7 / 14
天切りの首
一
しおりを挟む
小塚原は今日も乾いた草に覆われている。
晒し首を載せた木の台まであと少しといったあたりで、足早に歩いていた夜見彦は誰かとぶつかった。
青白い顔の痩せた若者だった。歳は夜見彦と同じか少し下といったところだ。
「ああ、これは、あいすみません」
ぶつかった拍子に、手にしていた画帖がぱらりとめくれて地面に落ちた。青白い顔の若者は慌てて拾い上げようとしたが、描かれていたものを見てぎょっと立ち竦む。
過去に手掛けた生首の素描だ。夜見彦は何か言われる前に、己の名と生業について説明した。
「……なるほど、絵師の方でしたか。コツには仕事で来なすったんですね。では、これから絵を描きに?」
コツとは小塚原の通り名である。若者は、晒し首の載った台のある方を指さしながら聞いてきた。
夜見彦は無言で頷いた。すると、顔色の冴えない若者は両の眉尻を下げ、腰を低くして言った。
「おれは下谷で錺職をやっている銀助です。あの、実は……」
一通り話を終えると、銀助は錺職……女物の簪を生み出している肉刺だらけの手を懐に差し込んだ。
秋が進み、冬を目指す小塚原には、かぁかぁと烏の鳴き声が響いていた。
『なぜ儂が晒し首になったかって?
はんっ、説明するまでもねぇ。それだけのことを、しでかしたからよ』
夜見彦と意思の疎通ができると分かると、台の上の生首は清々しいほど堂々と言い放った。
息の根が止まった途端、人の身体は腐り始める。よって晒し首はみんなひどい状態なのだが、今目の前にあるそれは、とりわけ凄まじい。
まず、あちこちが焼け焦げ、半分骨が見えていた。左目は熱で溶けてしまったのか見当たらず、真っ黒な眼窩があるのみだ。
辛うじて残った右目は、焼け爛れた瞼に半分覆われていた。焦げ臭さと腐臭が入りまじった匂いが、凄惨さをより引き立てる。火炙りになったあと、さらに首を刎ねられて晒されたのだ。
二つもの刑を受けた骸は、佐門次と名乗った。享年は五十五らしい。
『天切り佐門次といやぁ、一昔前、多くのお店を荒らし回った根っからの極悪人よ。
若ぇころは天切り一本だったが、次第に巾着切りまでこなすようになった。
儂はみなしごで字も読めなかったんでのぅ。こうやって生きてくしかなかったのよ』
天切りとは盗みの手段の一つ。屋敷や蔵の屋根に上がり、そこを切って侵入口を作るやり方だ。巾着切りは掏摸を指す。
悪びれる様子もなく己の所業を並べ立てたあと、焦げた生首は少し間を置いてから静かに言った。
『何度かお縄になったが、せいぜい入れ墨やら所払い半年やらで済んだ。盗んだ額はせいぜい、儂一人が少しの間食い繋げる程度だったからのぅ。
しかしまぁ、さすがに今回は度が過ぎたわい。他所さまの蔵に侵入って二十両も盗んだ挙句、付け火までしちまったんだ。
御上が出したお定め書きとやらで、付け火すりゃ火炙り、十両以上の盗みは打ち首って決まってんだろ。
なら、こんな姿になっても仕方ねぇさ。ははっ』
自嘲めいた物言いをする佐門次に、夜見彦は声を発することなく尋ねた。
『――ん? 錺職の銀助だぁ?
知らねぇわけじゃねぇが、たいした仲じゃねぇぜ。そいつがどうした。
あぁ? 銀助がどんな奴だったか知りてぇ? 何だってまた、そんなこと俺に聞くんだよ。だから、たいした仲じゃねぇっつってんだろ。
盗みと付け火で晒し首になっちまうような儂と、くそ真面目な錺職のあいつに、深ぇ関わりがあるはずねぇさ。
あんな馬鹿なお人好しのことなんて、儂は……。
あ? 知ってることでいいから聞かせろって? まぁ、それなら話すか。暇だしな。
でも重ねて言っとくが、銀助と儂はたいして関わってねぇぜ。特に、ここ最近はろくに口もきいてなかった。
儂はあいつに縁を切られちまったのさ。儂自身の行いのせいで、な……』
罪人の首を刎ねるのは伝馬町の牢屋敷だが、火炙りにするのはここ……小塚原である。あたりにはまだ、昨日人が燃やされた名残りが濃く漂っていた。
死の匂いに満ち溢れたこの場所で、盗みと付け火、両の咎を受けた『極悪人』の骸は静かに一人語りを始めた。
焼け爛れた瞼に半分覆われた右目を、虚空に向けて。
晒し首を載せた木の台まであと少しといったあたりで、足早に歩いていた夜見彦は誰かとぶつかった。
青白い顔の痩せた若者だった。歳は夜見彦と同じか少し下といったところだ。
「ああ、これは、あいすみません」
ぶつかった拍子に、手にしていた画帖がぱらりとめくれて地面に落ちた。青白い顔の若者は慌てて拾い上げようとしたが、描かれていたものを見てぎょっと立ち竦む。
過去に手掛けた生首の素描だ。夜見彦は何か言われる前に、己の名と生業について説明した。
「……なるほど、絵師の方でしたか。コツには仕事で来なすったんですね。では、これから絵を描きに?」
コツとは小塚原の通り名である。若者は、晒し首の載った台のある方を指さしながら聞いてきた。
夜見彦は無言で頷いた。すると、顔色の冴えない若者は両の眉尻を下げ、腰を低くして言った。
「おれは下谷で錺職をやっている銀助です。あの、実は……」
一通り話を終えると、銀助は錺職……女物の簪を生み出している肉刺だらけの手を懐に差し込んだ。
秋が進み、冬を目指す小塚原には、かぁかぁと烏の鳴き声が響いていた。
『なぜ儂が晒し首になったかって?
はんっ、説明するまでもねぇ。それだけのことを、しでかしたからよ』
夜見彦と意思の疎通ができると分かると、台の上の生首は清々しいほど堂々と言い放った。
息の根が止まった途端、人の身体は腐り始める。よって晒し首はみんなひどい状態なのだが、今目の前にあるそれは、とりわけ凄まじい。
まず、あちこちが焼け焦げ、半分骨が見えていた。左目は熱で溶けてしまったのか見当たらず、真っ黒な眼窩があるのみだ。
辛うじて残った右目は、焼け爛れた瞼に半分覆われていた。焦げ臭さと腐臭が入りまじった匂いが、凄惨さをより引き立てる。火炙りになったあと、さらに首を刎ねられて晒されたのだ。
二つもの刑を受けた骸は、佐門次と名乗った。享年は五十五らしい。
『天切り佐門次といやぁ、一昔前、多くのお店を荒らし回った根っからの極悪人よ。
若ぇころは天切り一本だったが、次第に巾着切りまでこなすようになった。
儂はみなしごで字も読めなかったんでのぅ。こうやって生きてくしかなかったのよ』
天切りとは盗みの手段の一つ。屋敷や蔵の屋根に上がり、そこを切って侵入口を作るやり方だ。巾着切りは掏摸を指す。
悪びれる様子もなく己の所業を並べ立てたあと、焦げた生首は少し間を置いてから静かに言った。
『何度かお縄になったが、せいぜい入れ墨やら所払い半年やらで済んだ。盗んだ額はせいぜい、儂一人が少しの間食い繋げる程度だったからのぅ。
しかしまぁ、さすがに今回は度が過ぎたわい。他所さまの蔵に侵入って二十両も盗んだ挙句、付け火までしちまったんだ。
御上が出したお定め書きとやらで、付け火すりゃ火炙り、十両以上の盗みは打ち首って決まってんだろ。
なら、こんな姿になっても仕方ねぇさ。ははっ』
自嘲めいた物言いをする佐門次に、夜見彦は声を発することなく尋ねた。
『――ん? 錺職の銀助だぁ?
知らねぇわけじゃねぇが、たいした仲じゃねぇぜ。そいつがどうした。
あぁ? 銀助がどんな奴だったか知りてぇ? 何だってまた、そんなこと俺に聞くんだよ。だから、たいした仲じゃねぇっつってんだろ。
盗みと付け火で晒し首になっちまうような儂と、くそ真面目な錺職のあいつに、深ぇ関わりがあるはずねぇさ。
あんな馬鹿なお人好しのことなんて、儂は……。
あ? 知ってることでいいから聞かせろって? まぁ、それなら話すか。暇だしな。
でも重ねて言っとくが、銀助と儂はたいして関わってねぇぜ。特に、ここ最近はろくに口もきいてなかった。
儂はあいつに縁を切られちまったのさ。儂自身の行いのせいで、な……』
罪人の首を刎ねるのは伝馬町の牢屋敷だが、火炙りにするのはここ……小塚原である。あたりにはまだ、昨日人が燃やされた名残りが濃く漂っていた。
死の匂いに満ち溢れたこの場所で、盗みと付け火、両の咎を受けた『極悪人』の骸は静かに一人語りを始めた。
焼け爛れた瞼に半分覆われた右目を、虚空に向けて。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる