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第1章
第80話 ユキシラ異変
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案内役の羽根妖精や売り子達が挨拶を終えて階下へと戻って行った。
「それで?」
シュンは部屋を振り返った。
そこで、ユアとユナが床に座り込んで泣き真似をしていた。
「お許しくださいましぃ~」
「お代官様ぁ~」
哀れみを乞うように弱々しい声を出し、鼻水を啜る真似までしている。なかなか芸が細かい。
「・・良いから立て。せっかく綺麗な格好をしているのに台無しじゃないか」
シュンが溜め息混じりに言うと、双子が素早く立ち上がって衣服の乱れを直す。
「まさかのリトルガールだった」
「ちっちゃなキッズだった」
双子が恥ずかしそうに笑う。
売り子達は、確かに顔立ちの整った男女だったが、身長は双子よりも低く、5、6歳といった幼い外見で、当然ながら色香よりも愛嬌といった容姿である。
先ほど挨拶をして去って行ったのが、改めて書類選考をして選んだ5人の売り子だ。今度は、あれこれ考えずに、販売実績だけを見て良さそうな売り子を選んだ。結果として、全員が女の子になった。
商品は、商工ギルド内に用意されるネームド用の販売品倉庫に積み上げる。後は、それぞれの商品を担当する売り子が仕分けをし、ギルドの売店で売るか、ワゴンで運んで街頭で売るか、通販で売るかを決める。
値段は最低価格だけを設定すれば、売り子がそれぞれ判断しながら設定した値段以上で売ってくれる。似たような商品の相場を睨み、高過ぎず安過ぎない値決めをしながら在庫を売り切れば売り子としては及第点だ。
5人全員が"見習い"なので、まだ店舗は借りられない。
なお、販売を委託した商品は、次の30品目だ。
・ポテチ(のり塩)、ポテチ(岩塩)、ポップコーン、のど飴(レモン)、かりかり梅、かみかみ昆布
・低級傷薬(小瓶)、中級傷薬(小瓶)、上級傷薬(小瓶)、低級毒消し(小瓶)、中級毒消し(小瓶)、上級毒消し(小瓶)
・SP回復薬(小)、SP回復薬(中)、SP回復薬(大)、MP回復薬(極小)、MP回復薬(小)、MP回復薬(中)
・石鹸、ボディソープ、シャンプー、リンス、歯磨き粉、マウスウォッシュ
・ノート(方眼)、ノート(横罫)、鉛筆、消しゴム、定規(30センチ)、万年筆
掲示板利用の通販と街頭販売の2ラインで、計60件の委託販売という扱いになるらしい。
思ったより売れる品目数が少ない。
「ボス、掲示板で検索しよ」
「他の人の商品が見たい」
「そうだな」
双子に誘われて商工ギルドの大型掲示板へ向かった。
「む・・」
「むむ・・」
双子が唸る。
「依頼ばかりだな」
シュンは軽く眉をひそめた。
何々が欲しい、何々を買いたいといった依頼から、レベル50以上の回復役を雇いたい、レベル50以上のサブ盾役を探しているといった求人まで、びっしりと並んでいた。
一件一件に通し番号があり、窓口では番号を口頭で告げてやり取りをしている。
「あっちだった」
「あっちが買い物板」
キョロキョロ見回していた双子が別の掲示板を見つけた。
「なるほど・・」
こちらの板も、欲しいものリストと化していた。
「ボス、竜鱗だって」
「18階以上だって」
双子がけらけら笑う。鱗1枚に5万デギン、50枚まで買い取るそうだ。
「床を剥がされる」
「扉も危険」
「・・あれが5万? どうして自分で採りに行かないんだ?」
「お金で解決?」
「面倒くさい?」
「そんなものか?」
シュンはヒュプラコンの銀縁眼鏡を掛けつつ、竜鱗を1枚取り出して査定してみた。
(・・ありえない)
平均価格は5万デギン。迷宮外なら15万デギン。エスクードでは2万から8万デギンで取り引きされていた。
「本当にホームの床を盗られそうだな」
シュンは苦笑した。
商工ギルドで借りた部屋の床、壁、天井板、扉・・すべてに加工した竜鱗を埋め込んである。扉の鍵は魔法紋で、内側からカーミュが作動させないと開かない仕組みにした。
「さて・・狩りに行こうか」
「アイアイ」
「ラジャー」
意外なくらい素直に双子が頷いた。逆に怪しい。
「おしゃれを楽しんだ!」
「今度は狩りを楽しむ!」
返事に妙に力が入っている。
「・・どうした?」
「素材が必要」
「ボタンの材料」
「なるほど・・」
今回のやる気の源は、ボタンらしい。
「どんな魔物だ?」
「アイドンノー」
「ユードンノー?」
ユアとユナが2人で顔を見合わせて首を傾げる。
「・・知らないのか」
シュンは苦笑しつつ、白服からタクティカル装備へと換装した。ユアとユナも換装を済ませる。
「確か、牛の角から削り出していたか?」
どこかでそんな話を聴いた気がするが・・。
『ユキシラ、狩りに行く。街の転移門で合流しろ』
護耳の神珠で連絡する。ユキシラを "ガジェット・マイスター"のホームに置いてきたままだ。
『直ちに向かいます!』
すぐさま返事が返った。
足早に大通りを抜けて、やや閑散とした集合住宅群を眺めながら転移門へ行くと、すでにユキシラが待機していた。武装した8人の少年達がユキシラを囲むようにして何やら話しかけている。
「モテモテ」
「男子と男子」
双子は、微妙な笑みを浮かべつつ見守る構えだ。
「うちのメンバーに何か用か?」
シュンは少年達に声をかけた。パッ・・と身構えるように振り返った少年達だったが、シュンと双子を見るなり、興味を失ったように緊張を解いてユキシラに向き直った。しかし、すでにそこにユキシラの姿は無い。
少年達が視線を外した一瞬の内に囲みを抜けて、シュンの背後を護るようにして歩いている。
「お、おいっ!」
「ちょっと待てよ!」
苛立ったように声をかける少年達だったが、行く手から歩いて来る集団に気づいて口を噤んだ。百人を超えそうな人数のレギオンだった。転移門から戻って来たところらしく、疲労が色濃く鎧などに傷が目立つ。
横をすれ違いながら、シュン達は入れ替わりに転移門へ続く扉抜けた。
「162人」
「27パーティ」
ユアとユナが目敏く数えていた。こういう作業は早い。
「ユキシラ、何か言われていたのか?」
「アルヴィについて質問があったようです」
ユキシラが答えた。
「アルヴィ?」
「私はアルヴィでは無いと言ったのですが信じて貰えませんでした」
「まあ、それはそうか」
シュンは、行く手に見えてきた石碑に向かって手を挙げた。そこに、見覚えのある羽根妖精がいる。
「もう出かけるの?」
羽根妖精の女が飛んで来た。
「ボタンの材料を採りたいんだが・・」
「ボタン? あの服の?」
「そうだ」
「そう・・ボタンねぇ。角とか、甲羅? 綺麗な石とかでも良いんじゃない?」
羽根妖精の女が言う。
「なるほど、石か・・良いかもな」
「割れない?」
「壊れない?」
双子は心配そうだ。
「ちゃんと加工したら大丈夫なんじゃない?」
「・・まあ、色々と集めてみよう。どんな色が良いんだ?」
2人に訊いてみると、
「白と青のミックス」
「半々ぐらいで混ざった感じ」
双子が迷い無く答えた。すでに頭の中に絵があるらしい。
「白と青・・あるのか、そんなの?」
シュンは羽根妖精を見た。無言で首を振るばかりで返事は返らなかった。
「とにかく魔物は見つけた端から狩って、石なんかも注意して拾ってみよう」
「異議なし」
「大賛成」
双子が敬礼する。
「ドコニイク?」
転移門の前で、石人形が訊いてきた。21階から25階まで選択できるようだ。
「21階だ」
「ワカッタ」
石人形が護る石碑が白く光り始めた。
「護耳、護目、ディガンドの爪」
「アイアイサー」
「ラジャー」
「はい」
3人の返事を聴きながら、シュンは光る転移門へと踏み入って行った。
しばらくはユキシラを加えての慣熟戦闘を繰り返す。そのために、双子のボタン探しはちょうどいい。
(さて・・)
新しい階層の魔物はどんなものか。エスクードが迷宮最後の異邦人の街だというのだ。ここが一つの節目なのは間違いない。これまでの延長だとは考えない方が良いだろう。
ここから先は、到達した階層へ街の転移門で移動できるようになる。新しい魔物に注意しつつ、ある程度先の階を目指して上っておくことで狩猟の幅が広がる。
転移門をくぐって周囲の様子が見えて来るなり、
「ここは・・」
思わず声が出た。
転移したのは、果てしなく広がる砂漠の中だった。転移の石碑などは無い。正しく、砂漠の中に放り出された形だ。
「太陽の位置が変」
「月と入れ替わった?」
ユアとユナが呟いている。
「シュン様、お気をつけください!」
不意にユキシラが警戒の声をあげた。
「・・敵か?」
シュンはユキシラの声に滲む恐怖心を感じ取って思わず振り向いていた。美麗な顔を苦しそうに歪め、ユキシラが必死の眼差しで見つめている。
(これは・・?)
シュン達の実力を目の当たりにしてきたユキシラが、それでもなおシュンの身を案じるほどの危機が迫っているらしい。
「ユア、ユナ、俺から離れて守りに専念しろ」
「・・アイアイ」
「・・ラジャー」
一瞬、訝しげな表情を見せながらも、2人が20メートルほど離れて背中合わせに周囲を警戒する。
「カーミュ、ジェルミー、2人を護れ」
『はいです』
返事と共に、白翼の少年とジェルミーが姿を現して双子の近くへ移動した。
その間、シュンの眼はユキシラを捉えたまま動いていない。
「・・おまえが?」
どうやら、ユキシラの様子がおかしい。
「このユキシラの身体は、シュン様の下僕。なのですが・・」
苦しそうに歪んでいたユキシラの美貌に、ひっそりと笑みが浮かんだ。同時に華奢な身体から湯気のように黒々としたものが立ちのぼり始めた。
直後、ユキシラの手足にテンタクル・ウィップが巻きついた。
先手必勝である。
「サウザンド・フィアー」
シュンが呟いた。
「き、貴様っ!?」
ユキシラだったものが瞠目して声をあげる。その身体を黒い槍が無数に出現して串刺しにした。
「敵は殲滅する。それだけだ」
理由など斃した後で調べれば良い。
シュンはゆっくりと後退って距離を取った。その手にVSSが握られている。
全長が10メートルほどの巨大な蚊が舞い降り、動けないユキシラに覆いかぶさると長い口器を突き刺した。
「くくく・・仲間殺しは楽しいか? 下劣な原住民よ」
苦痛に顔を歪めたユキシラが嗤う。
直後に、無慈悲な銃弾が撃ち込まれて、9999ポイントのダメージ表示が連続して跳ねた。
(ほう・・?)
ユキシラが斃れない。4万少ししかHPが無かったはずなのだが・・。
「カーミュ、幻覚か?」
『幻じゃないです。ユキシラに何かが入ってるです』
カーミュの声音に畏れが混じる。
「・・悪魔か?」
シュンは撃ち尽くしたVSSを収納した。弾薬はすぐに補充されるが、どうやら近接での戦いになりそうだった。
「ふん、あのような羽虫と一緒にしてくれるな。卑賤の子よ」
EX技の拘束から解放されたユキシラが舌打ちをした。まだ四肢をテンタクル・ウィップに捉えられたままだ。
「なるほど、この多鞭こそが貴様を強者たらしめる武器というわけだな。これは儂でも脱け出せん・・だが身体が動かぬだけなら、いくらでも攻撃手段があるのだぞ?」
ユキシラの双眸が赤光を放った。
「・・む?」
低く唸ったのは、赤く眼を光らせたユキシラだった。
「ほう? 瞳術が徹らぬ? ふむ、その眼鏡か・・小癪な魔導具を持っておるな。少し苦しませてから死なせてやろうと思うておったが・・」
「13、4のその姿で、物言いはずいぶんと年寄り臭い」
シュンは左手甲のステータスを確認した。ユキシラ・サヤリのHPは「0」のまま回復していない。
(死人を殺すのは難しそうだが・・)
短刀を引き抜いて右手に握ると、シュンは拘束されて動けないユキシラに近づいて行った。
「ほほう? 元は同じ原住民、そしてパーティのメンバーであった者に斬りつけようというのか。残酷なことだな」
ユキシラが顔を歪めて嘲笑う。
「どうせなら・・」
シュンは短刀を鞘へ戻し、身体強化を使いながら長柄の大剣を取り出した。
「"魔神殺しの呪薔薇"だと!?・・そんな物をどこで手に入れた?」
ユキシラの声が急に嗄れた老人のものに変化した。
「景品だ」
シュンは大剣を担ぎ上げ、ユキシラめがけて真っ向から振り下ろした。
「・・ぬうっ! ガアァァァ」
ユキシラが咆哮を上げて上体を仰け反らせて逃れようとする。しかし、構わず振り下ろされた大剣がユキシラを叩き斬る。文字通りに両断されたユキシラの身体が砂上に転がった。
「それで?」
シュンは部屋を振り返った。
そこで、ユアとユナが床に座り込んで泣き真似をしていた。
「お許しくださいましぃ~」
「お代官様ぁ~」
哀れみを乞うように弱々しい声を出し、鼻水を啜る真似までしている。なかなか芸が細かい。
「・・良いから立て。せっかく綺麗な格好をしているのに台無しじゃないか」
シュンが溜め息混じりに言うと、双子が素早く立ち上がって衣服の乱れを直す。
「まさかのリトルガールだった」
「ちっちゃなキッズだった」
双子が恥ずかしそうに笑う。
売り子達は、確かに顔立ちの整った男女だったが、身長は双子よりも低く、5、6歳といった幼い外見で、当然ながら色香よりも愛嬌といった容姿である。
先ほど挨拶をして去って行ったのが、改めて書類選考をして選んだ5人の売り子だ。今度は、あれこれ考えずに、販売実績だけを見て良さそうな売り子を選んだ。結果として、全員が女の子になった。
商品は、商工ギルド内に用意されるネームド用の販売品倉庫に積み上げる。後は、それぞれの商品を担当する売り子が仕分けをし、ギルドの売店で売るか、ワゴンで運んで街頭で売るか、通販で売るかを決める。
値段は最低価格だけを設定すれば、売り子がそれぞれ判断しながら設定した値段以上で売ってくれる。似たような商品の相場を睨み、高過ぎず安過ぎない値決めをしながら在庫を売り切れば売り子としては及第点だ。
5人全員が"見習い"なので、まだ店舗は借りられない。
なお、販売を委託した商品は、次の30品目だ。
・ポテチ(のり塩)、ポテチ(岩塩)、ポップコーン、のど飴(レモン)、かりかり梅、かみかみ昆布
・低級傷薬(小瓶)、中級傷薬(小瓶)、上級傷薬(小瓶)、低級毒消し(小瓶)、中級毒消し(小瓶)、上級毒消し(小瓶)
・SP回復薬(小)、SP回復薬(中)、SP回復薬(大)、MP回復薬(極小)、MP回復薬(小)、MP回復薬(中)
・石鹸、ボディソープ、シャンプー、リンス、歯磨き粉、マウスウォッシュ
・ノート(方眼)、ノート(横罫)、鉛筆、消しゴム、定規(30センチ)、万年筆
掲示板利用の通販と街頭販売の2ラインで、計60件の委託販売という扱いになるらしい。
思ったより売れる品目数が少ない。
「ボス、掲示板で検索しよ」
「他の人の商品が見たい」
「そうだな」
双子に誘われて商工ギルドの大型掲示板へ向かった。
「む・・」
「むむ・・」
双子が唸る。
「依頼ばかりだな」
シュンは軽く眉をひそめた。
何々が欲しい、何々を買いたいといった依頼から、レベル50以上の回復役を雇いたい、レベル50以上のサブ盾役を探しているといった求人まで、びっしりと並んでいた。
一件一件に通し番号があり、窓口では番号を口頭で告げてやり取りをしている。
「あっちだった」
「あっちが買い物板」
キョロキョロ見回していた双子が別の掲示板を見つけた。
「なるほど・・」
こちらの板も、欲しいものリストと化していた。
「ボス、竜鱗だって」
「18階以上だって」
双子がけらけら笑う。鱗1枚に5万デギン、50枚まで買い取るそうだ。
「床を剥がされる」
「扉も危険」
「・・あれが5万? どうして自分で採りに行かないんだ?」
「お金で解決?」
「面倒くさい?」
「そんなものか?」
シュンはヒュプラコンの銀縁眼鏡を掛けつつ、竜鱗を1枚取り出して査定してみた。
(・・ありえない)
平均価格は5万デギン。迷宮外なら15万デギン。エスクードでは2万から8万デギンで取り引きされていた。
「本当にホームの床を盗られそうだな」
シュンは苦笑した。
商工ギルドで借りた部屋の床、壁、天井板、扉・・すべてに加工した竜鱗を埋め込んである。扉の鍵は魔法紋で、内側からカーミュが作動させないと開かない仕組みにした。
「さて・・狩りに行こうか」
「アイアイ」
「ラジャー」
意外なくらい素直に双子が頷いた。逆に怪しい。
「おしゃれを楽しんだ!」
「今度は狩りを楽しむ!」
返事に妙に力が入っている。
「・・どうした?」
「素材が必要」
「ボタンの材料」
「なるほど・・」
今回のやる気の源は、ボタンらしい。
「どんな魔物だ?」
「アイドンノー」
「ユードンノー?」
ユアとユナが2人で顔を見合わせて首を傾げる。
「・・知らないのか」
シュンは苦笑しつつ、白服からタクティカル装備へと換装した。ユアとユナも換装を済ませる。
「確か、牛の角から削り出していたか?」
どこかでそんな話を聴いた気がするが・・。
『ユキシラ、狩りに行く。街の転移門で合流しろ』
護耳の神珠で連絡する。ユキシラを "ガジェット・マイスター"のホームに置いてきたままだ。
『直ちに向かいます!』
すぐさま返事が返った。
足早に大通りを抜けて、やや閑散とした集合住宅群を眺めながら転移門へ行くと、すでにユキシラが待機していた。武装した8人の少年達がユキシラを囲むようにして何やら話しかけている。
「モテモテ」
「男子と男子」
双子は、微妙な笑みを浮かべつつ見守る構えだ。
「うちのメンバーに何か用か?」
シュンは少年達に声をかけた。パッ・・と身構えるように振り返った少年達だったが、シュンと双子を見るなり、興味を失ったように緊張を解いてユキシラに向き直った。しかし、すでにそこにユキシラの姿は無い。
少年達が視線を外した一瞬の内に囲みを抜けて、シュンの背後を護るようにして歩いている。
「お、おいっ!」
「ちょっと待てよ!」
苛立ったように声をかける少年達だったが、行く手から歩いて来る集団に気づいて口を噤んだ。百人を超えそうな人数のレギオンだった。転移門から戻って来たところらしく、疲労が色濃く鎧などに傷が目立つ。
横をすれ違いながら、シュン達は入れ替わりに転移門へ続く扉抜けた。
「162人」
「27パーティ」
ユアとユナが目敏く数えていた。こういう作業は早い。
「ユキシラ、何か言われていたのか?」
「アルヴィについて質問があったようです」
ユキシラが答えた。
「アルヴィ?」
「私はアルヴィでは無いと言ったのですが信じて貰えませんでした」
「まあ、それはそうか」
シュンは、行く手に見えてきた石碑に向かって手を挙げた。そこに、見覚えのある羽根妖精がいる。
「もう出かけるの?」
羽根妖精の女が飛んで来た。
「ボタンの材料を採りたいんだが・・」
「ボタン? あの服の?」
「そうだ」
「そう・・ボタンねぇ。角とか、甲羅? 綺麗な石とかでも良いんじゃない?」
羽根妖精の女が言う。
「なるほど、石か・・良いかもな」
「割れない?」
「壊れない?」
双子は心配そうだ。
「ちゃんと加工したら大丈夫なんじゃない?」
「・・まあ、色々と集めてみよう。どんな色が良いんだ?」
2人に訊いてみると、
「白と青のミックス」
「半々ぐらいで混ざった感じ」
双子が迷い無く答えた。すでに頭の中に絵があるらしい。
「白と青・・あるのか、そんなの?」
シュンは羽根妖精を見た。無言で首を振るばかりで返事は返らなかった。
「とにかく魔物は見つけた端から狩って、石なんかも注意して拾ってみよう」
「異議なし」
「大賛成」
双子が敬礼する。
「ドコニイク?」
転移門の前で、石人形が訊いてきた。21階から25階まで選択できるようだ。
「21階だ」
「ワカッタ」
石人形が護る石碑が白く光り始めた。
「護耳、護目、ディガンドの爪」
「アイアイサー」
「ラジャー」
「はい」
3人の返事を聴きながら、シュンは光る転移門へと踏み入って行った。
しばらくはユキシラを加えての慣熟戦闘を繰り返す。そのために、双子のボタン探しはちょうどいい。
(さて・・)
新しい階層の魔物はどんなものか。エスクードが迷宮最後の異邦人の街だというのだ。ここが一つの節目なのは間違いない。これまでの延長だとは考えない方が良いだろう。
ここから先は、到達した階層へ街の転移門で移動できるようになる。新しい魔物に注意しつつ、ある程度先の階を目指して上っておくことで狩猟の幅が広がる。
転移門をくぐって周囲の様子が見えて来るなり、
「ここは・・」
思わず声が出た。
転移したのは、果てしなく広がる砂漠の中だった。転移の石碑などは無い。正しく、砂漠の中に放り出された形だ。
「太陽の位置が変」
「月と入れ替わった?」
ユアとユナが呟いている。
「シュン様、お気をつけください!」
不意にユキシラが警戒の声をあげた。
「・・敵か?」
シュンはユキシラの声に滲む恐怖心を感じ取って思わず振り向いていた。美麗な顔を苦しそうに歪め、ユキシラが必死の眼差しで見つめている。
(これは・・?)
シュン達の実力を目の当たりにしてきたユキシラが、それでもなおシュンの身を案じるほどの危機が迫っているらしい。
「ユア、ユナ、俺から離れて守りに専念しろ」
「・・アイアイ」
「・・ラジャー」
一瞬、訝しげな表情を見せながらも、2人が20メートルほど離れて背中合わせに周囲を警戒する。
「カーミュ、ジェルミー、2人を護れ」
『はいです』
返事と共に、白翼の少年とジェルミーが姿を現して双子の近くへ移動した。
その間、シュンの眼はユキシラを捉えたまま動いていない。
「・・おまえが?」
どうやら、ユキシラの様子がおかしい。
「このユキシラの身体は、シュン様の下僕。なのですが・・」
苦しそうに歪んでいたユキシラの美貌に、ひっそりと笑みが浮かんだ。同時に華奢な身体から湯気のように黒々としたものが立ちのぼり始めた。
直後、ユキシラの手足にテンタクル・ウィップが巻きついた。
先手必勝である。
「サウザンド・フィアー」
シュンが呟いた。
「き、貴様っ!?」
ユキシラだったものが瞠目して声をあげる。その身体を黒い槍が無数に出現して串刺しにした。
「敵は殲滅する。それだけだ」
理由など斃した後で調べれば良い。
シュンはゆっくりと後退って距離を取った。その手にVSSが握られている。
全長が10メートルほどの巨大な蚊が舞い降り、動けないユキシラに覆いかぶさると長い口器を突き刺した。
「くくく・・仲間殺しは楽しいか? 下劣な原住民よ」
苦痛に顔を歪めたユキシラが嗤う。
直後に、無慈悲な銃弾が撃ち込まれて、9999ポイントのダメージ表示が連続して跳ねた。
(ほう・・?)
ユキシラが斃れない。4万少ししかHPが無かったはずなのだが・・。
「カーミュ、幻覚か?」
『幻じゃないです。ユキシラに何かが入ってるです』
カーミュの声音に畏れが混じる。
「・・悪魔か?」
シュンは撃ち尽くしたVSSを収納した。弾薬はすぐに補充されるが、どうやら近接での戦いになりそうだった。
「ふん、あのような羽虫と一緒にしてくれるな。卑賤の子よ」
EX技の拘束から解放されたユキシラが舌打ちをした。まだ四肢をテンタクル・ウィップに捉えられたままだ。
「なるほど、この多鞭こそが貴様を強者たらしめる武器というわけだな。これは儂でも脱け出せん・・だが身体が動かぬだけなら、いくらでも攻撃手段があるのだぞ?」
ユキシラの双眸が赤光を放った。
「・・む?」
低く唸ったのは、赤く眼を光らせたユキシラだった。
「ほう? 瞳術が徹らぬ? ふむ、その眼鏡か・・小癪な魔導具を持っておるな。少し苦しませてから死なせてやろうと思うておったが・・」
「13、4のその姿で、物言いはずいぶんと年寄り臭い」
シュンは左手甲のステータスを確認した。ユキシラ・サヤリのHPは「0」のまま回復していない。
(死人を殺すのは難しそうだが・・)
短刀を引き抜いて右手に握ると、シュンは拘束されて動けないユキシラに近づいて行った。
「ほほう? 元は同じ原住民、そしてパーティのメンバーであった者に斬りつけようというのか。残酷なことだな」
ユキシラが顔を歪めて嘲笑う。
「どうせなら・・」
シュンは短刀を鞘へ戻し、身体強化を使いながら長柄の大剣を取り出した。
「"魔神殺しの呪薔薇"だと!?・・そんな物をどこで手に入れた?」
ユキシラの声が急に嗄れた老人のものに変化した。
「景品だ」
シュンは大剣を担ぎ上げ、ユキシラめがけて真っ向から振り下ろした。
「・・ぬうっ! ガアァァァ」
ユキシラが咆哮を上げて上体を仰け反らせて逃れようとする。しかし、構わず振り下ろされた大剣がユキシラを叩き斬る。文字通りに両断されたユキシラの身体が砂上に転がった。
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辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
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高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
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