異世界転移料理人は、錬金術師カピバラとスローライフを送りたい。

山いい奈

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4章 偏食お嬢さんと、血液を作るご飯

第6話 解った。出来るだけ頑張ってみる

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「ただいま~」

「ただいまぁ」

 マリナとマルスが揃って帰って来た。仕事の後なので、ふたりともやや疲れ顔だ。だが。

「カロム、アサギくんいらっしゃい。錬金術師さまはこうしてお会いするのは初めてですね。こんにちは、マリナです」

「こんにちは、マルスです」

 ふたりは笑みを浮かべ、礼儀正しく挨拶してくれた。浅葱あさぎとロロアも立ち上がって返す。

「お帰りなさい、こんにちは」

「お帰りなさいカピ。錬金術師のロロアですカピ」

「本当に小さなカピバラさんなんですね。可愛いですね! あ、失礼だったかな」

 マリナが慌てた様に口元を抑えると、ロロアは「いえ」と首を振った。

「嬉しいのですカピ。ありがとうございますカピ」

 ロロアが照れた様な笑顔で言うと、カロムが「ははっ」と笑う。

「ロロアは可愛いなんて言われ慣れてるぜ」

 そんなカロムの軽口に、ロロアは焦った様におろおろと首を彷徨さまよわせた。

「さ、アサギ、仕上げに入るか」

「そうだね」

 浅葱とカロムが腰を上げると、ルビアも「あらあら」と追う様に立ち上がった。

「どんな料理になるのか楽しみだね!」

 そうして浅葱たち3人は台所へ。

 まぐろのステーキを焼いている間に、ほうれん草のソースを小鍋でじんわりと温めて。

 ルビアは熱心にメモを取っていた。焼く事もそうだが、特に焼き時間の短さに驚いていた。

「はい、お待ちどうさま!」

 言いながら、マリナとマルスの前に皿を置く。ルビアも自分の分を手に、いそいそとテーブルに着いた。

「鮪を焼いたものだよ。これならマリナでも食べられるだろう?」

 ルビアの台詞に、マリナは「え?」と首を傾げた。

「お肉もだけど、お魚も焼いたらぱさぱさになるって聞いた。え? 焼いたの?」

 いぶかしげなマリナに、カロムが「ああ」と頷く。

「確かに焼いてるんだが、これは大丈夫なんだよ。アサギの世界の調理法だからよ」

「調理法で変わるものなの?」

「ああ。これまで俺らは間違った調理をしてたって事だ。ま、とにかく食ってみてくれ。ソースたっぷり絡めてな。こっちのペーストはパンに付けてな」

「うん……じゃあ食べてみるね」

 マリナはまだ戸惑いながら、それでもナイフとフォークを手にした。カットし、ソースを絡ませ、口へ。

「あ、本当だ、柔らかい。しっとりしてる」

「本当だね。口の中でほろっとほどけるよ」

「この甘味もあるのに爽やかなソースと合うな。緑色……何のソースだろう」

 マリナとルビアに続けて、マルスも声を上げる。

「味はどうだ?」

 カロムの問い掛けに、マリナたちは口々に「美味しい!」と叫ぶ様に言った。

「パンもいただくね。これ、ペースト? 何で作ってるの?」

「まぁ食ってみてくれ」

 マリナたちはパンに手を伸ばし、豚レバペーストを、ルビア以外はそれと知らずに塗り付ける。そしてかじり付いた。

「わ、濃厚、まろやか。これも美味しい」

「本当だ、あ、これもしかして」

 マルスが味の正体に気付いたか、顔を上げて浅葱を見る。浅葱は「種明かしは後で」と小首を傾げた。

「へぇ、あれはこんな使い方も出来るんだねぇ。うん、パンにぴったりだ。美味しいねぇ」

「これ、本当に何で作ってるの? 甘味もあって美味しいんだけど」

 マリナが言うが、浅葱もカロムもただ微笑むだけで、まだ口は開かない。

「後で教えてくれるんだよね? で、このふたつで貧血が治るの? 本当?」

「勿論お薬もちゃんと飲んでね。でも食べるものから栄養を摂るのも本当に大事な事だと思うので、他にも出来る限り好き嫌い無く食べて欲しいなって思うんだ」

 浅葱が言うと、マリナは渋い表情を浮かべる。

「でも美味しく無いものは出来たら食べたく無いって思うし」

「何度も言うけどさ、姉ちゃんは食わず嫌いなんだよ」

 マルスが少しとがめる様に言うと、マリナは首を振って否定する。

「違うもん。食べて美味しく無かったんだもん。だから食べないの」

「それは小さい頃の話だろう? 大人になった今ならまた違うと思うんだよ」

 ルビアも言うが、マリナはがんとして首を縦に振らない。なかなか頑固な性格の様だ。

 しかしタイミングとしては良い頃合いだ。浅葱とカロムは顔を見合わせ、頷いた。

「なぁマリナ、その緑色のソース、何で作ってると思う?」

「え、何だろう。私が食べられる緑のものでしょう? ブロッコリとか?」

「じゃあペーストは?」

「ん~、茶色いから、何かのお芋?」

 その答えに、カロムはにやりと笑って口を開いた。

「ソースはほうれん草、ペーストは豚のレバだ」

「……え?」

「ほうれん草と豚のレバだよ」

「ええ!?」

 マリナは驚いて声を上げ、腰を浮かした。

「嘘! だってほうれん草って苦くて渋くて美味しく無かったよ! お肉も脂がきつくて!」

「ほうれん草のそれを抜く調理法をしてるってのもあるんだがな。な、どっちも食えてるだろ?」

「ええ~……」

 マリナはパンを手にしたまま、呆然と鮪のステーキ、正確にはほうれん草のソースを眺める。

「へぇ、これほうれん草なんだ。面白いな」

 マルスが感心した様に言い、興味深げにソースに視線を注ぐ。そしてまた鮪にたっぷりと付けて、口に運んだ。

「うん、確かに渋味も苦味も無いな。寧ろ甘い。へぇ、調理法かぁ」

「どっちも助手さんにしっかりと教わったからね。今度からは私でも作れるからね」

 マルスとルビアがそんな会話をしている間も、マリナはぽかんとしてしまっている。

「え~……」

 またそんな呟きを漏らし、しかしパンを食べ切り、またナイフとフォークをおずおずと動かす。

「……うん、どっちも食べられる。美味しい」

「だろ? だからさ、今食べても嫌いだと思ったものは仕方が無いが、そうで無いなら、いろんなものに挑戦してみろよ。食えるものが増えたら、飯の楽しみも増えるだろ?」

「マリナさん、僕また料理考えるから。今まで美味しくないって思ったものを、少しでも美味しいと思って貰える様な料理を。だから良かったら食べてみて欲しいな」

「勿論お薬も調合しますカピ。なのでお食事とお薬で、健康になっていただきたいですカピ」

 カロムと浅葱、ロロアにさとす様に言われ、マリナは躊躇ためらいながら、それでもゆっくりと首を縦に振った。

「解った。出来るだけ頑張ってみる」

 マリナのその返事にルビアとマルスはほっと胸を撫で下ろし、浅葱とロロア、カロムは顔を見合わせて笑みを浮かべた。
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