青々たる衿にしたたる恋心

中原涼

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「……オイ、呼ばれてるぞ」
 客足の戻った閉店間際の店内で、最後の湯を沸かしていると、ザオフォが何気なく呟いた。
「呼ばれてる?」
 しゃがみ込んで、彼のいる鍋底下の火を覗き込むと、彼は「おう」と頷きながら、その身体がをゆらゆらと揺らめかせて、ほら、と聞き耳を立てるみたいに、目を閉じる。
「誰に?」
「俺より強いやつだな。裏口に居る」
「偉龍?」
「違う」
 行けばきっと分かるだろ、そんな投げやりな言葉を放って、ザオフォは早く行け、と言う。
 敵国の撤退と、新たな和平が結ばれて数日。
 すぐに会いに来てくれると思っていた偉龍は、全く姿を見せない。嫌な予感が頭を過ったが、彼の死の知らせは出てきていないから、もしかしたら収束直後で忙しいのかもしれないと、思うことにした。
 深い怪我をしたかもしれないと、一瞬ひやりとするような妄想が過るけれど、俺は何度も頭を振って、それを追い払い、仕事に徹した。手を動かし、料理を作り、常連客と他愛のない日常の話を交わし、極力彼の事を頭から追いやった。
 考えれば考えるほど、会えない日々に、切なさが募ってしまい、不安が過るからだ。
 会いに来てくれたら、俺はただ彼を笑顔で迎え入れ、きつく抱き締め、彼に好きだと伝えるだけだ。余計なことは考えない。
「天宇」
 声を掛けられて顔を上げると、父さんがいた。
「行ってきなさい」
 ザオフォの話を聞いていたのか、そう促され、まだ数名残っている客を見渡す。
「大丈夫、いつも通りの酔っ払いだけだ」
 そう笑って背中を押されると、俺は「ありがとう」と言って、前掛けを取ると、裏口への扉を開いた。
 静かな部屋の奥の、裏口へと通じる扉を見つめる。ゆっくりと近づき、そこを開くと、ぐう、と地を揺らすような低い唸りが聞こえ、目の前が翳った。
 顔を上げれば、白銀の美しい毛並みの獣がいた。彼は身を屈め、俺を真正面から見つめると、
「人間を乗せるのは不本意だ」
 と、突然愚痴を零した。
 一体何の事だろうと、声も出せずに見つめていると、
「偉龍に頼まれた。お前を連れて来いと」
 今一番相手の名前が聞こえ、俺の身体がびくりと震える。俺が一番求めている一人の男の名前で、身体の奥が熱くなる。
「彼は無事なのか?」
 思わず前のめりになってしまうと、
「当たり前だろ。俺がいるんだから」
 呆れたような口調で言われ、白虎は身を屈めたまま、
「乗れ、連れて来いって頼まれている」
 そう苦々しく吐き捨てた。
「偉龍は怪我とかしてない?」
「していない。ただ、色々と忙しく動き回っているぞ。人間とは本当に不便だな、戦のあとは書類がどうのって……」
 呆れるような口調でそう呟く白虎に、再度「乗れ」と促され、その柔らかい背に身体を預ける。
 聖獣の背中に乗ってしまって良いのだろうか。
「罰当たりじゃないですか……?」
「罰当たりに決まってるだろう。全く信じられん、この俺を……」
「……降りましょうか?」
「うるさい、振り落とされるなよ」
 踏ん切りをつけるように、そう吐き捨てると、白虎を力強く地を蹴り上げた。俺はその背中にしがみ付き、ただ振り落とされるまいと身体を固くして目を閉じた。
 ――偉龍に会える。

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