生首絵師 骸語り

相沢泉見

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天切りの首

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 小塚原は今日も乾いた草に覆われている。
 晒し首を載せた木の台まであと少しといったあたりで、足早に歩いていた夜見彦は誰かとぶつかった。
 青白い顔の痩せた若者だった。歳は夜見彦と同じか少し下といったところだ。
「ああ、これは、あいすみません」
 ぶつかった拍子に、手にしていた画帖がぱらりとめくれて地面に落ちた。青白い顔の若者は慌てて拾い上げようとしたが、描かれていたものを見てぎょっと立ち竦む。
 過去に手掛けた生首の素描だ。夜見彦は何か言われる前に、己の名と生業について説明した。
「……なるほど、絵師の方でしたか。コツには仕事で来なすったんですね。では、これから絵を描きに?」
 コツとは小塚原の通り名である。若者は、晒し首の載った台のある方を指さしながら聞いてきた。
 夜見彦は無言で頷いた。すると、顔色の冴えない若者は両の眉尻を下げ、腰を低くして言った。
「おれは下谷で錺職かざりしょくをやっている銀助ぎんすけです。あの、実は……」
 一通り話を終えると、銀助は錺職……女物の簪を生み出している肉刺まめだらけの手を懐に差し込んだ。
 秋が進み、冬を目指す小塚原には、かぁかぁと烏の鳴き声が響いていた。


『なぜわし晒し首こんな姿になったかって?
 はんっ、説明するまでもねぇ。それだけのことを、しでかしたからよ』
 夜見彦と意思の疎通ができると分かると、台の上の生首は清々しいほど堂々と言い放った。
 息の根が止まった途端、人の身体は腐り始める。よって晒し首はみんなひどい状態なのだが、今目の前にあるそれは、とりわけ凄まじい。
 まず、あちこちが焼け焦げ、半分骨が見えていた。左目は熱で溶けてしまったのか見当たらず、真っ黒な眼窩があるのみだ。
 辛うじて残った右目は、焼け爛れた瞼に半分覆われていた。焦げ臭さと腐臭が入りまじった匂いが、凄惨さをより引き立てる。火炙りになったあと、さらに首を刎ねられて晒されたのだ。
 二つもの刑を受けた骸は、佐門次さもんじと名乗った。享年は五十五らしい。
『天切り佐門次といやぁ、一昔前、多くのおたなを荒らし回った根っからの極悪人よ。
 わけぇころは天切りそれ一本だったが、次第に巾着切りまでこなすようになった。
 儂はみなしごで字も読めなかったんでのぅ。こうやって生きてくしかなかったのよ』
 天切りとは盗みの手段の一つ。屋敷や蔵の屋根に上がり、そこを切って侵入口を作るやり方だ。巾着切りは掏摸を指す。
 悪びれる様子もなく己の所業を並べ立てたあと、焦げた生首は少し間を置いてから静かに言った。
『何度かお縄になったが、せいぜい入れ墨やら所払い半年やらで済んだ。盗んだ額はせいぜい、儂一人が少しの間食い繋げる程度だったからのぅ。
 しかしまぁ、さすがに今回は度が過ぎたわい。他所さまの蔵に侵入はいって二十両も盗んだ挙句、付け火までしちまったんだ。
 御上が出したお定め書きとやらで、付け火すりゃ火炙り、十両以上の盗みは打ち首って決まってんだろ。
 なら、こんな姿になっても仕方ねぇさ。ははっ』
 自嘲めいた物言いをする佐門次に、夜見彦は声を発することなく尋ねた。
『――ん? 錺職の銀助だぁ?
 知らねぇわけじゃねぇが、たいした仲じゃねぇぜ。そいつがどうした。
 あぁ? 銀助がどんな奴だったか知りてぇ? 何だってまた、そんなこと俺に聞くんだよ。だから、たいした仲じゃねぇっつってんだろ。
 盗みと付け火で晒し首になっちまうような儂と、くそ真面目な錺職のあいつに、ふけぇ関わりがあるはずねぇさ。
 あんな馬鹿なお人好しのことなんて、儂は……。
 あ? 知ってることでいいから聞かせろって? まぁ、それなら話すか。暇だしな。
 でも重ねて言っとくが、銀助と儂はたいして関わってねぇぜ。特に、ここ最近はろくに口もきいてなかった。
 儂はあいつに縁を切られちまったのさ。儂自身の行いのせいで、な……』

 罪人の首を刎ねるのは伝馬町の牢屋敷だが、火炙りにするのはここ……小塚原である。あたりにはまだ、昨日人が燃やされた名残りが濃く漂っていた。
 死の匂いに満ち溢れたこの場所で、盗みと付け火、両の咎を受けた『極悪人』の骸は静かに一人語りを始めた。
 焼け爛れた瞼に半分覆われた右目を、虚空に向けて。
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