煮物屋さんの暖かくて優しい食卓

山いい奈

文字の大きさ
38 / 122
13章 すてきなパパとママ

第1話 ママ候補、マッチング希望

しおりを挟む
 土曜日の19時ごろ訪れた浦島うらしまさんは、淡いベージュの膝下丈ひざしたたけ清楚せいそなワンピース姿だった。すらりと伸びた素足を包んでいるのは品の良いブラウンのハイヒール。差し色に小振りなネイビーのバッグを肩から下げていた。

「こんばんはぁ」

 浦島さんは疲れた声で言うと空いている椅子に掛け、バッグをカウンタ下の棚に放り込んだ。

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ~。今日もだったんですか?」

「そうなんですよ~。さすがに慣れては来ましたけど、気は使いますよね~」

 浦島さんは苦笑すると、上半身を支える様に両腕をカウンタ上で交差させた。

「ここに来るとほっとします。ウイスキーのジンジャー割りください」

「かしこまりました」

 佳鳴かなるはタンブラーに氷を詰め、ウイスキーを入れてジンジャーエールを注いでマドラーでステアし、浦島さんにお出しした。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

 浦島さんはさっそくウイスキーのジンジャーエール割りをぐいとあおり「はぁ~!」と盛大な溜め息を吐いた。

「疲れが抜けて行く気がする~! 今日も頑張った!」

「お疲れさまでした。お料理もう少々お待ちくださいね」

 今日のメインはかれいの煮付けである。もめん豆腐も一緒に煮込んで、彩りに空豆を散らした。

 小鉢ひとつめは春菊のみぞれ和えだ。さっと茹でた春菊を、軽く酢を合わせた大根おろしで和え、削り節をふんわりと盛った。

 もうひとつは人参のごまマヨネーズ和え。太めの千切りにしてさっと茹でた人参を、すりごまとマヨネーズを混ぜたもので和えてある。

 佳鳴と千隼ちはやは料理を手早く整えて、浦島さんの前に静かに置いて行く。

「はい、お料理お待たせしました」

「ありがとうございます。いただきま~す」

 浦島さんはまずみそれ和えを口にし、「んん」と口元を綻ばせた。

「少しお酢が入ってますか? さっぱりしていて身体に優しいですね~」

「はい、少し入れてますよ。元々大根おろしがさっぱりしてますから、それを手助けする程度ですね。締めると言いますか」

「へぇ~。かつお節でお出汁も感じるから味わいも良いんですね。美味しいですね~」

「ありがとうございます」

 浦島さんはにこにこと嬉しそうにみぞれ和えを口に運んで行く。そしてまたウイスキーのジンジャーエール割りを飲んだ。

「今日はですね、凄っごい神経質そうな人でした」

「あら、でしたら難しいですかねぇ」

「はい。話してるだけで息が詰まるかと思いました」

 浦島さんはとほほと首を傾げる。

「かなり前のめりな人だったんですよ。もう仕事をどうするとかそういうのが全部その人の中で決まっていて、相手にもそれを求めて当然と思ってる感じでした」

「それは大変でしたね」

「はい。それが草案そうあんで私とすり合わせしようって話ならともかく、あの人はそれがベストだって思ってるみたいだったので、私には無理かなって思いました。あの人では良い父親にはなれないと思います。子どもにも自分の考えを押し付けそうですから」

「そうですね。子どもは親の好きにして良いものじゃ無いですからね」

「ですよね~。あ~こんなに何度もお見合いしてるのに、なかなか良い出会いがありませんよ~」

 浦島さんはそう言ってうなだれた。なかなか難しい様だ。

 浦島さんは結婚願望が強く、こうしてしょっちゅう見合いをしているのである。今も見合いの帰りなのだ。

 正確には、浦島さんは大変な子ども好きで、自分の子どもが欲しいのだ。そのために良い父親になれそうな男性との結婚を望んでいるのだ。

 子ども好きが高じて、浦島さんの職業は保育士である。

「最近マッチングアプリとかありますよね~。あれってどうなんでしょう」

「今はマッチングアプリで出会ってご結婚される方も多いみたいですね」

「僕の友だちも登録してますよ。結婚はまだ考えられないけど彼女が欲しいって言って」

「それで出会いはあったんですか?」

「あったみたいですよ。ああいうのは趣味とか好きなものとかをあらかじめ登録してますからね、合う人がいれば話が早いみたいです」

「そうなんですか。う~ん、ちゃんとした人じゃ無かったら怖いと思ってるんですけど、じゃあそのお友だちは大丈夫だったんですね」

「だと思いますよ。友だちの場合は結婚目的じゃ無かったですから余計に。マッチングアプリって女性は無料のところが多いみたいですけど男性は有料なので、真剣な人が多いみたいですね。運営もきっちりしていて、登録する時には身元の証明書が必要だったり、おかしな人は強制退会になったりするらしいですよ」

 浦島さんは「へぇ~」と感心した様な声をもらす。

「それなら確かに安心かも。私それが怖くて親戚にセッティングをお願いしてるんですよ~。そういうお世話をしてくれるおばさんがいて。それだったらまずは身元だけはしっかりしてるでしょ。私って保守的なのかな」

 浦島さんは渋い顔をして首をひねる。

「自分を守るという意味では正しいと思いますよ。でもそういう警戒感が無くなったら登録してみても良いかもしれませんね。趣味とかはともかくとして、人となりなんかや相性は会ってみないとと言うのはお見合いもアプリも同じでしょうし」

「そうですね。ちょっと評判とか調べてみます。良いところも悪いところも見てみないと。第一条件は子どもですけど、私との相性も大事ですよね。今日もそれが難しそうだったからお断りになっちゃったんですし」

「そうですね。一緒に生活するんですから大事ですよ。私の友だちにもそれが合わなくて結婚が延期、あれ延期って言っても良いのかな、になった子がいますよ」

 内山聡美うちやまさとみのことである。(8章)

「そうなんですね。じゃあやっぱり慎重に行かないと」

「焦りは禁物だと思いますよ。妥協もできるものとできないものがあるでしょうから」

「そうですね。がんばります!」

 浦島さんは気合いを入れる様に拳を握った。



 翌週訪れた浦島さんは「マッチングアプリに登録してみました~」とやや興奮した面持ちで言った。

「そうなんですね。じゃあこれからが楽しみですね」

「緊張します~。良い出会いがあって欲しいです~」

 浦島さんはそう言って、いつもの様にウイスキーのジンジャーエール割りを注文した。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

処理中です...