繋がりのドミグラスソース

山いい奈

文字の大きさ
27 / 55
3章 意図せぬ負の遺産

第5話 未来に思いを馳せて

しおりを挟む
 翌日、日曜日。守梨まもりゆうちゃんと外で晩ごはんを食べる約束をしていた。

 あびこには魅力的なお店がたくさんある。リーズナブルな大衆居酒屋から、まぐろの稀少部位が食べられる小料理屋、餃子が自慢の某中華チェーン店もあるし、オリジナリティ溢れるもつ鍋屋やブランド牛を提供する焼肉屋、薩摩料理店に熊本直輸入の馬肉店など、選びたい放題なのだ。

 あびこ中央商店街を中心に道が枝葉の様に分かれ、それぞれの通りで飲食店がしのぎを削っているのである。

 そんな中、今日守梨たちが選んだのは焼き鳥屋だった。カウンタ席とテーブル席がある落ち着いた店内で、ゆったりと自慢の炭火焼き鳥をいただくことができるお店である。

 テーブル席で向かい合わせになり、生ビールで乾杯し、香ばしく焼き上げられた焼き鳥や、だし巻き卵などの一品料理を堪能しながら、守梨は昨日来てくれた榊原さかきばらさんのことを祐ちゃんに話した。

「へぇ。おやっさんとお袋さんの人徳っちゅうやつやな」

 祐ちゃんは感心しながら言う。守梨は「うん」と応えながら、ジョッキを傾けた。

「しかも相場の倍も包んでくれはって。お香典返し慌ててお送りしたわ」

「何にしたん?」

「皆さんと一緒。カタログギフト」

「妥当やな。その方が喜ばれるやろ」

「うん、そう思う。石鹸とかの消えもんがお香典返しの定番やけど、お値段によってはそんなに石鹸送ってどうないすんねんみたいになるもんねぇ。ネットで一気に手続きできるし、ほんまに助かる」

 お葬式の後、祐ちゃんのお母さんにお香典返しのカタログギフトのことを聞いて、考えるのもしんどかった守梨は専用のサイトで一括で申し込んだのだった。もちろん金額によって分けることはしたが、パソコンに向き合って、無心で住所などを入力した。

 お通夜やお葬式の時こそ祐ちゃんの両親に頼った部分も多かったが、自分でしなければならないことも多分にあった。それらのことに専念している時には悲しみが薄れ、ああ、怒涛どとうに訪れる儀式にはそういった意味があるのだなと思ったものだった。

 今は「テリア」に両親の幽霊がいることが大きな励みになっていて、食欲も戻りつつあった。最初はかすりもできなかったのに、今は気配を感じられるのだ。それは本当に喜ばしいことだった。

 もしかしたら気のせいなのかも知れない。それでもそこに両親がいる、それだけで守梨の心に暖かなものがともるのだ。

 「テリア」再開のために、セミナーに通い始めて約3ヶ月。お料理とワインのお勉強も順調と言って良いのでは無いだろうか。アルバイト先のビストロでも、本格的な給仕を修行中である。

 レシピの原本は守梨の元にあるが、祐ちゃんも欲しがったので、タブレットで撮影して、祐ちゃんはそれを持ち歩いでいる。祐ちゃんもまだまだお勉強中なのだ。平日夜のお父さんのお料理教室も粛々しゅくしゅくと進んでいる。

 守梨は祐ちゃんが作るものもとても美味しいと思っているので、もうかなり上達しているのでは無いかと思うのだが、祐ちゃんにしてみれば違うと言う。

「おやっさんに教えてもらわなあかん時点で、まだまだやろ」

 調理師を育成する専門学校でも、最短で1年は通う。それだけの月日が必要だと言うことだ。祐ちゃんはまだ3ヶ月。そう言われてしまえば、まだ未熟なのかも知れないが。

 セミナー終了まであと3ヶ月。その時に守梨がどう成長できているか。お料理のこと、ワインのこと、どれだけ自分の身になっているか。

 どうしても気持ちが急いてしまう。両親がいつまでこの世にいてくれるのか判らないのだ。まだこれから料理人も探さなければならないと言うのに。お父さんのレシピ通りに作ってくれる料理人を望むのは、難しいだろうか。

「けど守梨、昨日松村さんにな、言われてん。そろそろドミグラスソースの作り方と継ぎ足し方、教えてもええかもって」

「え!?」

 守梨はこの朗報に、つい大きな声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。幸い周りのお客さんも騒がしくしていて、守梨たちを意には介しておらず、ほっとする。

「ほんまに?」

「うん。おやっさんに教えてもろてることは言われへんけど、毎日料理してるって話はしてるからな。毎週賄い食べてもろて、それで判断してもろた。守梨、もうすぐ「テリア」にドミグラスソースが戻って来るで」

 守梨は表情を綻ばす。眸が潤む。嬉しい。「テリア」が営業していた時、厨房はあの香ばしく濃厚な香りに包まれていた。それが帰って来るのだ。

「ありがとう、祐ちゃん。ほんまにありがとう。凄い」

「おやっさんと松村さんが忖度そんたく無しに鍛えてくれはったお陰や」

「祐ちゃん頑張ったやん」

「できるだけのことはな」

「でもそしたら、ほんまに「テリア」再開の目処めどが立ちそうな気がして来た。あんな、再開して常連さんが戻って来てくれはるかどうかは分からへんねんけど、昨日来てくれはった榊原さんとか、また来てくれはる様になったら嬉しいわぁ」

「そうやな」

 また「テリア」がお客さまでいっぱいになれば良い。そうすればきっと両親も喜んでくれる。守梨がお手伝いをしていた時、店内はお客さまの笑顔で溢れていた。自分の采配さいはいでまたあの光景を見ることができるなら。

 守梨は訪れて欲しいその時を想像し、目尻を下げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら

藤田菜
キャラ文芸
愛する息子のテオが連れてきた婚約者は、私の苛立つことばかりする。あの娘の何から何まで気に入らない。けれど夫もテオもあの娘に騙されて、まるで私が悪者扱い──何もかも全て、あの娘が悪いのに。

処理中です...