々木舞子本人があの漫画が表に出ることを望んでいる。
「あれは……」
 その時扉を叩く音がした。川島洋子が席を立ち、玄関へ駆けていく。
 私はもう隠したいこともないから、慌てる必要はなかった。「あれは?」と馨に先を促す。
「あれは不自然なんです」
 馨は玄関の方を気にしながら言った。
「不自然?」
 私は身を乗り出す。
「吹き出しの言葉と、表情が合ってない」
「え……?」
 川島と新堂がやってきた。つい新堂に目がいってしまう。リア先生の漫画を持っていたのは新堂だ。手を加えられるのは新堂しかいない。絵は無理でも、会話なら新堂でも変えられる。
「馨くん……犯人が分かったって、本当なの……?」
 馨から呼び出されたのか、開口一番、新堂は言った。
「はい。皆さんが揃ったら、僕が所有している葉山リアの最後の漫画をお見せします。なので、全員が揃うまでお待ちください」
「え?」
 犯人が分かったなんて、聞いてないんですけど?
 川島も初耳のようで、小さな目をまんまるに見開いた。
「ど、どういうこと? 犯人が分かったって……嘘でしょう?」
「本当です」
 川島は唇を歪ませるようにして笑った。
「嘘よ。絶対嘘」
「どうして嘘って思うんですか?」
「それは……だって……」
「犯人が分かった割には、冷静なのね。あなたにとって意外な人物じゃないってこと?」
 新堂が言った。
 猫のような馨の目が、キッと挑むように新堂を睨んだ。よく見れば、小説を持つ彼の手は震えていた。
 見てはいけないような気がして、私は何気なくスマホに視線を落とした。
 そこに表示された文字に、頭が真っ白になった。
「ええええっ!」
 思わず声を上げた私に、視線が集まる。
「なによ、うるさいわね」
 ブスっと川島が言う。
「これっ! これ見てっ! っていうか、今すぐニュース見てっ! 早くっ!」
 馨が小説を置き、スマホを見た。彼も驚いたようで、両目を見開いて息をのんだ。
 川島と新堂もその場でスマホを見る。二人も「えっ」と同じ反応をした。
 私は『二十五歳の警察官逮捕』という見出しのニュース記事に飛んだ。
『2016年11月2日、目白一丁目に住む葉山歩美さん(当時37歳)の自宅に侵入し、居合わせた歩美さんをナイフで殺害したとして、今月22日、警視庁は伊藤彩容疑者(当時17歳)を殺人容疑で逮捕した。伊藤容疑者は当時交際していた男と共謀し、金品目的で侵入したと供述している』 
 ニュース記事はそれだけだ。私はSNSに戻った。早速、伊藤彩の顔写真が拡散されている。
ジュン『ゆりんこの彼氏=伊藤彩の彼氏? ゆりんこの情報が事件に繋がったってこと?』
emi『警察採用試験に落ち、予備校に通っています。こんな犯罪者でも採用されるんですね、、、私、何がダメだったんだろう』
トモ『顔じゃないですか?』
 新しい情報は出てこない。私はスマホから顔を上げ、馨を見た。彼は白い頬を引き攣らせ、瞳を激しく彷徨わせている。
 そして急にソファから立ち上がると、力ない足取りで階段を上って行った。

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