45 / 55
4章 再開に向かって
第7話 いざ、臨戦態勢
しおりを挟む
守梨にとっては久しぶりのホールウェア、祐ちゃんにとっては初めてのコックコートにそれぞれ身を包む。
守梨はお母さんと体型があまり変わらないので、お手伝いをしていた時にはウェアをシェアしていた。なのでこのままお母さんが使っていたものを使う。
祐ちゃんのコックコートは新品である。祐ちゃんはお父さんより背が高いので、丈が足りなかったのだ。搬入したてのコックコートは、ぱりっと糊が効いている。
ホールウェアは、白い襟付きのシャツに黒のストレートボトム、黒い腰エプロンである。コックコートは白1色だ。高さの低い帽子も白である。
どちらもオーソドックスではあるが、奇を衒う必要は無いし、お客さまに安心感を感じていただく方が優先である。「テリア」はあくまで、お客さまに憩っていただく場なのである。
守梨は着慣れているのだが、祐ちゃんはどこか居心地悪そうだ。
「なかなか慣れへんわ」
「動いているうちに慣れて来るで。そうやってコックコート着てくれてると、ほんまにここで料理人やってくれるんやなって実感する」
守梨がしみじみと笑顔で言うと、祐ちゃんはきょとんとした顔になった。
「ほんまにって、そりゃそうやん。そのためにやって来たんやから」
さも当然と言う様に言う祐ちゃんが頼もしい。守梨は「うん」と目尻を下げた。
今日は日曜日。松村さんたちに祐ちゃんの腕を見てもらう日である。守梨は少し緊張してしまっているのだが、さすが祐ちゃんはそんな風には見えず、堂々としている。先週は迷っていたが、1度腹をくくればぶれないのだろう。本当に凄い精神力だと思う。
皆さんとの約束の時間は17時。今は15時である。これから祐ちゃんは下ごしらえに入り、守梨はフロアの掃除などに取り掛かる。
「よっしゃ、ほなやろか」
「うん」
祐ちゃんが冷蔵庫を開け、鶏がらを取り出したのを見届けて、守梨ははたきを手にフロアに向かった。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
守梨と祐ちゃんが揃って出迎えた最初のお客さまは、榊原さんご夫妻だった。おふたりは「ご馳走になるんやから」と言って、シャンパンを持って来てくれた。
フランスシャンパーニュ地方産の人気の銘柄、ベルエポックである。美しき良き時代という意味が込められているそうだ。それはこれまでのお父さんとお母さんの「テリア」の様で、これからそれを継いで行く守梨たちにも当てはまる、そう信じたい。
ベルエポックは花柄のボトルの美しさに定評があるが、味も一級である。やや酸味があり、りんごなど果物の爽やかさを感じさせる香り。フルーティで甘い味わいなのだが、最後に酸味が引き締めてくれるのだ。
ワインが飲めなくなってしまった守梨だが、シャンパンは大丈夫なのである。ベルエポックはさすがに守梨にとっては高価なシャンパンなので、なかなか口に届くことは無いのだが。
「ほんまにありがとうございます。あの、これ、食前酒として皆さまに振る舞ってもええでですか?」
守梨たちも食前酒に、ネクターアンペリアルを使ったミモザを用意しようと思っていたのだが、こんな良いシャンパンがあるのなら、ぜひこちらを飲んで欲しい。お持たせになってしまうのだが。
「もちろんです。でもお嬢さんらも飲んでくださいね。気が早いですけど、お祝いの気持ちも兼ねてますんで」
「はい。いただきます」
「ありがとうございます」
守梨と祐ちゃんは揃って頭を下げた。
そして松村さんは貴腐ワイン、フランス産ソーテルヌのシャトー・ギローを2本も持って来てくれた。こちらも1本を食後にお出しすることを快諾してもらう。
貴腐ワインと言えばソーテルヌ、そう言われるぐらい、ソーテルヌ地方は有名な銘醸地なのである。
そしてこのシャトー・ギローはソーテルヌ格付け1級の実力派だ。蜂蜜の様な濃厚さと果実の様な爽やかなふくよかさを併せ持っている。
祐ちゃんの両親は、この季節に嬉しい冷菓の詰め合わせを持って来てくれた。普段は常温保存ができて、食べる前に冷蔵庫に入れたら良いものである。
「平日ここで晩ごはん食べてるやろ。そのあとにでも食べて」
「ありがとう、おじちゃん、おばちゃん」
モンシェールの堂島フルーツゼリーで、いちばん大きな箱だ。たっぷりのフルーツを甘さ控えめのゼリーで包むことで、フルーツが持つ瑞々しさと甘さを引き立てるのだ。
モンシェールは堂島ロールで有名になったのだが、他にもバラのフィナンシェや堂島カステラなど、様々な甘味が美味しいのである。
おばちゃんが、楽しそうな表情でこっそり耳打ちして来る。
「祐樹、結構似合てるやん。孫にも衣装やな」
守梨はくすぐったい気持ちになって「ふふ」と笑みを零す。おじちゃんも「せやなぁ」と感慨深げに頷く。
「なんや、立派に見えるわ。今日はほんまに楽しみや」
その祐ちゃんは松村さんと話をしている。ふたりとも真剣な表情なので、何かアドバイスなどをもらっているのかも知れない。
そして、ふたりと一緒に入って来た長髪の男性。おじちゃんたちとあまり歳が変わらない様に見える。お友だちなのだろうか。特に紹介されないし、祐ちゃんからも聞いていないが、原口家ゆかりの人だったら問題無いだろう。
ふと目が合うと、男性はにっこりと笑みを寄越してくれる。守梨も薄く口角を上げてぺこりと頭を下げた。
「おじちゃん、おばちゃん、今日は来てくれてありがとう。ゆっくりしてな」
そして守梨は祐ちゃんに声を掛け、それぞれ皆さんにテーブルに着いてくれる様に促す。奥から右に榊原さんご夫妻、左の厨房に近いところに松村さんご夫妻、そして手前の左に祐ちゃんの両親と男性。
守梨と祐ちゃんは並んで、皆さんに向かって深くお辞儀をした。
「みなさん、今日は来てくださって、ほんまにありがとうございます。心を込めて、お料理を提供させてもらいます。どうぞよろしくお願いします」
守梨が言うと、どこからともなく拍手が起こる。それに込められているのは、きっと期待と励ましだ。守梨と、そしてきっと祐ちゃんも、それをしっかりと受け止めた。
守梨はお母さんと体型があまり変わらないので、お手伝いをしていた時にはウェアをシェアしていた。なのでこのままお母さんが使っていたものを使う。
祐ちゃんのコックコートは新品である。祐ちゃんはお父さんより背が高いので、丈が足りなかったのだ。搬入したてのコックコートは、ぱりっと糊が効いている。
ホールウェアは、白い襟付きのシャツに黒のストレートボトム、黒い腰エプロンである。コックコートは白1色だ。高さの低い帽子も白である。
どちらもオーソドックスではあるが、奇を衒う必要は無いし、お客さまに安心感を感じていただく方が優先である。「テリア」はあくまで、お客さまに憩っていただく場なのである。
守梨は着慣れているのだが、祐ちゃんはどこか居心地悪そうだ。
「なかなか慣れへんわ」
「動いているうちに慣れて来るで。そうやってコックコート着てくれてると、ほんまにここで料理人やってくれるんやなって実感する」
守梨がしみじみと笑顔で言うと、祐ちゃんはきょとんとした顔になった。
「ほんまにって、そりゃそうやん。そのためにやって来たんやから」
さも当然と言う様に言う祐ちゃんが頼もしい。守梨は「うん」と目尻を下げた。
今日は日曜日。松村さんたちに祐ちゃんの腕を見てもらう日である。守梨は少し緊張してしまっているのだが、さすが祐ちゃんはそんな風には見えず、堂々としている。先週は迷っていたが、1度腹をくくればぶれないのだろう。本当に凄い精神力だと思う。
皆さんとの約束の時間は17時。今は15時である。これから祐ちゃんは下ごしらえに入り、守梨はフロアの掃除などに取り掛かる。
「よっしゃ、ほなやろか」
「うん」
祐ちゃんが冷蔵庫を開け、鶏がらを取り出したのを見届けて、守梨ははたきを手にフロアに向かった。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
守梨と祐ちゃんが揃って出迎えた最初のお客さまは、榊原さんご夫妻だった。おふたりは「ご馳走になるんやから」と言って、シャンパンを持って来てくれた。
フランスシャンパーニュ地方産の人気の銘柄、ベルエポックである。美しき良き時代という意味が込められているそうだ。それはこれまでのお父さんとお母さんの「テリア」の様で、これからそれを継いで行く守梨たちにも当てはまる、そう信じたい。
ベルエポックは花柄のボトルの美しさに定評があるが、味も一級である。やや酸味があり、りんごなど果物の爽やかさを感じさせる香り。フルーティで甘い味わいなのだが、最後に酸味が引き締めてくれるのだ。
ワインが飲めなくなってしまった守梨だが、シャンパンは大丈夫なのである。ベルエポックはさすがに守梨にとっては高価なシャンパンなので、なかなか口に届くことは無いのだが。
「ほんまにありがとうございます。あの、これ、食前酒として皆さまに振る舞ってもええでですか?」
守梨たちも食前酒に、ネクターアンペリアルを使ったミモザを用意しようと思っていたのだが、こんな良いシャンパンがあるのなら、ぜひこちらを飲んで欲しい。お持たせになってしまうのだが。
「もちろんです。でもお嬢さんらも飲んでくださいね。気が早いですけど、お祝いの気持ちも兼ねてますんで」
「はい。いただきます」
「ありがとうございます」
守梨と祐ちゃんは揃って頭を下げた。
そして松村さんは貴腐ワイン、フランス産ソーテルヌのシャトー・ギローを2本も持って来てくれた。こちらも1本を食後にお出しすることを快諾してもらう。
貴腐ワインと言えばソーテルヌ、そう言われるぐらい、ソーテルヌ地方は有名な銘醸地なのである。
そしてこのシャトー・ギローはソーテルヌ格付け1級の実力派だ。蜂蜜の様な濃厚さと果実の様な爽やかなふくよかさを併せ持っている。
祐ちゃんの両親は、この季節に嬉しい冷菓の詰め合わせを持って来てくれた。普段は常温保存ができて、食べる前に冷蔵庫に入れたら良いものである。
「平日ここで晩ごはん食べてるやろ。そのあとにでも食べて」
「ありがとう、おじちゃん、おばちゃん」
モンシェールの堂島フルーツゼリーで、いちばん大きな箱だ。たっぷりのフルーツを甘さ控えめのゼリーで包むことで、フルーツが持つ瑞々しさと甘さを引き立てるのだ。
モンシェールは堂島ロールで有名になったのだが、他にもバラのフィナンシェや堂島カステラなど、様々な甘味が美味しいのである。
おばちゃんが、楽しそうな表情でこっそり耳打ちして来る。
「祐樹、結構似合てるやん。孫にも衣装やな」
守梨はくすぐったい気持ちになって「ふふ」と笑みを零す。おじちゃんも「せやなぁ」と感慨深げに頷く。
「なんや、立派に見えるわ。今日はほんまに楽しみや」
その祐ちゃんは松村さんと話をしている。ふたりとも真剣な表情なので、何かアドバイスなどをもらっているのかも知れない。
そして、ふたりと一緒に入って来た長髪の男性。おじちゃんたちとあまり歳が変わらない様に見える。お友だちなのだろうか。特に紹介されないし、祐ちゃんからも聞いていないが、原口家ゆかりの人だったら問題無いだろう。
ふと目が合うと、男性はにっこりと笑みを寄越してくれる。守梨も薄く口角を上げてぺこりと頭を下げた。
「おじちゃん、おばちゃん、今日は来てくれてありがとう。ゆっくりしてな」
そして守梨は祐ちゃんに声を掛け、それぞれ皆さんにテーブルに着いてくれる様に促す。奥から右に榊原さんご夫妻、左の厨房に近いところに松村さんご夫妻、そして手前の左に祐ちゃんの両親と男性。
守梨と祐ちゃんは並んで、皆さんに向かって深くお辞儀をした。
「みなさん、今日は来てくださって、ほんまにありがとうございます。心を込めて、お料理を提供させてもらいます。どうぞよろしくお願いします」
守梨が言うと、どこからともなく拍手が起こる。それに込められているのは、きっと期待と励ましだ。守梨と、そしてきっと祐ちゃんも、それをしっかりと受け止めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる