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彼を含む”大人”について
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昼食はショッピングモールの中にあったファミレスで済ませた。最初こそ無難なものを頼もうと思っていたものの、写真にそそられ欲に負けてチーズハンバーグを食べ、コウはとり天定食を食べた。メニュー表とは別に置いてあったポップで見てから密かに気になっていたチョコレートパフェまで結局食べてしまい、元々小さな胃はもはや破裂寸前になっていた。
腰回りがゴムのズボンで良かったと心の底から思った。元々着ていたジーパンではパフェを途中で諦めざるを得なかっただろう。
「満足なのか苦しいのか、どっちかにしな」
相当微妙な顔をしていたようで、コウは通路にあるベンチに座っている廉の頬を軽く摘んだ。
「ご……ち、そうさま、です」
「美味しかった?」
コウの問いに、ベンチの背もたれに体を預けたまま小さく頷く。コウが作る料理とはまた少し違う、表現するなら体に悪そうなおいしさだった。
とはいえ、コウが作る特に手の込んでいない素朴なご飯の方が良いと思ったことは特に口に出さないままにしておいた。多少この生活に慣れてきたとはいっても、まだ彼の地雷がどこにあるか完全にはわかっていない。廉の分まで用意される食事は善意だ。変なことを言って無くなってしまっては困る。
しばらくそのまま建物の隙間を通り抜ける風に当たる。そこかしこに置かれている観葉植物が葉を擦らせかさかさと小さな音を立てていた。
「廉、普段の生活で足りないものとか欲しいもの、ある?」
「……え?」
急な提案に思わず固まる。何かあっただろうか、と考えてみたものの、今までそういった不満があったわけではないので特に何も思いつかなかった。
「今のうちに言わないと俺は次の週末まで休みにならないよ」
そう言われても最初から思いつかなかったものが思いつくわけがない。少ない不満だった防寒着も今日たくさんの服と共に厚手の寝間着を購入したことで解消してしまっているのだ。
生活用品に何か不足はあっただろうか。否、コウはどちらかというと神経質で消耗品に関しては予備の予備まで用意しているので、何かが不足すると言うことは絶対にない。
とすれば欲しいものになるのだが。今までも自分の欲求など誰にも見向きされない生活をしてきたのだ。今更欲しいものなどと言われても、少し難しい。
「……アンタに聞いた俺が馬鹿だった。少し歩くよ」
何も言わないまま悩んでいると、痺れを切らせたコウがベンチに預けていた体を起こして歩き出してしまう。置いて行かれないように慌てて立ち上がり後を追いかけると、ショッピングモールの中にある色々な店に寄って見物し始めた。
「……そんなに引っ付かなくても、好きに見て回れば」
どうすればいいか分からずに後ろにぴたりとくっついていると、微妙そうな顔をしたコウに手を振って追い払われてしまう。
どこまで離れて良いものなのか、コウの顔を伺いながら少しずつ歩みを進めていく。しかし全くこちらには興味を示さないようで、棚の向こう側に入ってしまってもコウは自分を呼ばなかった。
無機質な皮細工が並んでいる店はいくら眺めても良さがあまり分からず、一歩出て向かいに並んでいる雑貨を眺める。マグカップや様々なサイズのタオル、腕時計に量り売りの菓子コーナー。何に使うのものなのかすらもよく分からない物がたくさん並んでいるその光景に何故か惹かれて見入ってしまった。
「(……すぐに戻れば良いか)」
人に流されないように避けて向かいの店に向かう。並んでいる小物を触るのは危なそうなので、手には取らずに眺めて回った。
「……!」
店の奥まった角に、ディスプレイなのか椅子に座らされている大きな熊のぬいぐるみが目に入る。しばらく少しだけ距離を取ってそれを眺めていたが、ついに欲求に勝てずに手を握ってしまった。
ふわふわ、もこもこ。表現するならそんな感じの感触が手のひらいっぱいに広がる。柔らかな感触を心行くまで抱きしめたいという欲求が膨れ上がるが、さすがにそんな事をすれば怒られてしまうのではないかと思うとそこまではとても出来なかった。それでも手を離すのは惜しくて、指先でふにふにと熊の手をつついた。
「ふうん、そういうのが良いんだ」
「っ!?」
突然背後から顔を覗かせてきたコウに心臓が跳ね上がる。あまりの驚きに硬直していると、コウは雑に熊の頭を数回叩いた。それに合わせてぬいぐるみは少しへこんでは跳ね上がってを繰り返す。
「いる?」
いる、とは。
「……あ、え」
耳の付け根に付いていた値札を確認し、天井近くの棚に積まれているまだ袋のかかった同じぬいぐるみを見上げる。
「別に、この程度出し惜しむくらいならアンタに五百万も出してないから」
要するにただ眺めていただけのこの熊を必要であれば買ってくれる、という事らしい。しかしこんな大きなぬいぐるみ、廉ですら見なくても高いものだというのは分かる。それにこれは確かに魅力的だが、コウに聞かれた必要なもの、ではない。
「風邪引いた時言ったよね。俺は言われてないことまで察してやれないよ」
大きなため息と共にコウに釘を刺される。
「……、」
自分の意見を、言ってもいいのだろうか。わがままを言っても、怒られないだろうか。叩かれないだろうか。
「どっち?」
「……、しい、です」
酷く、情けない声がでた。
コウは熊のぬいぐるみと同じように雑に廉の頭を数回叩くと、レジにいた店員に声をかけ、包装されている新しい熊を取ってもらってそのまま会計を済ませた。
「今日はこれで終わり」
「……?」
「他の欲しいものは、次まで我慢しな」
袋に詰めてもらったものの手に提げるだけでは底を引きずる熊を小脇に抱えてコウは歩き出す。もしかしすると、だけれど。これは自分の勝手な妄想かもしれないけれど。
普通の子供のように、甘やかすだけでなく面倒をみてくれているのだろうか。
「(でも、どうして)」
コウは廉を金で買った悪い大人だ。その事実だけが、彼に素直に甘えると言うことを酷く拒む。大人なんていつだって廉を囲い、嬲り、いらなくなったら捨ててきたくせに。
どうしてコウは、自分を買ったのだろうか。
腰回りがゴムのズボンで良かったと心の底から思った。元々着ていたジーパンではパフェを途中で諦めざるを得なかっただろう。
「満足なのか苦しいのか、どっちかにしな」
相当微妙な顔をしていたようで、コウは通路にあるベンチに座っている廉の頬を軽く摘んだ。
「ご……ち、そうさま、です」
「美味しかった?」
コウの問いに、ベンチの背もたれに体を預けたまま小さく頷く。コウが作る料理とはまた少し違う、表現するなら体に悪そうなおいしさだった。
とはいえ、コウが作る特に手の込んでいない素朴なご飯の方が良いと思ったことは特に口に出さないままにしておいた。多少この生活に慣れてきたとはいっても、まだ彼の地雷がどこにあるか完全にはわかっていない。廉の分まで用意される食事は善意だ。変なことを言って無くなってしまっては困る。
しばらくそのまま建物の隙間を通り抜ける風に当たる。そこかしこに置かれている観葉植物が葉を擦らせかさかさと小さな音を立てていた。
「廉、普段の生活で足りないものとか欲しいもの、ある?」
「……え?」
急な提案に思わず固まる。何かあっただろうか、と考えてみたものの、今までそういった不満があったわけではないので特に何も思いつかなかった。
「今のうちに言わないと俺は次の週末まで休みにならないよ」
そう言われても最初から思いつかなかったものが思いつくわけがない。少ない不満だった防寒着も今日たくさんの服と共に厚手の寝間着を購入したことで解消してしまっているのだ。
生活用品に何か不足はあっただろうか。否、コウはどちらかというと神経質で消耗品に関しては予備の予備まで用意しているので、何かが不足すると言うことは絶対にない。
とすれば欲しいものになるのだが。今までも自分の欲求など誰にも見向きされない生活をしてきたのだ。今更欲しいものなどと言われても、少し難しい。
「……アンタに聞いた俺が馬鹿だった。少し歩くよ」
何も言わないまま悩んでいると、痺れを切らせたコウがベンチに預けていた体を起こして歩き出してしまう。置いて行かれないように慌てて立ち上がり後を追いかけると、ショッピングモールの中にある色々な店に寄って見物し始めた。
「……そんなに引っ付かなくても、好きに見て回れば」
どうすればいいか分からずに後ろにぴたりとくっついていると、微妙そうな顔をしたコウに手を振って追い払われてしまう。
どこまで離れて良いものなのか、コウの顔を伺いながら少しずつ歩みを進めていく。しかし全くこちらには興味を示さないようで、棚の向こう側に入ってしまってもコウは自分を呼ばなかった。
無機質な皮細工が並んでいる店はいくら眺めても良さがあまり分からず、一歩出て向かいに並んでいる雑貨を眺める。マグカップや様々なサイズのタオル、腕時計に量り売りの菓子コーナー。何に使うのものなのかすらもよく分からない物がたくさん並んでいるその光景に何故か惹かれて見入ってしまった。
「(……すぐに戻れば良いか)」
人に流されないように避けて向かいの店に向かう。並んでいる小物を触るのは危なそうなので、手には取らずに眺めて回った。
「……!」
店の奥まった角に、ディスプレイなのか椅子に座らされている大きな熊のぬいぐるみが目に入る。しばらく少しだけ距離を取ってそれを眺めていたが、ついに欲求に勝てずに手を握ってしまった。
ふわふわ、もこもこ。表現するならそんな感じの感触が手のひらいっぱいに広がる。柔らかな感触を心行くまで抱きしめたいという欲求が膨れ上がるが、さすがにそんな事をすれば怒られてしまうのではないかと思うとそこまではとても出来なかった。それでも手を離すのは惜しくて、指先でふにふにと熊の手をつついた。
「ふうん、そういうのが良いんだ」
「っ!?」
突然背後から顔を覗かせてきたコウに心臓が跳ね上がる。あまりの驚きに硬直していると、コウは雑に熊の頭を数回叩いた。それに合わせてぬいぐるみは少しへこんでは跳ね上がってを繰り返す。
「いる?」
いる、とは。
「……あ、え」
耳の付け根に付いていた値札を確認し、天井近くの棚に積まれているまだ袋のかかった同じぬいぐるみを見上げる。
「別に、この程度出し惜しむくらいならアンタに五百万も出してないから」
要するにただ眺めていただけのこの熊を必要であれば買ってくれる、という事らしい。しかしこんな大きなぬいぐるみ、廉ですら見なくても高いものだというのは分かる。それにこれは確かに魅力的だが、コウに聞かれた必要なもの、ではない。
「風邪引いた時言ったよね。俺は言われてないことまで察してやれないよ」
大きなため息と共にコウに釘を刺される。
「……、」
自分の意見を、言ってもいいのだろうか。わがままを言っても、怒られないだろうか。叩かれないだろうか。
「どっち?」
「……、しい、です」
酷く、情けない声がでた。
コウは熊のぬいぐるみと同じように雑に廉の頭を数回叩くと、レジにいた店員に声をかけ、包装されている新しい熊を取ってもらってそのまま会計を済ませた。
「今日はこれで終わり」
「……?」
「他の欲しいものは、次まで我慢しな」
袋に詰めてもらったものの手に提げるだけでは底を引きずる熊を小脇に抱えてコウは歩き出す。もしかしすると、だけれど。これは自分の勝手な妄想かもしれないけれど。
普通の子供のように、甘やかすだけでなく面倒をみてくれているのだろうか。
「(でも、どうして)」
コウは廉を金で買った悪い大人だ。その事実だけが、彼に素直に甘えると言うことを酷く拒む。大人なんていつだって廉を囲い、嬲り、いらなくなったら捨ててきたくせに。
どうしてコウは、自分を買ったのだろうか。
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