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しおりを挟む日本へ行くと決めたカインに、余念はなかった。
語学は勿論、現代の日本での生活様式に、細かな流行りやここ数年で起きた犯罪(しかもその犯罪の発生場所や、統計などまでも細かく計算して表まで作っていた)政治や経済状況など、他にもありとあらゆる膨大な知識を詰め込んでから、
「さあ、行こう」
とジルの手を引いたのは、日本に行くと宣言してから二年後のこととなっていた。
カインを日本の諺で表すならば「石橋を叩いて渡る」だろうか、ジルは教わったばかりの日本語を頭に浮かべて、飛行機のシートに深く身体を沈めた。
「ジル、体調がすぐれなくなったら遠慮などしないで言うんだよ」
隣の席から伸びてきた掌が、ジルの薄く白い頬を温かく覆う。博識な凛とした眼差しが、優し気にジルを捉えると、彼の胸の奥が出会った頃からのときめきと同じ音を立てて転がった。
「大丈夫です、カインが隣に居ますから」
「ああ、そうだよ。俺が隣に居る。何なら膝に来ても良いんだよ」
「それは、恥ずかしいです……」
ジルは列車や飛行機などを使用した、長時間の移動というものが苦手だった。しかも、特に一度乗ってしまえば、余裕で十時間は外の空気を吸えない環境となってしまう飛行機は、一番苦手な乗り物だった。
逃げ場がないというのは、酷くジルを心許ない気持ちにさせるのだ。
「遠慮はいらない。誰も見ないさ」
エンジン音とその振動が小刻みに身体を揺らす中、ジルは心配かけまいと、カインの言葉に対して、努めて柔らかく微笑んで見せた。
――しかし、イギリスから日本へ直行便であっても、約十四時間。その間はこの狭い密室に閉じ込められてしまうと思うと、心細いような気持に、喉元までため息がせり上がってきてきた。
「大丈夫、きっと直ぐだからね。眠ってしまいなさい」
「……はい」
ジルはカインの言うことが一番もっともだと思い、目を閉じた。閉じた瞼の向こう側でカチリと音がして、カインがジルのベルトを締めてくれたのだとすぐに分った。
「ありがとうございます」
ジルは柔らかな光が瞼を覆うのを感じながら、息を手放そうと努力した。
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