魔王の心の声が聞こえるようになった小間使いが、番になって溺愛されるようになる話

碧碧

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 翌日、エイリは少しだけ緊張しながらも、以前と変わらぬ日常に戻っていた。ティータイムにヴァルゼウスの部屋へ向かうと、チラリと昨日のことが頭をよぎるが、もう迷うことはない。自分の気持ちと向き合いながら、彼のためにできることをしていこうと決めた。

 ヴァルゼウスがエイリを迎え入れた時、ほんのわずかに彼の目が柔らかくなったことにエイリは気づいた。嫌悪感や拒絶されている様子は感じられない。エイリはほっと息を吐きながら配膳していく。

(ヴァルゼウス様、これからも、俺はあなたのそばにいます。)

 エイリは心の中で呟いた。



「今日は温かいほうじ茶と、お菓子は胡桃とキャラメルのタルトです」
「美味そうだ」

 椅子にかけながら、ほうじ茶に口をつけるヴァルゼウスを伺い見る。いつも通り、その表情にさほど変化はない。

「俺、温かい日本茶が好きなんです。なんかほっこりするっていうか、肩の力が抜けるっていうか」
「ああ、わかる」
「ヴァルゼウス様もお茶は好きですか?」
「ああ。この茶はあまり飲んだことのない味だが、悪くない」
「よかったです」

 ヴァルゼウスの好みがわからないなら、自分の好きなものを出してみようと思ってセレクトしてみたのだが、どうやら気に入ってもらえたようだ。こうやって会話をしていく中でヴァルゼウスのことをもっと知れればいい。そして自分のことも少しずつ知ってもらいたい。

(普通はこうやって相手のことを知っていくんだよな・・・これまでの俺は楽してただけだ。)

「タルトは、パティシエにお願いして俺のお気に入りのやつにしてもらいました。ほろ苦いキャラメルがねっちりしてて、胡桃がごろごろしてて、食感もいいんです。ヴァルゼウス様には甘すぎましたか?」
「いや、茶と合わせるとちょうどいい」

 そう言ってヴァルゼウスが菓子と茶と口に運ぶ。目を閉じて味わっている様子は一枚の絵画のように美しい。明日も、これからも、この光景をずっと見つめ続けていたかった。



「ところでヴァルゼウス様、明日のティータイムは何がいいですか?」
「なんでもいい」

 タルトを食べ進めてしてしばらく経った頃、勇気を出して問うてみたが、再び言われたその言葉。昨日と同じ思考にはなりたくない。額に汗が浮くが、今日はーーー。

「なんでもいいだと、どうでもいいって聞こえちゃいます」
「な・・・!そういうわけではなく、君と食べるなら何でも美味いんだから、私は本当にどんなものでも構わないということだ」
「う?!」

 焦ったような声で釈明をされ、エイリがたじろいだ。なんだかとても都合よく勘違いしてしまいそうなことを言われた気がしてドギマギする。

「じゃ、じゃあ、明日は紅茶にしましょうかっ。ピスタチオのクッキーと!」
「ああ、そうしよう」

 エイリの様子にほっと息を吐いたヴァルゼウスは、落ち着かなさげにほうじ茶に口をつけるエイリを見つめた。

(この前急に泣いたのは、やはり私の言葉のせいだったか。)

 ヴァルゼウスは、自分の言葉でまたエイリを傷つけてしまうかもしれないという不安に囚われていた。それでも、エイリと会話をしない生活は耐え難いとわかっている。言葉にするのならば、エイリに寄り添ったものを選ばなければ・・・。ヴァルゼウスが唇を引き結ぶ。

「周りに砂糖がついている甘いクッキーもあったんですけど、それもちょっとだけ持ってきます。ヴァルゼウス様、甘味はお好きだけど、そんなに多くは食べないですもんね」
「・・・それも聞こえていたのか?」
「それは、普段の、食事の様子で・・・すみません」
「謝らなくていい」

 エイリが思わず俯くと、ヴァルゼウスの指がその顎に触れ、軽く持ち上げた。まっすぐな視線がエイリを貫く。その手は驚くほど暖かかった。

「エイリ」

 ヴァルゼウスは静かに、しかし力強くエイリの名前を呼んだ。

「君が私の心の声を聞けなくなったからといって、役に立たなくなったわけではない」
「ヴァルゼウス、様」
「だから、ええと、つまり、無理をしなくていい。エイリの仕事は、私の心の声を聞くことではないのだから。これからも、そのままの君で私を支えてほしい。・・・ちゃんと伝わっているだろうか」
「あ、えと、伝わってる、ますっ」

 ヴァルゼウスに至近距離でじっと見つめながら言われた言葉に、エイリの体が芯から熱くなる。触れられている顔は上気して、耳まで赤くなった。

「私は過去に自分の発した言葉で取り返しのつかない過ちを犯したことがある。だからできるだけ話さないようにしてきた。実際に、これまで何度も言葉で君を傷つけてきただろう。これからも、傷つけるかもしれない。・・・それでも」

 ヴァルゼウスは言葉を区切って、少し唇を震わせた。

「そばにいてくれないか。君は、私にとって特別な存在なんだ」

 その言葉に、エイリの目が大きく見開かれた。欲しくてたまらなかったその言葉。それが今エイリの胸に届き、息を呑む。

「ヴァルゼウス様、俺は、俺は・・・」

 エイリの目から、涙がこぼれた。しかしそれは、それは悲しみからではなく、安堵と喜びからの涙で。

「嬉しいです・・・!これからも、ヴァルゼウス様の理想を実現するお手伝いをさせてください!」
「もちろんだ。頼りにしている」

 ヴァルゼウスはそっと手を伸ばし、エイリの肩を優しく引き寄せた。その胸の中で、エイリは静かに泣き続けたが、もう不安はどこにもなかった。



(嬉しいけど、恥ずかしい。無理。死ぬ。)

 泣き腫らした顔をヴァルゼウスの胸に埋めたまま、エイリは固まっていた。すっかり冷静になった今、羞恥でとても顔を上げられないが、このまま抱きしめてもらっているわけにもいかない。モゾモゾと身じろぎをすると、離さないというようにヴァルゼウスの腕の拘束が強くなった。

「あの、ヴァルゼウス様?そろそろ休憩は終わり、で」
「まだいいだろう」
「あ、う~~~・・・」

(急にこんなの刺激が強すぎるって!やばい、勃ちそう!)

 ヴァルゼウスの香りに包まれ、耳元で囁かれると、それだけで腰が痺れる。

(やばいやばいやばい!勃つどころか出そう!)

 しっかり勃ち上がってしまったものが当たらないよう必死に腰を引く。頭から湯気を出しそうなエイリを見て、ヴァルゼウスが少し笑った。

「俺、そろそろ行かないと・・・っ」
「そうだな。私も来客が来る時間だ」

 やっと腕の中から解放されるが、恥ずかしすぎる。丈が長めの上着で下腹部に張ったテントを隠し、急いで食器を下げた。

「じゃあ、お仕事がんばってください」
「ああ、エイリもな」

 部屋を出る際に一礼すると、ヴァルゼウスに優しく頭を撫でられる。無理するなよ、ともう一度念を押され、エイリは尻尾をふるふると揺らしながら頷いた。





(危なかった・・・。)

 食器を乗せたワゴンを押しながら、なんとか息を整えて下腹部の熱をおさめる。それでもヴァルゼウスにもらった言葉を反芻してしまい、体がじくじくと疼いた。

(俺って特別だって・・・!そばにいてほしいって!)

 ともすればだらしなく緩みそうになる頬を引き締めながら、いやいやとエイリは首を横に振る。

(期待すんな俺ッ!まだ"そういう"特別かはわかんないんだから!・・・いや、でも期待しちゃうよな~。)

 抱きしめられながら頭を撫でられて、あんなことを耳元で囁かれて。期待しないはずがない。

「おつかれ、ってエイリ?なんだモジモジして。キモいぞ」
「うわあああ!な、なんでもない、なんでもない」

 すれ違った同僚に怪しまれて必死に顔を取り繕った。キッチンに入り、担当者に汚れた食器を渡して次の業務に向かう。ついでにザルヴァンに会いに行って、可能であれば政務を少し増やしてもらえたら嬉しいと伝えるつもりだった。

(減らしたいとか増やしたいとか、勝手ばっかり言って怒られるよなぁ・・・。)

 ザルヴァンの顔を思い浮かべると申し訳なさで気が沈むが、そこは仕方ない。ヴァルゼウスにそばにいてほしいと言われた今、エイリは無敵なのだ。



「すみません、何回もわがまま言って」
「いや、人手が増えるのは助かる。お前がただの下働きに戻るのは勿体無いと思っていた」
「うぇ?!あ、ありがとうございます!俺、がんばります!」

 なんと、気がぬけるほどスムーズに政務に復帰できることになった。あのザルヴァンに助かるとまで言われて思わず感激してしまう。

「ただし、その分他の業務は調整しろ。また倒れられてはかなわん」
「はいっ」
「早速だが、北方の領地で内乱の動きがあって・・・」

 急に始まった業務の話に、エイリはあわててメモとペンを取り出した。かなりセンシティブな話のようだ。
 聞いた話を要約しながらメモに書き記すエイリの姿に、長い間ヴァルゼウスの右腕を務めているザルヴァンは息を巻く。

(あえて個人情報を書かないのは、メモを見られた時のリスクを減らすためか。周囲の音にも気を張っているな。そんなことをしなくとも、誰もいないとわかって話しているのに。全く、こいつは・・・。)

 ザルヴァンから見てもエイリは有能だった。ヴァルゼウスの右腕である自身の立場が取って代わられるだろうとさえ思うほどに。

「今わかっているのはこのくらいだ。このことについて城内で何か聞いた場合はすぐに報告するように」
「わかりましたー!」
「お前の課題は言葉遣いだけだな」
「え?何?何ですか?」

 ため息を吐くザルヴァンに、エイリがわたわたと慌てている。尻尾まで落ち着かなく揺れているのを見て、ザルヴァンは柄にもなく吹き出してしまった。手がかかる子犬のようで本当に目が離せない。

「何なんですか?!俺、笑われてます?!」
「いや、すまん。気にするな。早く仕事に戻れ」
「何なんですかー!」

 エイリがしつこく縋ってくるのを躱しながら、ザルヴァンは明日からの業務のことを考えて安堵の息を吐いた。

 エイリが倒れてから、王の機嫌が非常によろしくない。もちろん王は私情など挟まず普段通りに仕事をしてはいた。しかし付き合いの長いザルヴァンにはわかる。会議中、エイリが座っていた隣の空席を見つめては眉根を寄せ、移動中や食事中にはエイリの姿を探し、見つけるたびに穏やかな顔を見せる。

 正直、自身の仕事の負担が減ることよりも、王が本来の安定した状態に戻る方が重要だとザルヴァンは考えていた。そのためにはエイリが再び王の近くで働ける環境を整えることが一番だ。エイリが復帰し、王の機嫌が良くなりつつある今、ようやく張り詰めていた神経を休ませることができる。

(あの若造がここまで影響を及ぼすとはな・・・。私の読みが甘かったかもしれん。)

 ちらりと自室へ向かうエイリの背中を見送りながら、ザルヴァンはかすかに笑みを浮かべた。





 エイリは部屋に戻ると、ほっと息を吐きながら荷物を置いた。日常が戻ってきたことに安堵しつつも、心のどこかでヴァルゼウスとの関係が確実に変わったことを実感している。彼のあの言葉と温もりが頭から離れない。

 胸を押さえながら、エイリはふと窓の外を見る。そこには沈みゆく夕日が広がり、赤く染まった空が静かに広がっていた。その風景を眺めるうちに、エイリの中に少しずつ、明日への希望が芽生えていく。

「よし、またがんばるぞー!」

 小さく拳を握りしめ、エイリは机に向かって明日の準備を始めた。
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