繋がりのドミグラスソース

山いい奈

文字の大きさ
39 / 55
4章 再開に向かって

第1話 何でもしてやる覚悟で

しおりを挟む
 おやっさんから「テリア」のドアの採光ガラスが悪意を持って割られたこと、守梨まもりから柄の悪い梨本なしもとという男に恫喝どうかつされたことを聞いて、祐樹ゆうきは本当に肝が冷えた。

 こんな時に何してくれてんねん。これが正直な気持ちだった。

 守梨の両親が急逝きゅうせいして約4ヶ月。肉親を喪った傷が癒えるには足りないだろう。それでもおやっさんたちが幽霊になって「テリア」に帰って来て、その気配を感じることができる様になった守梨は、また笑顔を浮かべることができる様になっていた。

 「テリア」を再開させるという目標もでき、それに向かって頑張っているところだと言うのに。全く余計なことをしてくれる。心底忌々しい。

 だから警察官の榊原さかきばらさん夫妻がいる時に、梨本が「テリア」に来たことはラッキーだった。巧くすればこの件だけでも落とし前を着けられる。

 いざ梨本が逮捕されると、ガラスの件まで解決した。その可能性を祐樹は感じていたのだが、違った時の守梨の落胆を思うと、下手なことが言えなかったのである。

 守梨のためなら、怪我をするぐらい何でも無い。それより少しでも早く、守梨から心配ごとを拭い去りたかった。

 榊原さんからはこのやり方に苦言を呈され、祐樹も謝りはしたが、これからこんなことがあったとして、それでも祐樹は守梨を第一にして動くだろう。

 特に「テリア」が再開する運びになった時、矢面やおもてに立たなければならないのは経営者である守梨だろうが、荒事ならやはり自分が前に立って、守梨を守らなければと思うのだ。



 おやっさんに教えてもらいながら、何とか料理もここまで漕ぎ着けた。確かに榊原さん夫妻に出したティアンもシードル煮込みも、リクエストがあったとは言え、逃げから来たものである。それでも及第点をもらえたと思って良いのでは無いだろうか。

 守梨は祐樹を完璧主義だと言ったが、それは違う。ダメ出しをされる可能性を潰しているだけである。

 祐樹は自分が打たれ強いと思っていないし、できることなら守梨の前で恥はかきたく無い。何とも情けない理由もあるのだ。

 だがこれから一緒に「テリア」をやって行くのだから、そんなことは言っていられないだろう。守梨に良いところを見せたいなんて、まるで中学2年生の様な幼稚な心は捨て去るべきなのだ。

 もっと自分に自信が欲しい。そのためにも研鑽けんさんを積むべきなのである。胸を張って、守梨の横に立てる様に。

 おやっさんとお袋さんに、「テリア」の料理人になっても良い許しをもらえたのは、その第一歩である。おやっさんに認めてもらえることは、祐樹の大きな励みになった。



 平日のある日、守梨の帰りが遅くなった時、おやっさんとお袋さんに聞いてみた。

「俺、まだまだおやっさんの腕には及ばんと思うんです。それやのになんで許してくれたんですか?」

 するとおやっさんは少し照れ臭そうに目を伏せ、お袋さんはにっこりと微笑む。

『だって祐ちゃん、めっちゃ努力してくれてるやん。私なぁ、お父さんを見てても思ってたんやけど、努力に勝る才能は無いんよ』

「けど、やっぱり才能とかって要るんちゃうやろかって」

『少しはな。そりゃあ守梨ぐらい料理からっきしやったら難しいやろうけど、同じ土台やったら、努力した方が才能は膨らむ。例え片方がええ土台であっても、あぐらをかこうもんなら、努力してるもんに追い抜かれる』

 それは確かにその通りだろう。だが。

「ほな、才能があって、努力もしてる人は?」

 祐樹の問いに、お袋さんはにぃと笑う。

『そんな人は、そもそも最初から同じ土俵におらん』

 祐樹はその答えに呆気に取られる。なら、そもそも勝負にならないでは無いか。祐樹が愕然がくぜんとすると、表情で分かったのか、お袋さんが「まぁまぁ」と取りなす様に言う。

 すると、それまで黙っていたおやっさんが、ぽつりと言った。

『結局は、自分に勝たなあかんのや』

 自分に、勝つ。それは勝負の世界で良く聞くせりふではある。だがおやっさんが言うからこそ、じわりと祐樹の心に染み入る。

 誰かと競うのでは無い。自分が納得できなければ、それが負けなのだ。いや、そもそもこれは勝負なのだろうか。

『私も、凡人やからな』

 またおやっさんが呟く様に言うせりふに、祐樹は大きく首を振った。祐樹から見たおやっさんは才能溢れる料理人なのだから。

『そうやで、祐ちゃん。お父さんと祐ちゃんの違いは、経験。それだけや。せやから何も考えずに、ひたすた手ぇ動かすんや。それが祐ちゃんの力になるんやから』

 そんなわけが無い。お袋さん風に言うなら、祐樹とおやっさんは立っている土俵が違う。少なくとも祐樹はそう思っている。

 だが、おやっさんとお袋さんの言葉を信じてみたい気持ちも大きかった。おやっさんが認めてくれた自分の腕を、自分も少しは信じるべきなのでは無いだろうか。

「おやっさん、お袋さん、ありがとう」

 祐樹が言うと、ふたりはふわりと微笑んだ。

「ただいま。祐ちゃん、遅くなってごめん」

 守梨が帰って来た。さぁ、続きをしよう。祐樹は守梨に「おかえり」と言うと牛刀包丁を手にし、おやっさんは料理人の顔になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

処理中です...