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番外編
もう一度、おかえりを
しおりを挟むかつてシアン様が辺境の戦線からお帰りになったとき、私はどうしようもない悲しみを抱えながら家から逃げたのでした。
私の存在はシアン様の邪魔になると、思い込んで。
本当は──ずっと、お会いしたかったのに。
おかえりなさいと言って、寂しかったと甘えてみたかったのに。
あぁ、でも今は。
揺るがない信頼がシアン様との間にはあります。
思慕や愛情、それ以上の絆が──共に過ごした数年で、私の中にはっきりと築かれていると感じるのです。
「お待ちしておりました、シアン様。お会いしたかったです。ご無事ですか? お怪我は、なさっていませんか?」
「大丈夫だ。特に問題も起らず、和平交渉は終わった。陛下も機嫌がよく、しばらく休めと言われた」
「そうなのですね、よかった。きっと大丈夫とは思っていたのです。けれど、不安で……」
「寂しかったか?」
私の髪を撫でながら、シアン様はおっしゃいます。
私は顔をあげると、頷きました。
あの時も──こうして、本当はご帰還を喜びたかったのです。
それができなかった私の未熟さを、今は恥ずかしく感じます。
「寂しかったです。……シアン様がいらっしゃらないと、寂しくて。体の中から、何かが欠けてしまったように感じるぐらいに」
「だから、俺の代わりに上着を?」
「こ、これは、その……今日は、誰もいなくて、余計に寂しくなってしまって。それに、シアン様がお帰りになるとは思っていなかったものですから」
シアン様は私の体をそっとベッドに横たえました。
大切なものに触れるように、指先が私の頬や唇に触れます。
眠る前の熱を思いだし、私は落ち着かない気持ちになりました。
まさか──自分の体に自分で触れようとしていたとは、気づかれていないと思うのですけれど。
シアン様は不思議そうに軽く首を傾げたあと、得心がいったように魅力的な笑みを浮かべました。
「子供たちは、どこに?」
「ヨアセムさんとアルセダさんとオランジットさんが、王都の海辺の宿に連れていってくださって。気分転換に、と。フェルネも遊びに来るといっていましたので、きっと楽しいかと思い……」
「なるほど」
「ごめんなさい、シアン様。知っていれば、日を変えるようにお願いしましたのに。シアン様も、皆に会いたかったですよね」
せっかくのご帰還を皆で迎えられないというのは、失礼です。
シアン様もがっかりなさっていることでしょう。
ですが、シアン様は不快になるどころか、楽しげに笑っていらっしゃいます。
「帰還の連絡は、していた。きっとヨアセムが気をきかせたのだろうな」
「え……どういうことなのでしょうか」
「俺のために、君と二人の時間をつくってくれたのだろう」
シアン様の以前よりも伸びた黒髪が、私の顔に触れました。
覆い被さるように口付けられます。
久々に触れる唇の感触が、息苦しさが懐かしくて愛しくて、私は目を閉じました。
啄むような口付けは甘くて、私はシアン様の背中に手を回しました。
「ただいま、ラティス。……あの日のやり直しができるようで、嬉しく思う」
「それは、私も……あの時私は、シアン様を傷つけてしまいましたから」
「それは俺も同じだ。君を好きなように扱った」
「嫌では、なかったのですよ」
もちろん戸惑っていましたし、驚いてもいました。
あの時の私は王国の教義を信じていて、快楽は罪だと思い込んでいたのですから。
けれど──私はシアン様に憧れを抱いていましたから。
それは愛とはいかないまでも、穏やかな思慕でした。
だから愛する人に触れられて、求められることを嫌だとは、感じませんでした。
「酷くされるのが、好きか?」
「……っ、あ」
「それとも優しいほうが?」
「どちらも、好きです……シアン様だから、どちらも」
「愛しいな、ラティス。……長い年月、君への執着を情愛を、欲を、飼い殺していた。涼しい顔をしながら頭の中では君を犯していた。どんな声で泣くのか、どんな顔をするのか、夜ごと考えて」
声に、言葉に体を撫でられているようで、私は頬を染めながらうつむきました。
シアン様の指先が私の首に触れます。
寝衣の前開きを割り開いて、肌を撫でました。
「だから、あの時は──どこまででも残酷になれた。君を抱ける幸福を味わいながら、君が俺なしではいられなくなるほどに、快楽で染まるように、ひどく抱いただろう?」
「は、はい……でも、私。どこかで、喜んでいたのです。……求められることが、嬉しくて」
「君は、どこまでも優しい。愛している、俺の姫。会いたかった、本当に」
もう一度唇が重なりました。
それは啄むものではなくて、激しく深く重ねるもので。
舌が絡まる感触に、シアン様の味に、交わる唾液に、背筋を何度も快楽が這い上がってくるのです。
「ん、あ、ぅ……っ」
「ラティス。もう、濡れている。一人でしていたのか?」
「ち、違います……っ、我慢、していました。シアン様のお帰りを待つのですから、淫らなことはいけないと、思って……」
「……可愛い」
誤解をされるのは嫌です。言葉で言わないと伝わらないことが沢山あります。
ですから、恥ずかしさをこらえて伝えると、シアン様は少し困ったようにそうおっしゃいました。
指先が下着の中に潜り込んで、私の秘所をそっと撫でます。
自分でも濡れているのが分かり、くちゅりと音を立てるのがたまらなく恥ずかしく感じます。
「ずっと君に触れたかった。あの日のやり直しをするのなら、穏やかなほうがいい。そう思っていた。だが、駄目だな。君を前にすると、どうしても──狂おしいほどに君が欲しくなってしまう」
「シアン様。今日は誰もいません。ですから、シアン様のお好きに。……私も、すごく寂しくて。たくさん、シアン様を感じたいのです」
もう幼い少女ではありません。
たくさんの愛も、快楽も、この体は知っています。
「皆はいつ、帰ってくる?」
「明後日と、言っていました」
「では、それまで……君を抱ける。幸い、休暇を貰っている。……三人目の子が欲しいな、ラティス」
「私もです、シアン様……」
再び重なる唇に、私の言葉は奪われました。
静かな部屋に、吐息と水音が響いて、私は深く目を閉じたのでした。
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お色気シーン素敵です✨
本当に大好きで溺愛してるって感じ💓が伝わって来ます😆
是非番外編を😊楽しみにしております✨
ありがとうごさいます~!とても嬉しいです!
番外編…!!!!
リクエスト嬉しいです、考えてみますね~!!!
退会済ユーザのコメントです
R18は性描写書くのが楽しくて書いているので、ごめんなさい!気になるようなら全年齢のものを読んでくださいね〜!
面白い!!!
特に今朝更新のくだりは、秀逸です
(よくある無理やり感もなく、自然で、かつ
意外性にも満ちた成り行き)
更新がとても楽しみなお話です!!!
主人公たちはじめ、キャラ設定がとても
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ありがとうございます、素敵な感想嬉しいです!