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おじさん♡ヘソを曲げます②
しおりを挟むアレックス♡
「奥さんが、いるなんて…」
大事な方は、思い掛けない心情を吐露した。
『いや、僕だって夫が四人もいるんだ。文句なんか言えないよ…』
これは、実に思いも掛けない事だった。
視作生のその心痛の、成り立ちが私には分からない。
いや!
君は『文句なんか』と仰っている。
それはつまり、君は夫の重婚に“文句”がお有りだ、という事ですね。
私は婚姻を、実利に伴って結ぶ形式的な姻戚関係の構築であると考えている。
したがって必要に応じて重ねる事に違和感が無いし、何の感慨も無い。
α社会ではごく一般的な事柄であり、常識なのだが…
君の故国では、違ったのですね。
「視作生、“奥さん”とは王妃のことかね?」
兄上は困惑なさっている。
確かに、妻を“奥”と表現するのは独特だが…
「は、、?…ソレは、、…今は、よくない?」
『誤魔化そうとしてる?はぐらかさないで!』
視作生、御勘弁下さい!
…兄上は余りに難解なる君の思考に、戸惑っておられるのだ。
何処から手をつけて良いのかすら、解らない程なのです。
それで解りやすそうな部分から、解いてみようとなされた訳だが…
「…ぅ、、、その、様だね。“奥”についての見解は、今はよろしいか」
しかし君の御機嫌を、更に悪化させてしまった。
そして兄上は白旗を挙げなさった。
私に目線をやり、心の内で問い掛けなさる。
『アレクサンドール、視作生はお怒りだね。どうした事だろう。其方には解せようか…』
密やかなるお尋ねに、声を顰めてお答え申し上げた。
「兄上、なんとのう、、」
心当たりは御座います。
…が、難儀な事だ。
食については共通点の多い御夫婦であられるが、こと“婚姻の常識”については価値観に大いなる相違がある。
『分かっていたつもりだったけど…“感情”の取り扱い方が淡白過ぎる。どうしようも無いし、違和感はきっとお互い様なんだけど…』
それは容易に受け入れられるものでは無いでしょう。
種族の隔たりは如何ともし難いのだ。
「…君の王妃様は、君以外の人とは?…、、他に、結婚はしているの?」
「いや。彼女には、俺だけだ。サミュエールには私以外に夫を持つ意志は無い」
『即答、、で、断言か。うわぁ…、、なんか、胸が痛い』
しかも、君は嫌悪感と共に罪悪感をも抱いていらっしゃるのでしょうか。
「そう、なんだ、ね…」
『この大陸の人達にとって“結婚”は気持ちでするもんじゃ無いんだ。まあ、ある程度は分かってたさ…。でも、ちょっと、、やっぱり、よく分からないよ』
…そう、なのですね。
『少なくとも、僕は好きな人と結婚している。…そうじゃないと、気持ち悪い…割り切れない。色々とあったけど、ねぇ』
ああ、なんと痛ましい事だ!
「サミュエールさんと君は、、その、…愛し合って、いるんだよね」
「左様。互いに尊重し合うているし、共存する事に必要性を感じている。しかも彼女は始終を供に過ごしても目障りにならぬ、稀有な存在でもあるのだ」
『、、なんと、まあ、即物的な…』
視作生はゲンナリと心中で溜息なさった。
…はい。
兄上は私からしても、冷徹であると感じる事が御座います。
「…えっと、、お互いを大切に思っていて、一緒に居る事で助け合えるし、そばに居て楽でいられれる貴重な存在、なんだね」
「うむ。そうとも言うね」
『いや、そう言いなさいよ!冷血動物か!』
視作生はつい寄ってしまう眉間のしわを、人差し指で揉みほぐしながら呆れなすった。
…兄上。
後程、妻君の心の叫びを逐一ご報告致します。
どうか視作生の為に善処なさいませ!
「じゃあ、君達は仲良しで…円満で、愛し合っている、素敵なご夫婦、なんだねぇ」
そうです、それは間違いありせん。
素晴らしい御夫婦で御座います!
『…だとしたら、嫌じゃない?』
何故でしょう、何処がお嫌ですか?
『奥さんは、ヴィクトールの為に我慢してるんじゃないかな』
…?、、それは、どういう事だろう。
何を我慢する事がありましょうや?
相思相愛の新しい家族を…
それも至高の伴侶を迎えるというのに!
『だって普通、泥棒ネコ!とか言われて張り倒されても、文句は言えないよ?』
「ど!?」
余りにも衝撃的であり、私は思わずと口を滑らせた。
“泥棒ネコ”…
初耳ですが、とても不穏な名詞だ!
「…アレックス?…どっ、、って言った?」
「はいっ、、どう、でしょう、お茶の御代わりは?」
私とした事が!
あまりの展開に、取り乱してしまいました。
そんな不甲斐ない私の姿に苛立つ兄上の、冷たい視線が突き刺さる。
お役に立たぬ愚弟で、申し訳ありません。
ですが、そもそも貴方様が寄せてしまった視作生の眉間の皺寄せを!
私がさばいている訳ですよ!
…後程、余す所なく、ご報告致しますね。
しかし慌てふためいているうちに、君は気を取り直して下さった。
「、、う~ん、、、…うん。ありがとう。お代わり、いただこうかな」
『ジタバタしたってどうしようもない。落ちつかなきゃ』
「承知致しました!」
視作生の御心がほんの少しでも寛げますようにと、温かなミルクをお茶に足してお出しする。
「!!!、、、麦茶に、牛乳!?、、」
『ひーッ、、なんか、嫌!』
おお!Σ( ̄。 ̄ノ)ノ
いけませなんだか!
私にはごく当たり前の事でした。
「視作生、砂糖は何匙かね」
妻の内心の嫌悪を知らぬ兄上は、当然のごとくお好みを伺う。
『えッ、、さらに甘くするの?』
「…う~ん、そう、だねぇ」
それから言い淀む君は、戸惑いごと内心を隠してしまった。
視作生には不思議な感性があり、率直な気持ちをはっきり示す事を好まない。
それは相手を思い遣って遠慮なされるせいだと思われる。
しかしその様なへりくだった思考は、君の身分には全くそぐわない。
故に、我々には悟ることが難儀だった。
兄上もやはり、妻の浮かぬ表情に気付かぬままでさらに問うた。
「蜂蜜が良ろしいか。それともカラメルがお好きかな」
…兄上、おそらくそれ以前の問題です。
「視作生、お取り替えしますね。確か冷たい方はお好みだと仰っていましたし…」
つい、と視線を交わして我ら兄弟は意志の疎通を図った。
『ふん、何やら視作生の習慣に合わぬ振る舞いを致したようだな』
「…はい。直ぐに新しくお入れしましょう」
「そうだね。濃く入れて、氷を足して入れ直そうか」
兄上は素早い対応で、停滞する雰囲気を変えようとなさった。
すると視作生は、茶器を下げようとする兄上の手に手をかけて制止なさった。
「待って!これでいいよ」
君は物を無駄にするのがお嫌いだ。
「では、そちらは私が頂きます」
「え、、アレックス?でも、、、」
「君にはお好きな物を楽しんで欲しいのです」
私はただ思う通りを素直に申し上げました。
だが君は、針でチクリと刺された様な御顔をなさった。
…あまりにも慎み深い事は、時に罪深い。
『あ、、僕ってば、きっと顔に出ていたんだな。…恥ずかしい、、』
何故!
その様に、御自分を卑下なさるのですか!
この期に及んで更に落ち込まれてしまう君に、私はいよいよ窮します。
『いい歳こいて我儘だよなぁ。いつ迄たっても、ちっさいおじさんだ』
いいえ、私はもっと歴とした我儘を仰って欲しいのだ!
是非とも御心のまま、命令して頂きたい。
それが君には当然の権利ではありませんか!
何をしても、どう繕っても、失敗している。
君は我々が思う通りの“女王”の威をかざさぬ。
私も兄上も、視作生の御為になら何であろうと叶えて差し上げたい。
けれど君はその願いを容易くは唇より、漏らしては下さらぬ。
「あの、、ごめん。…ちゃんと言わなくて、、でも、平気だから…」
「謝ってはいけません。俺の配慮がたらなんだのだ」
「視作生、どうかありのままをお伝え下さいませ。私は君の事をもっと知りとう御座います」
いけないと思いながらも、畳み掛ける様に君の言葉を遮ってしまう。
君の自意識の低い言い様に我慢が出来ないのだ!
すると君は、フッと唐突に笑んだ。
『…分かってた、つもりだけど。君達の僕に対する受け入れ態勢って、本当!、、ビックリする程に開けているねぇ』
はい!
君の全てを受け入れたいのです!
『…僕は、まだ出来て、ない』
やはり、我らが社会に馴染む事が出来ないのですね。
視作生、御無理をなさる必要はありません。
我らが君の為に、変化するべきだ。
私はこの常識を君に理解して頂くべく、説得を試みようと暫し逡巡した。
だがその間にも…
視作生はその柔らかな心を駆使して、君なりの答えを出された。
『…そっか。案外とこういう事、なのかもなぁ』
…おお、視作生。
それはどういう事でしょう?
君は私が頂いた茶器に目を落とし、乳白色に濁った茶を見つめながら優しい御顔ををなさっている。
「ヴィクトール、君のおすすめは?いつもはどうやって飲んでいるの」
君は一転して、好奇心を滲ませた明るい表情で問いかけなさった。
『自分の物差しでだけ、測ってちゃいけない』
何という、事でしょう。
『だって、皆んな喜んでくれてるみたいじゃないか。僕がひとりして悩んでたって、しょうがない』
君はまた、我らの方に歩み寄って下さるのか。
『自分勝手な“当たり前”に固執してちゃ駄目だ。流れにノッていこう!』
「僕、こんな風に愉しめるなんて知らなかったよ。だから、教えて?」
いいえ、いいえ!
この流れこそは、君への不敬にあたりますよ!
君にとっての“当然”を我々の方が把握しなくてはなりません!
…本来ならば。
それだというのに、そんなふうに可愛らしく教えを請われたら…
どうしたって心から、ご教授致したくなるではないか!
「視作生、俺は寛ぎたい時にはミルク茶にします。そこに砂糖をふた匙、後は肉桂の粉末を少し加えるのだよ」
兄上は非常に嬉しそうに、手慣れた仕草で視作生に特製の麦茶を立てて差し上げた。
そうして受け取った湯気の立つ茶器に、口を付ける君の横顔は訝しげだ。
しかし可愛い舌を閃かせ、ペロリと舐めとると直ぐに相好を崩された。
「…っ、あ、うん。アリ、かも」
『悪くない。香ばしい麦の香りと肉桂がよく合うし、甘くてまろやか~で、、ほっとする…』
おお、私もホッとしました!
お気に召して光栄です。
そんな御機嫌が麗しくなられた妻の様子に、兄上も気を取り直された。
「ねぇ、視作生。癒される気がしないか?」
「うん♡まさにそんな感じだねぇ」
「私は蜂蜜をたっぷりと入れるのが好きです!」
「んふ♡アレックスは見かけによらず、甘党だねぇ」
和やかな会話が、戻ってきた。
そして胸を撫で下ろす私に、君の御心はさらなる優しい御言葉を零して下さる。
『ああ…、僕と君達はこんなふうに穏やかな時を持てるんだ、、これは得難い事だよ』
…君はこの他愛無いひと時でも、大事として下さるのですね。
『だから、信じないといけない。ヴィクトールは誤魔化したりしない人だ。本当に、奥さんは僕を受け入れてくれるんだろう。僕にとってはカナリ馴染みの無い感覚だけど、、…それで良い。信じて、喜ばないと!バチが当たる!』
…バチ、とは打楽器を打つ際に用いる、アレの事でしょうか?
不勉強で申し訳も御座いません。
兎に角、いずれにしろ!
君は何ものにも害されてはいけません。
その御身に“バチ”なる物は当たりません。
このアレクサンドールが御守り致しますゆえ!
しかし、それにしても…
兄上を信じて、公妃様の歓迎を喜ばしいと思って下さる事には感激です!
「僕もサミュエールさんに会いたい」
『君達を見習って、僕も受け入れます』
女王の余りにもいじらしい心情に、息が止まる。
…むぅ、女王が何かを見習うなど、あってはならぬ。
これは僭越だ!
だが取り敢えず、今は不問と致しましょう。
それが今は、視作生の御為になろう。
そして妻の朗らかなる佳き御返事に、王は激しく感動を召された。
「…視作生!君と彼女が手を取り合い、我が城の、妻の端正したあの庭を、そぞろ行く日が待ち遠しいぞ!」
柔な君の手をしっかと握り、熱い想いを告げる兄上を、見やる視作生のまなこは生温かい。
「、、てへ♡、、うん、たのしみ~」
『…、、うぉお、いきなりハードル上げてきたッ、、いや、ハイ。…善処しますよ、、』
例え根本的な相違であったとしても、君は受け入れようとなさるのですね。
「兄上、その様に強く握っては視作生がお辛う御座います!」
目上の御方様に敢えて不敬な物言いをする事で、私は兄上に暗にお伝え致しました。
あまり急いては女王の御機嫌を、又もそこねてしまいますよ?
「…ふん、それは済まなかったね。視作生、つい高揚して先走った事を申したが…まあ、それはいつか、のお話しです」
兄上は何食わぬ顔でご承知下さいました。
ええ、兄上!
私とて胸が躍り、先の希望の為に口が滑りそうです。
けれど視作生は我らと違い、おっとりと物事に向かうのです。
怖がらせては、いけません!
\\\٩(๑`^´๑)۶////
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