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フロイライン
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一番古い記憶は、父親の友人を名乗る人。
「綺麗な顔してるね。男の子とは思えない」
遊園地のトイレ、だったと思う。そのあたりは少し曖昧だが、まだ歩くこともままならない妹に忙しい両親は友人の彼に自分の面倒を任せて休んでいたような気がする。
服を脱がされ、ひとしきり触られた。これが一体どういう事か分からなかった自分には、抵抗するという考えが浮かばなかった。
「お父さんとお母さんには、内緒だよ」
怖い、というわけではなかったが、どこか変な感覚だった。意識したこともないただ用を足すためだけの場所を他人の手で触られて、そこがひどく敏感であることをそのとき初めて知った。
そこから少しずつ、廉に触れる人は増えていった。両親がいつから知っていたのか、最後まで本当に知らなかったのかは定かではない。けれどいつだって目の前に現れるのは、父親の友人や、会社の人や、近しい関係の大人達だった。
「廉くんはいい子だね」
登下校の最中や、学校が休みの日、彼らはどこから見ているのか、気づけば側で声をかけてきて、近いアパートの一室に手を引かれ連れて行かれた。
「怖い事なんてないよ、みんなで気持ちよくなるだけだからね」
触るだけでは満足できなくなったのか、最初は口に性器を押し込まれた。それは徐々に腋や股に挟むようになり、最後にはずっと指で弄られていた後孔にねじこまれた。
うっすらと、おかしいとは思っていたが、自分には何も言えなかった。口を開いても、何の言葉も出てきてくれなかった。
やめて、という一言すら。
「淫乱廉くん、学校行かずにこんなことばかりして」
一度、学校を休みたいと母親に言ったことがある。上手く喋ることができなくて孤立していた事ももちろんあったが、それ以上に家から出て彼らに捕まることが嫌で嫌でしょうがなかった。けれど、それを正直に相談できるほど自分にとって母親は優しい人間という認識ではなかった。
案の定、雷を落とされた。そんな弱い人間に育てた覚えはない、逃げたら一生後悔する、既に何度も学校を無断で休んでいるのを知っている、妹にはだらしない兄を見て育ってほしくない。
普段から厳格で"普通"であることに厳しい母親の荒れ狂った怒りに、ますます自分の心は萎縮した。
しかし、恐れていた事とは全く別の方向から”それ”はやってきた。
「廉、なあお前、どうして」
闇の中で薄く目を開ける。息ができない、ということに一拍遅れて気が付いた。のしかかってくる体はいつも受け入れている大人達にそっくりで、けれどその声は父親のもので。
「佐伯さんに変なこと言われたんだ。どうせお前のせいだろ? なあ、なんでもっとちゃんと上手くやってくれないんだ」
暗い闇の中で、父親は数日に一度、自分の首を絞めた。ほんの少しだけ通る息で夜を越すことができていたが、いつもの行為とは違う直接的な苦痛に、夜のこの時間だけはことさらに恐怖を覚えていた。
大人には逆らってはいけないのだ。何が間違っていたのかすら分からない中で、ただぼんやりと謝罪の言葉を口にする夜は、最後の日まで続いた。
「妹いるよね、陽菜ちゃんだっけ?」
入れ替わり立ち替わり、大人達に犯された。一日のほとんどをアパートで過ごし、日が暮れてようやく綺麗にされ、ふらつく足で帰路につく。ほとんど毎日、その繰り返し。
「女はほら、妊娠すると面倒だから」
学校に行っていない事を母親は知っているのだろうが、次第に何も言わなくなった。けれど休もうとすると決まって激昂し外へ放り出された。
そんな中、妹だけは自分の異変に気付いてくれた。一緒に学校に行こうと手を差し出してくれたが、巻き込むことが恐ろしくていつも突っぱねていた。
「今日はこれ使ってみようか。もう廉くん何されても気持ちいいもんね」
ゆっくりと、けれど確実に、深い深い闇の底へと堕ちていった。次第に、それすら曖昧になった。
何を考えることも億劫になって、何かを感じることが面倒になって、只ひたすら、毎日毎日同じ事を繰り返して服を剥かれ口を塞がれ押さえつけられ何度も奥に出されて気を失っても叩き起こされてずっと続くこの行為にもうなにもわから、なく、なって、
「……なに、それ……」
再び目を開けたとき、背を丸める父親と、顔を真っ赤にさせた母親と、怯えたように部屋のドアを少し開けてこちらを見つめる妹がいて。自分は、いつも通り綺麗になった格好で転がっていた。母親が手元から滑らせたグラスががしゃりと割れる音が聞こえた。
「学校も行かずにそんな事繰り返すなんて、あり得ない! 汚らわしい、そんなの私の子じゃない! 近づけないで!」
たったひとつグラスが割れた音。それが自分には、家族が壊れる音に聞こえた。
「廉、ごめん、ごめんな」
随分と長い間乗っていた車から下ろされ、父親は自分を抱きしめてひとしきり懺悔した後、一度も振り返ることなく車に乗り込んだ。そうして、すぐにその明かりも見えなくなった。
追いかけたら、嫌がったら、きっともっと全部壊れてしまうのだろう。そう思うと、一言も言葉は出てこなかった。否、自分の口が壊れていたのは最初からか。
これから、どうすればいいのだろうか。このままここにいれば、そのうち死ぬのだろうか。
もう、死んで良いのだろうか。
「なんだこのガキ」
どうやったら、死ねるのだろうか。
「丁度良いか。その格好、どうせ捨てられたんだろ? 俺の財布の足しになってよ」
ああ、そうだ。大人には逆らっては、いけないん、だった。
「廉」
何もはっきりとしない視界に、もうすっかり耳に馴染んだ声が聞こえる。
「落ち着いた?」
声は出ない。そうだ、最初から自分の口は壊れている。何も伝えられない。何も届かない。
「朝ご飯、もうできてるんだけど」
頬を伝う生温い水を大きな手が拭い、ぼやけた視界の先で彼が自分の顔をのぞき込む。表情は、分からない。
嫌な夢を見た気がする。なにかとても嫌だったことのような気がするけど、よく思い出せなかった。
心臓がぎゅうぎゅうと潰れそうな音を立て、体中熱が出たように汗をかいているのに、ひどく冷え切っている。
「廉、れーん。起きてるの?」
「……こ、さ」
大人なのに、どうして彼はあたたかいのだろう。
「綺麗な顔してるね。男の子とは思えない」
遊園地のトイレ、だったと思う。そのあたりは少し曖昧だが、まだ歩くこともままならない妹に忙しい両親は友人の彼に自分の面倒を任せて休んでいたような気がする。
服を脱がされ、ひとしきり触られた。これが一体どういう事か分からなかった自分には、抵抗するという考えが浮かばなかった。
「お父さんとお母さんには、内緒だよ」
怖い、というわけではなかったが、どこか変な感覚だった。意識したこともないただ用を足すためだけの場所を他人の手で触られて、そこがひどく敏感であることをそのとき初めて知った。
そこから少しずつ、廉に触れる人は増えていった。両親がいつから知っていたのか、最後まで本当に知らなかったのかは定かではない。けれどいつだって目の前に現れるのは、父親の友人や、会社の人や、近しい関係の大人達だった。
「廉くんはいい子だね」
登下校の最中や、学校が休みの日、彼らはどこから見ているのか、気づけば側で声をかけてきて、近いアパートの一室に手を引かれ連れて行かれた。
「怖い事なんてないよ、みんなで気持ちよくなるだけだからね」
触るだけでは満足できなくなったのか、最初は口に性器を押し込まれた。それは徐々に腋や股に挟むようになり、最後にはずっと指で弄られていた後孔にねじこまれた。
うっすらと、おかしいとは思っていたが、自分には何も言えなかった。口を開いても、何の言葉も出てきてくれなかった。
やめて、という一言すら。
「淫乱廉くん、学校行かずにこんなことばかりして」
一度、学校を休みたいと母親に言ったことがある。上手く喋ることができなくて孤立していた事ももちろんあったが、それ以上に家から出て彼らに捕まることが嫌で嫌でしょうがなかった。けれど、それを正直に相談できるほど自分にとって母親は優しい人間という認識ではなかった。
案の定、雷を落とされた。そんな弱い人間に育てた覚えはない、逃げたら一生後悔する、既に何度も学校を無断で休んでいるのを知っている、妹にはだらしない兄を見て育ってほしくない。
普段から厳格で"普通"であることに厳しい母親の荒れ狂った怒りに、ますます自分の心は萎縮した。
しかし、恐れていた事とは全く別の方向から”それ”はやってきた。
「廉、なあお前、どうして」
闇の中で薄く目を開ける。息ができない、ということに一拍遅れて気が付いた。のしかかってくる体はいつも受け入れている大人達にそっくりで、けれどその声は父親のもので。
「佐伯さんに変なこと言われたんだ。どうせお前のせいだろ? なあ、なんでもっとちゃんと上手くやってくれないんだ」
暗い闇の中で、父親は数日に一度、自分の首を絞めた。ほんの少しだけ通る息で夜を越すことができていたが、いつもの行為とは違う直接的な苦痛に、夜のこの時間だけはことさらに恐怖を覚えていた。
大人には逆らってはいけないのだ。何が間違っていたのかすら分からない中で、ただぼんやりと謝罪の言葉を口にする夜は、最後の日まで続いた。
「妹いるよね、陽菜ちゃんだっけ?」
入れ替わり立ち替わり、大人達に犯された。一日のほとんどをアパートで過ごし、日が暮れてようやく綺麗にされ、ふらつく足で帰路につく。ほとんど毎日、その繰り返し。
「女はほら、妊娠すると面倒だから」
学校に行っていない事を母親は知っているのだろうが、次第に何も言わなくなった。けれど休もうとすると決まって激昂し外へ放り出された。
そんな中、妹だけは自分の異変に気付いてくれた。一緒に学校に行こうと手を差し出してくれたが、巻き込むことが恐ろしくていつも突っぱねていた。
「今日はこれ使ってみようか。もう廉くん何されても気持ちいいもんね」
ゆっくりと、けれど確実に、深い深い闇の底へと堕ちていった。次第に、それすら曖昧になった。
何を考えることも億劫になって、何かを感じることが面倒になって、只ひたすら、毎日毎日同じ事を繰り返して服を剥かれ口を塞がれ押さえつけられ何度も奥に出されて気を失っても叩き起こされてずっと続くこの行為にもうなにもわから、なく、なって、
「……なに、それ……」
再び目を開けたとき、背を丸める父親と、顔を真っ赤にさせた母親と、怯えたように部屋のドアを少し開けてこちらを見つめる妹がいて。自分は、いつも通り綺麗になった格好で転がっていた。母親が手元から滑らせたグラスががしゃりと割れる音が聞こえた。
「学校も行かずにそんな事繰り返すなんて、あり得ない! 汚らわしい、そんなの私の子じゃない! 近づけないで!」
たったひとつグラスが割れた音。それが自分には、家族が壊れる音に聞こえた。
「廉、ごめん、ごめんな」
随分と長い間乗っていた車から下ろされ、父親は自分を抱きしめてひとしきり懺悔した後、一度も振り返ることなく車に乗り込んだ。そうして、すぐにその明かりも見えなくなった。
追いかけたら、嫌がったら、きっともっと全部壊れてしまうのだろう。そう思うと、一言も言葉は出てこなかった。否、自分の口が壊れていたのは最初からか。
これから、どうすればいいのだろうか。このままここにいれば、そのうち死ぬのだろうか。
もう、死んで良いのだろうか。
「なんだこのガキ」
どうやったら、死ねるのだろうか。
「丁度良いか。その格好、どうせ捨てられたんだろ? 俺の財布の足しになってよ」
ああ、そうだ。大人には逆らっては、いけないん、だった。
「廉」
何もはっきりとしない視界に、もうすっかり耳に馴染んだ声が聞こえる。
「落ち着いた?」
声は出ない。そうだ、最初から自分の口は壊れている。何も伝えられない。何も届かない。
「朝ご飯、もうできてるんだけど」
頬を伝う生温い水を大きな手が拭い、ぼやけた視界の先で彼が自分の顔をのぞき込む。表情は、分からない。
嫌な夢を見た気がする。なにかとても嫌だったことのような気がするけど、よく思い出せなかった。
心臓がぎゅうぎゅうと潰れそうな音を立て、体中熱が出たように汗をかいているのに、ひどく冷え切っている。
「廉、れーん。起きてるの?」
「……こ、さ」
大人なのに、どうして彼はあたたかいのだろう。
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