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第1章
第68話 まだ18階に居る
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『マニパンサー8頭』
『オーギパンサー3頭』
見張りに立っているユアとユナから連絡が入った。
「もうすぐ解体が終わる。待機していてくれ」
シュンは"護耳の神珠"に触れながら連絡を返した。
『なんか出たでゴザル!』
「どうした? 何が出た?」
『背中に羽根のあるヒトでゴザル!』
「羽根?ピクシーか?」
解体の終わったオーギパンサーを収納しながらジェルミーの方を見ると、すでにもう一体の解体を終えてくれていた。
「1度、戻っておけ」
声をかけて、ジェルミーを還しつつ、皮、爪、牙、眼玉、腱・・と収納していく。
『とても高身長でゴザル』
『とても挑発的なボディでゴザル』
双子が昏い声で呟いている。
背丈が人間並となると羽根妖精では無い。鳥人の類だろうか。
シュンはまだリポップまで時間がある岩室を振り返りながら双子が見張っている奥の広場へ向かった。
身を屈めて見張っている双子に近付くと、
「ボス、誘惑されちゃ駄目」
「あれは倫理委員会マター」
双子が恨めしげに告げる。
「・・裸の女?蝶・・いや蛾の羽根か?」
シュンは薄闇に淡く光っている全裸の女に眼を眇めた。背丈はシュンより少し高いくらい。黄金色の髪に真っ赤な瞳をした美女が、豊かな胸乳や股間を晒した一糸まとわぬ姿で宙に浮かび、大型のオーギパンサーの上を漂っていた。
「あいつがポップしたのか?」
「湧いて出た」
「裸で出て来た」
「ふうん・・まあ、魔物だろう。いつもの手順で仕掛けるぞ」
シュンは"霧隠れ"を使い、水楯を正面に展張した。
『鱗粉を吸うと、体が中から燃えるです』
不意にカーミュの声が告げた。
「鱗粉が危ないのか?吸わなくても燃える?」
『火の海になるのです』
「そうか・・」
シュンは双子に今の情報を伝えた。カーミュの声は主人であるシュンにしか聞こえない。
「火力勝負?」
「ガチ火力?」
「水は無いし、上が狭くて俺のカラミティは使え無いが・・」
2人の大魔法なら場所を選ばずに撃てる。
「破廉恥女を吹っ飛ばす」
「痴女は粛正」
双子が不穏な笑みを浮かべた。
「XMいく」
「MKいく」
息の合った動きで2人が手榴弾を放り投げた。
すぐさま、ユアとユナが立ち上がって前に出ると、2人揃って半身になって右手を頭上へ掲げた。
「シャイニングゥーー」
「バーストカノン!」
なぜか怒っている双子の頭上に、黄金色の魔法陣が浮かび上がって回転を始めた。心なしかいつもより激しく回転している気がする。
XM手榴弾が閃光と轟音を轟かせ、MK手榴弾が激しい衝撃で岩の広間を揺さぶる中、双子が助走をつけて跳び上がり、蛾の羽根を生やした金髪の美女めがけて右手を振り下ろした。
直後、黄金の魔法陣から光り輝く砲弾が1発、2発、3発と連続して撃ち出され、25メートル四方ほどの広場を蹂躙する。
(3発!?)
思わず眼を剥きながら、シュンは水楯に魔力を注いで大きく分厚く変形させていった。いつから3連射になったのか!?
直後に、凄まじい衝撃が押し寄せて、ものの数秒で水楯が消し飛んだ。瞬時に次の水楯を生み出し、さらに次の水楯を重ねて出現させる。
後ろで、"ディガンドの爪"に身を隠して双子が頭を抱えて蹲っていた。
何とか防ぎ止めて、
「・・いつから3連発になった?」
シュンは小さく息をつきながら双子に声を掛けた。
「・・ご無事?」
「・・アライブ?」
ユアとユナがそっと顔をあげて視線を左右する。
『テイプルネフガ・・弱って地面に落ちたです』
カーミュの声もどこか呆れたような響きだ。
シュンは、テンタクル・ウィップを伸ばして女の手足に巻き付かせた。
「サウザンド・フィアー」
迷わずEX技を使用する。
紅い光が白い裸体を照らした直後、無数の黒い槍が降り注いで地面に縫い刺しにする。真っ赤な眼を見開き、金髪の美女が何やら叫んだが、シュン達の聴覚は"護耳の神珠"で、視覚は"護目の神鏡"で護られている。
恐怖で顔を歪めた女の上に、巨大な蚊が舞い降りるなり、何とか逃れようと暴れる裸体に口器を突き刺した。
シュンはVSSを連射した。
9999のダメージポイントが乱れ跳び、たちまち300発全てを撃ち込む。途中で、ダメージポイントが出なくなり、全裸の蛾女が死んだことが判った。
「あっけないな」
シュンは何も居なくなった広場を見回した。魔石をいくつか遺してパンサーが消滅していた。
「HP少なめ?」
「800万くらい?」
ユアとユナがMP回復薬を飲みながら広場の惨状を見回す。
「そのくらいかもな」
シュンのEXで150万、双子のカノンが1発100万×6発だ。テンタクル・ウィップによる悪疫の影響もあるから、まあ800万よりは少ないが大きな誤差では無いだろう。
(再生の間を与えなかったのが良かった)
シュンは蛾女の死骸に近付いた。まだしっかりと原型を保っている。
「これの解体は・・ちょっと気分が滅入る。止めようか」
シュンは軽く顔をしかめて白蝋のような肌色をした女を見下ろした。羽根が無ければ、ほぼ人と変わらない姿だ。
『羽根と真核を採るです』
カーミュが姿を現して羽根の近くへ飛んで行き、邪気の無い表情で蛾女を指さす。
「羽根?・・そうか」
シュンは言われるまま、背の羽根を切り取った。
『真核は胸の中です』
「・・分かった」
シュンは蛾女の片腕を持ち上げ、脇側から短刀を突き入れて胸乳の下まで裂いた。中に手を突き入れると、手探りに硬質の珠を掴んで引き摺り出した。
『とても大きい。とても価値があるのです』
「という事らしい」
シュンは青ざめて身を寄せ合っている双子に説明した。
『死に際に呪転の詛を吐いてたです。焼かないと死霊化するのです』
「死霊?」
『カーミュが焼くです』
「・・任せる」
シュンが言うと、白翼の少年が軽く息を吸い込む様子を見せ、いきなり青白い火炎を噴いた。
ゴウッ・・
と大気が灼ける音が聞こえ、一瞬にして白々とした蛾女の死骸が灰になっていた。
『これで良いです』
そう言い残して、カーミュが静かに姿を消していった。
「あのままだと蘇ったのか?」
『ご主人を狙う死霊になったです』
カーミュの声だけが聞こえる。
「・・そうか」
<1> Shun (331,290/2,050,000exp)
Lv:18
HP:68,550
MP:60,250
SP:1,180,000
EX:1/1(30min)
<2> Yua
Lv:18
HP:32,450
<3> Yuna
Lv:18
HP:32,450
カーミュの炎は、SPを10万消費したようだった。
(経験値は20万近く入ったんだな)
なかなかの強敵だったということか。ほぼ何もさせずに圧しきったのが良かったようだ。
ポイポイ・ステッキで収納して名称を確認すると、カーミュの言う通り、"テイプルネフガの真核" "テイプルネフガの毒羽根"という表示が見つかった。
「親分、さすがに映倫」
「子供がトラウマ」
双子が諭すように言ってシュンの背を摩る。
「マズかったか?」
「エグい」
「グロい」
「・・魔物だぞ?」
抗弁しつつも、シュン自身の気分も落ち気味だ。
「そうだな・・今後は控えよう。なんか気分が重くなりそうだ。気分転換に少し走るか」
「青春っ!」
「熱血っ!」
3人は広大な洞窟の中を走り出した。
水渦弾とMP5の銃弾がばら撒かれ、時折手榴弾が炸裂する。遭遇する魔物という魔物が群れを成して追いかけ、そこをめがけてリビング・ナイトが突っ込み、ジェルミーが斬り込む。そのまま走る。ひたすら走って魔物にちょっかいをかける。
「セイクリッドォーーー」
「ハウッリングゥーーー」
振り向きざまに双子が聖なる咆哮が浴びせ、そして走る。
他のパーティと鉢合わせしそうになったら、火力を上げて一気に殲滅する。
そして、また走る。
マラソン・・双子がそう称する魔物の掃討走だ。
各自がMPやSPの残量を見ながら、ほどよい攻撃手段、防御手段を選択しつつ出来るだけ長く走れるようにする。常に走りながら判断し、銃も魔法も速射、即発動しないといけない。忙しくもあり、面白くもある耐久走だった。
「オーギパンサーが居る。あれは丁寧に狩ろう」
行く手の空洞に大型の魔獣を見つけてシュンは左手からテンタクル・ウィップを生え伸ばした。この階層で通常ポップする魔物では一番の大物だ。
「アイアイ」
「ラジャー」
ユアとユナがそれぞれの手榴弾を手に走る。
20メートル近い距離を一気に詰めてオーギパンサーが襲って来た。風刃を纏った前脚の一撃を"ディガンドの爪"で受けつつ、双子がオーギパンサーの左右へ別れて走る。直後に閃光が視界を潰し、衝撃がオーギパンサーの腹部を襲った。
慌てて跳び退こうとするオーギパンサーを黒い触手が巻き付いて引き戻し、長柄の大剣を振りかぶったシュンが真っ向から頭部を殴り伏せ、さらに鼻面を横殴りに斬り、遮二無二繰り出すオーギパンサーの前脚を潜って脇腹を突き刺す。
すぐに長柄の大剣を収納しつつ、距離を取った。
入れ替わりにリビング・ナイトが騎士楯を前に体当たりをしてオーギパンサーを仰け反らせ、駆け抜けたジェルミーが抜き打ちに喉を切り裂く。その間も双子がMP5SDを延々と撃ち込み続けていた。
「水葬・鬼の爪」
シュンは水魔法の強撃技を使用した。鬼手を模した水の手が出現して上から下へ振り下ろされる技だった。効果は、3指の穿孔による継続ダメージ、魔法や技の中断、押さえ付け効果による動作鈍化、CPが出れば15秒間の行動不能に陥る。
新しく覚えた魔法では無い。練度が上がって効果が増えたために出番が増えてきた魔法だった。
オーギパンサーの頭部が上から下へ叩かれて下顎から地面に打ちつけられる。CPは出なかったが襟首の周りに3箇所の穿孔が穿たれ、ダメージポイントが跳ねた。動きが鈍くなったところへ、XMとMKが転がって来て爆発した。オーギパンサーの防御力と攻撃力がさらに落ちる。
真っ向からリビング・ナイトが斬りかかり、斜め後ろからジェルミーが奔った。リビング・ナイトが最近覚えた長剣技の5連撃を使い、ジェルミーが刀技の兜割りを使った。両方ともCPの文字が跳ね、オーギパンサーが絶命した。
斑ら模様のある黄色い毛皮、牙、爪、強靭でしなやかな腱、金色の目玉・・銀縁眼鏡を掛けて査定をしながら丁寧に解体をして全てをポイポイ・ステッキで収納した。この一体だけで、最高値で売れれば棒金32本の値が付くらしい。
「戻っていてくれ」
リビング・ナイトとジェルミーを送還し、シュンは双子が作った地図を拡げた。
「19階?」
「上に行く?」
「そうだな。魔物の強さを確認しておこうか」
シュンが頷いた時、
『転移が来るです』
カーミュが注意を促した。
「転移?」
シュンは水楯を張り直しながら、同時にディガンドの爪も出した。その上で霧隠れを使う。双子の防御魔法がかけ直される中、少し離れた場所に次々と人影が出現し始めた。迷宮人の集団だった。
「リビング・ナイト」
シュンはリビング・ナイトを召喚した。
「聖なる楯!」
何かを感じたのか指示を待たずにユアがEX技を使用する。
直後に無数の銃弾が降り注ぎ、相手のEX技だろう幻獣の群れが襲って来た。シュンの水渦弾が乱れ撃ち、ユアとユナの手榴弾も放られる。20メートル以内の距離に20名近い人影が現れ、攻撃して来たのだ。近接戦になりかけたが、聖なる楯で相手の初撃を凌げたのが大きい。リビング・ナイトが巨体を活かして強引に斬り込み騎士楯の殴打技と長剣の連撃を繰り出す。
シュンの水渦弾が魔法の防御壁を撃ち抜いて後ろの術者達を次々と跳ね転がし、
「聖なる剣!」
ユナのEX技が発動して無数の光る剣を降らせ、転移して来た襲撃者達を全滅させた。
『まだ来るです』
「後続が来ているそうだ」
「アイアイ」
「ラジャー」
継続回復の魔法を掛け合いながら双子が頷いた。次の一団は90人近かった。出現と同時に、一斉にEX技を使って来る。シュンは水楯を幾重にも展開しつつ、テンタクル・ウィップで12人を吊るして打ち振るった。
水療と霧隠れを根気よく使い、水楯を何度も張り直す。ディガンドの爪が強靭な上、タクティカルベストが相手の銃撃を1ポイントに抑えてくれる。
通常回復に、継続回復、防御力を上げる魔法・・双子が次々と使用して、数百ポイントのダメージポイント程度しか許さずに回復させる。
リビング・ナイトを送還させたところで、カーミュが姿を現して青い炎を噴いて焼き払った。
「リビング・ナイト」
シュンの喚びかけに応じて、再び無傷のリビング・ナイトが現れた。
「ホーリーレイン」
「ホーリーサークル」
双子が周囲に聖なる雨を降らせ、聖なる魔法陣で守られた領域を生み出す。
「カーミュ?」
『また来たです。でも・・座標間違いなのです』
「ん?・・あ」
シュンは眉を潜めた。半身が岩床に埋まるように20人の男女が現れたのだ。
「水渦弾」
「セイクリッドォーー」
「ハウリングゥーーー」
3人の攻撃が容赦なく浴びせられ、転移で現れ床に身体が埋まったまま60人近い迷宮人達が散っていった。残るわずかな迷宮人も、ほぼ反撃を許さないままに掃討した。何人かは斃れただけで灰となって消えた。大半は双子の聖なる剣や咆哮、ホーリーレインで光る粒となって昇天した。
「カーミュ、石碑も無いのに狙った場所に転移できるのか?」
『向こうの誰か、地図の魔道具を持ってるです。地図で位置が見えるのです』
「それだけで、俺達の場所めがけて転移できるのか?」
『転移先を教える追跡者が居たらできるのです』
「尾行されていたのか・・気が付かなかったな」
シュンは前後に続く岩の通路を見透かした。見える範囲には居ないようだ。
『ご主人、転移は便利だけど危険なのです。今の使い方は死にやすいのです』
「岩床に埋まっていたな」
ああいう死に方はしたくない。
『空間座標は特定が難しいです。特に迷宮の中は危ないのです』
「転移をする魔法があるのか?」
『あるけど、レベル90以上の魔法使いじゃないと危険なのです』
「そうか・・すると、転移の石碑のような道具かな?」
迷宮人はどうやって転移して来たのか?
『転移門を無理に弄ったです。神様の罰が下るです』
「なるほど、俺を仕留めるために無理をしたか・・・ずいぶんと憎まれたものだな」
呟きながら、シュンは"ディガンドの爪"を少し上へ移動させた。
直後に、硬質な衝突音が響いて、飛来した銃弾が弾けて上方へ逸れていった。
「ボス?」
「狙撃?」
休んでいた双子が急いで立ち上がって"ディガンドの爪"を構える。
「あいつだ」
シュンはダーク・グリフォン譲りの眼で、遠く通路の奥に伏せている人影を捉えていた。暗がりだが、相手の容姿はもちろん微細な表情すら見て取れる。
「ユキシラ?」
「スナイパー?」
「そうなんだが・・どうもおかしいな」
シュンの眼には、ユキシラの肌の色が白くなったように見える。迷宮人の青黒い肌色では無い。
「こちらへ来るみたいだ」
シュンは浮かんでいるカーミュを見た。
「転移はありそうか?」
『無いです。転移門が修正されたです』
「そうか・・なら」
ユキシラと対面してみようか。
シュンは、双子を伴って岩肌が滑らかな通路へと踏み入った。
『オーギパンサー3頭』
見張りに立っているユアとユナから連絡が入った。
「もうすぐ解体が終わる。待機していてくれ」
シュンは"護耳の神珠"に触れながら連絡を返した。
『なんか出たでゴザル!』
「どうした? 何が出た?」
『背中に羽根のあるヒトでゴザル!』
「羽根?ピクシーか?」
解体の終わったオーギパンサーを収納しながらジェルミーの方を見ると、すでにもう一体の解体を終えてくれていた。
「1度、戻っておけ」
声をかけて、ジェルミーを還しつつ、皮、爪、牙、眼玉、腱・・と収納していく。
『とても高身長でゴザル』
『とても挑発的なボディでゴザル』
双子が昏い声で呟いている。
背丈が人間並となると羽根妖精では無い。鳥人の類だろうか。
シュンはまだリポップまで時間がある岩室を振り返りながら双子が見張っている奥の広場へ向かった。
身を屈めて見張っている双子に近付くと、
「ボス、誘惑されちゃ駄目」
「あれは倫理委員会マター」
双子が恨めしげに告げる。
「・・裸の女?蝶・・いや蛾の羽根か?」
シュンは薄闇に淡く光っている全裸の女に眼を眇めた。背丈はシュンより少し高いくらい。黄金色の髪に真っ赤な瞳をした美女が、豊かな胸乳や股間を晒した一糸まとわぬ姿で宙に浮かび、大型のオーギパンサーの上を漂っていた。
「あいつがポップしたのか?」
「湧いて出た」
「裸で出て来た」
「ふうん・・まあ、魔物だろう。いつもの手順で仕掛けるぞ」
シュンは"霧隠れ"を使い、水楯を正面に展張した。
『鱗粉を吸うと、体が中から燃えるです』
不意にカーミュの声が告げた。
「鱗粉が危ないのか?吸わなくても燃える?」
『火の海になるのです』
「そうか・・」
シュンは双子に今の情報を伝えた。カーミュの声は主人であるシュンにしか聞こえない。
「火力勝負?」
「ガチ火力?」
「水は無いし、上が狭くて俺のカラミティは使え無いが・・」
2人の大魔法なら場所を選ばずに撃てる。
「破廉恥女を吹っ飛ばす」
「痴女は粛正」
双子が不穏な笑みを浮かべた。
「XMいく」
「MKいく」
息の合った動きで2人が手榴弾を放り投げた。
すぐさま、ユアとユナが立ち上がって前に出ると、2人揃って半身になって右手を頭上へ掲げた。
「シャイニングゥーー」
「バーストカノン!」
なぜか怒っている双子の頭上に、黄金色の魔法陣が浮かび上がって回転を始めた。心なしかいつもより激しく回転している気がする。
XM手榴弾が閃光と轟音を轟かせ、MK手榴弾が激しい衝撃で岩の広間を揺さぶる中、双子が助走をつけて跳び上がり、蛾の羽根を生やした金髪の美女めがけて右手を振り下ろした。
直後、黄金の魔法陣から光り輝く砲弾が1発、2発、3発と連続して撃ち出され、25メートル四方ほどの広場を蹂躙する。
(3発!?)
思わず眼を剥きながら、シュンは水楯に魔力を注いで大きく分厚く変形させていった。いつから3連射になったのか!?
直後に、凄まじい衝撃が押し寄せて、ものの数秒で水楯が消し飛んだ。瞬時に次の水楯を生み出し、さらに次の水楯を重ねて出現させる。
後ろで、"ディガンドの爪"に身を隠して双子が頭を抱えて蹲っていた。
何とか防ぎ止めて、
「・・いつから3連発になった?」
シュンは小さく息をつきながら双子に声を掛けた。
「・・ご無事?」
「・・アライブ?」
ユアとユナがそっと顔をあげて視線を左右する。
『テイプルネフガ・・弱って地面に落ちたです』
カーミュの声もどこか呆れたような響きだ。
シュンは、テンタクル・ウィップを伸ばして女の手足に巻き付かせた。
「サウザンド・フィアー」
迷わずEX技を使用する。
紅い光が白い裸体を照らした直後、無数の黒い槍が降り注いで地面に縫い刺しにする。真っ赤な眼を見開き、金髪の美女が何やら叫んだが、シュン達の聴覚は"護耳の神珠"で、視覚は"護目の神鏡"で護られている。
恐怖で顔を歪めた女の上に、巨大な蚊が舞い降りるなり、何とか逃れようと暴れる裸体に口器を突き刺した。
シュンはVSSを連射した。
9999のダメージポイントが乱れ跳び、たちまち300発全てを撃ち込む。途中で、ダメージポイントが出なくなり、全裸の蛾女が死んだことが判った。
「あっけないな」
シュンは何も居なくなった広場を見回した。魔石をいくつか遺してパンサーが消滅していた。
「HP少なめ?」
「800万くらい?」
ユアとユナがMP回復薬を飲みながら広場の惨状を見回す。
「そのくらいかもな」
シュンのEXで150万、双子のカノンが1発100万×6発だ。テンタクル・ウィップによる悪疫の影響もあるから、まあ800万よりは少ないが大きな誤差では無いだろう。
(再生の間を与えなかったのが良かった)
シュンは蛾女の死骸に近付いた。まだしっかりと原型を保っている。
「これの解体は・・ちょっと気分が滅入る。止めようか」
シュンは軽く顔をしかめて白蝋のような肌色をした女を見下ろした。羽根が無ければ、ほぼ人と変わらない姿だ。
『羽根と真核を採るです』
カーミュが姿を現して羽根の近くへ飛んで行き、邪気の無い表情で蛾女を指さす。
「羽根?・・そうか」
シュンは言われるまま、背の羽根を切り取った。
『真核は胸の中です』
「・・分かった」
シュンは蛾女の片腕を持ち上げ、脇側から短刀を突き入れて胸乳の下まで裂いた。中に手を突き入れると、手探りに硬質の珠を掴んで引き摺り出した。
『とても大きい。とても価値があるのです』
「という事らしい」
シュンは青ざめて身を寄せ合っている双子に説明した。
『死に際に呪転の詛を吐いてたです。焼かないと死霊化するのです』
「死霊?」
『カーミュが焼くです』
「・・任せる」
シュンが言うと、白翼の少年が軽く息を吸い込む様子を見せ、いきなり青白い火炎を噴いた。
ゴウッ・・
と大気が灼ける音が聞こえ、一瞬にして白々とした蛾女の死骸が灰になっていた。
『これで良いです』
そう言い残して、カーミュが静かに姿を消していった。
「あのままだと蘇ったのか?」
『ご主人を狙う死霊になったです』
カーミュの声だけが聞こえる。
「・・そうか」
<1> Shun (331,290/2,050,000exp)
Lv:18
HP:68,550
MP:60,250
SP:1,180,000
EX:1/1(30min)
<2> Yua
Lv:18
HP:32,450
<3> Yuna
Lv:18
HP:32,450
カーミュの炎は、SPを10万消費したようだった。
(経験値は20万近く入ったんだな)
なかなかの強敵だったということか。ほぼ何もさせずに圧しきったのが良かったようだ。
ポイポイ・ステッキで収納して名称を確認すると、カーミュの言う通り、"テイプルネフガの真核" "テイプルネフガの毒羽根"という表示が見つかった。
「親分、さすがに映倫」
「子供がトラウマ」
双子が諭すように言ってシュンの背を摩る。
「マズかったか?」
「エグい」
「グロい」
「・・魔物だぞ?」
抗弁しつつも、シュン自身の気分も落ち気味だ。
「そうだな・・今後は控えよう。なんか気分が重くなりそうだ。気分転換に少し走るか」
「青春っ!」
「熱血っ!」
3人は広大な洞窟の中を走り出した。
水渦弾とMP5の銃弾がばら撒かれ、時折手榴弾が炸裂する。遭遇する魔物という魔物が群れを成して追いかけ、そこをめがけてリビング・ナイトが突っ込み、ジェルミーが斬り込む。そのまま走る。ひたすら走って魔物にちょっかいをかける。
「セイクリッドォーーー」
「ハウッリングゥーーー」
振り向きざまに双子が聖なる咆哮が浴びせ、そして走る。
他のパーティと鉢合わせしそうになったら、火力を上げて一気に殲滅する。
そして、また走る。
マラソン・・双子がそう称する魔物の掃討走だ。
各自がMPやSPの残量を見ながら、ほどよい攻撃手段、防御手段を選択しつつ出来るだけ長く走れるようにする。常に走りながら判断し、銃も魔法も速射、即発動しないといけない。忙しくもあり、面白くもある耐久走だった。
「オーギパンサーが居る。あれは丁寧に狩ろう」
行く手の空洞に大型の魔獣を見つけてシュンは左手からテンタクル・ウィップを生え伸ばした。この階層で通常ポップする魔物では一番の大物だ。
「アイアイ」
「ラジャー」
ユアとユナがそれぞれの手榴弾を手に走る。
20メートル近い距離を一気に詰めてオーギパンサーが襲って来た。風刃を纏った前脚の一撃を"ディガンドの爪"で受けつつ、双子がオーギパンサーの左右へ別れて走る。直後に閃光が視界を潰し、衝撃がオーギパンサーの腹部を襲った。
慌てて跳び退こうとするオーギパンサーを黒い触手が巻き付いて引き戻し、長柄の大剣を振りかぶったシュンが真っ向から頭部を殴り伏せ、さらに鼻面を横殴りに斬り、遮二無二繰り出すオーギパンサーの前脚を潜って脇腹を突き刺す。
すぐに長柄の大剣を収納しつつ、距離を取った。
入れ替わりにリビング・ナイトが騎士楯を前に体当たりをしてオーギパンサーを仰け反らせ、駆け抜けたジェルミーが抜き打ちに喉を切り裂く。その間も双子がMP5SDを延々と撃ち込み続けていた。
「水葬・鬼の爪」
シュンは水魔法の強撃技を使用した。鬼手を模した水の手が出現して上から下へ振り下ろされる技だった。効果は、3指の穿孔による継続ダメージ、魔法や技の中断、押さえ付け効果による動作鈍化、CPが出れば15秒間の行動不能に陥る。
新しく覚えた魔法では無い。練度が上がって効果が増えたために出番が増えてきた魔法だった。
オーギパンサーの頭部が上から下へ叩かれて下顎から地面に打ちつけられる。CPは出なかったが襟首の周りに3箇所の穿孔が穿たれ、ダメージポイントが跳ねた。動きが鈍くなったところへ、XMとMKが転がって来て爆発した。オーギパンサーの防御力と攻撃力がさらに落ちる。
真っ向からリビング・ナイトが斬りかかり、斜め後ろからジェルミーが奔った。リビング・ナイトが最近覚えた長剣技の5連撃を使い、ジェルミーが刀技の兜割りを使った。両方ともCPの文字が跳ね、オーギパンサーが絶命した。
斑ら模様のある黄色い毛皮、牙、爪、強靭でしなやかな腱、金色の目玉・・銀縁眼鏡を掛けて査定をしながら丁寧に解体をして全てをポイポイ・ステッキで収納した。この一体だけで、最高値で売れれば棒金32本の値が付くらしい。
「戻っていてくれ」
リビング・ナイトとジェルミーを送還し、シュンは双子が作った地図を拡げた。
「19階?」
「上に行く?」
「そうだな。魔物の強さを確認しておこうか」
シュンが頷いた時、
『転移が来るです』
カーミュが注意を促した。
「転移?」
シュンは水楯を張り直しながら、同時にディガンドの爪も出した。その上で霧隠れを使う。双子の防御魔法がかけ直される中、少し離れた場所に次々と人影が出現し始めた。迷宮人の集団だった。
「リビング・ナイト」
シュンはリビング・ナイトを召喚した。
「聖なる楯!」
何かを感じたのか指示を待たずにユアがEX技を使用する。
直後に無数の銃弾が降り注ぎ、相手のEX技だろう幻獣の群れが襲って来た。シュンの水渦弾が乱れ撃ち、ユアとユナの手榴弾も放られる。20メートル以内の距離に20名近い人影が現れ、攻撃して来たのだ。近接戦になりかけたが、聖なる楯で相手の初撃を凌げたのが大きい。リビング・ナイトが巨体を活かして強引に斬り込み騎士楯の殴打技と長剣の連撃を繰り出す。
シュンの水渦弾が魔法の防御壁を撃ち抜いて後ろの術者達を次々と跳ね転がし、
「聖なる剣!」
ユナのEX技が発動して無数の光る剣を降らせ、転移して来た襲撃者達を全滅させた。
『まだ来るです』
「後続が来ているそうだ」
「アイアイ」
「ラジャー」
継続回復の魔法を掛け合いながら双子が頷いた。次の一団は90人近かった。出現と同時に、一斉にEX技を使って来る。シュンは水楯を幾重にも展開しつつ、テンタクル・ウィップで12人を吊るして打ち振るった。
水療と霧隠れを根気よく使い、水楯を何度も張り直す。ディガンドの爪が強靭な上、タクティカルベストが相手の銃撃を1ポイントに抑えてくれる。
通常回復に、継続回復、防御力を上げる魔法・・双子が次々と使用して、数百ポイントのダメージポイント程度しか許さずに回復させる。
リビング・ナイトを送還させたところで、カーミュが姿を現して青い炎を噴いて焼き払った。
「リビング・ナイト」
シュンの喚びかけに応じて、再び無傷のリビング・ナイトが現れた。
「ホーリーレイン」
「ホーリーサークル」
双子が周囲に聖なる雨を降らせ、聖なる魔法陣で守られた領域を生み出す。
「カーミュ?」
『また来たです。でも・・座標間違いなのです』
「ん?・・あ」
シュンは眉を潜めた。半身が岩床に埋まるように20人の男女が現れたのだ。
「水渦弾」
「セイクリッドォーー」
「ハウリングゥーーー」
3人の攻撃が容赦なく浴びせられ、転移で現れ床に身体が埋まったまま60人近い迷宮人達が散っていった。残るわずかな迷宮人も、ほぼ反撃を許さないままに掃討した。何人かは斃れただけで灰となって消えた。大半は双子の聖なる剣や咆哮、ホーリーレインで光る粒となって昇天した。
「カーミュ、石碑も無いのに狙った場所に転移できるのか?」
『向こうの誰か、地図の魔道具を持ってるです。地図で位置が見えるのです』
「それだけで、俺達の場所めがけて転移できるのか?」
『転移先を教える追跡者が居たらできるのです』
「尾行されていたのか・・気が付かなかったな」
シュンは前後に続く岩の通路を見透かした。見える範囲には居ないようだ。
『ご主人、転移は便利だけど危険なのです。今の使い方は死にやすいのです』
「岩床に埋まっていたな」
ああいう死に方はしたくない。
『空間座標は特定が難しいです。特に迷宮の中は危ないのです』
「転移をする魔法があるのか?」
『あるけど、レベル90以上の魔法使いじゃないと危険なのです』
「そうか・・すると、転移の石碑のような道具かな?」
迷宮人はどうやって転移して来たのか?
『転移門を無理に弄ったです。神様の罰が下るです』
「なるほど、俺を仕留めるために無理をしたか・・・ずいぶんと憎まれたものだな」
呟きながら、シュンは"ディガンドの爪"を少し上へ移動させた。
直後に、硬質な衝突音が響いて、飛来した銃弾が弾けて上方へ逸れていった。
「ボス?」
「狙撃?」
休んでいた双子が急いで立ち上がって"ディガンドの爪"を構える。
「あいつだ」
シュンはダーク・グリフォン譲りの眼で、遠く通路の奥に伏せている人影を捉えていた。暗がりだが、相手の容姿はもちろん微細な表情すら見て取れる。
「ユキシラ?」
「スナイパー?」
「そうなんだが・・どうもおかしいな」
シュンの眼には、ユキシラの肌の色が白くなったように見える。迷宮人の青黒い肌色では無い。
「こちらへ来るみたいだ」
シュンは浮かんでいるカーミュを見た。
「転移はありそうか?」
『無いです。転移門が修正されたです』
「そうか・・なら」
ユキシラと対面してみようか。
シュンは、双子を伴って岩肌が滑らかな通路へと踏み入った。
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