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第三章
51. 過労死寸前
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辺境伯領に戻ってきた私は、レオポルド様の執務室を昼間に何度か訪ねた。しかし扉を叩くたびに来客がいて、レオポルド様に申し訳なさそうなお顔を向けられる。タイミングを見計らっていたら、もうこんな夜更けになってしまった。
廊下はすでに夜の帳が下りていて、月明かりでなんとか歩ける程度だ。レオポルド様の執務室まで着くと、扉の隙間からうっすら光が漏れている。まだレオポルド様がお仕事をなさっているようだ。
「お仕事が終わるのを待とうかと思ったんですが……」
「昼間は何度も来てくれたのに、すまなかったね」
ノックをして執務室に顔を出す私に、レオポルド様は爽やかな笑顔を向けてくださる。
「こんなに遅くまで根を詰めてはお身体に触ります。ほどほどにしませんと」
夢中になると周りが見えなくなる私が言えたことではないが、体を壊すほどであればお止めしなければ。
用意してもらった紅茶を運んできた私は、レオポルド様に休憩を勧めた。
私の前世ではフラフラになるまで働いて、最後はそのせいで交通事故に遭って死んでしまった。こんなに遅くまで働いていてはどうなるかを、身をもって知っている。
「ありがとう」
紅茶を受け取るレオポルド様の周りには、重要そうな書類が積み上がっている。
休めと言っても、目の前の仕事がなくなるわけではない。どうすればレオポルド様の仕事が減るかしら。考え込む私の脳裏に、前世で読んだビジネス書が浮かぶ。できる上司は部下に仕事を任せる、というものだ。
「レオポルド様はもう少し他の人に甘えてもいいのではないでしょうか」
レオポルド様にはトールキンという優秀な部下がいる。他にもこのお城には優秀な人が何人もいる。できるなら私でもお力になりたい。
「甘えさせてくれるの?」
「部下として忙し過ぎる上司を休ませるのも仕事のうちですわ」
過労死――なんてことになっては目も当てられない。
この方は低賃金でこき使われてる雇われ労働者でもなんでもない。
王子様なのだから。代わりのいない大事なお方だ。
「じゃあお言葉に甘えようかな」
レオポルド様が書類の山から立ち上がり、ソファで紅茶を飲む私の隣に腰掛けた。
やっと休んでくれる、と安堵のため息を漏らすと同時に、レオポルド様の頭が私の膝の上に。
私はヒュッと息を吸い込みそのまま止まった。
手に持つカップを絶対に落とさないようにギュッと握りしめたまま。
(こここれはレオポルド様を休ませているだけ。休ませている……だけ)
何度言い聞かせてみても、上がる熱は一向に収まらない。いつもより激しい心臓の鼓動にカップを持つ手が震える。
気まず過ぎる沈黙に私は意識を無理矢理切り替えることにした。
私のことより、レオポルド様を休ませて差し上げることを考えよう。
きっとお疲れに違いないんだから。
テーブルに手を伸ばしてカップを置いた私は、ゆっくりとレオポルド様の髪を梳くように頭を撫でた。
向こうをむいているレオポルド様の表情は窺い知れないけれど、ちゃんと休めているかしら。
髪を撫でていると、うっかり耳に触れてしまってピクリとレオポルド様が反応する。その耳の熱さに、レオポルド様の顔も真っ赤になっていることに気づいてしまった。
私の手が止まると、レオポルド様はサッと起き上がって背を向けたまま早口でお礼を言った。まだ耳が赤いのが見てとれてこちらまで恥ずかしくなる。成人男性であるレオポルド様の頭を撫でるのは、子ども扱いみたいで失礼だったかしら。
「そういえば僕に何か用事があったんじゃないのかい?」
そうだ。私がレオポルド様を何度も訪れたのは、これが目的だった。
ポーチからそれを出して、レオポルド様に渡す。
「魔力感知器です」
今はなんの反応もしていない魔力感知器は、シルバーの魔力盤が透けて見えている。
ベルトは黒。魔力盤の周りには黒い装飾があって、小さな宝石を散りばめたデザインだ。
王子様にお渡しする物だから、シスと一緒にデザインも凝った。前回の簡素なデザインのフーワを陛下に献上することになった反省を踏まえてのことだ。
「レオポルド様にはもっと爽やかな色の方がいいかと思ったんですが、シスが……」
色はシスが「絶対黒にしな」というので、シックな黒だ。前世では腕時計のベルトに黒は一般的だった。でも懐中時計しかないこの世界ではちょっと地味かもしれない。
「ありがとう。嬉しいよ」
レオポルド様は心なしか目を輝かせているように見える。喜んでいただけたなら、作った甲斐があるというものだ。
レオポルド様が「付けてみてもいい?」と言うので、腕に巻いてあげると、私に見せてくれる。
「どう?」
「よくお似合いですわ」
なんでも着こなしてしまうのは、レオポルド様だからだろう。レオポルド様が付ければ地味だなんて、もう思えない。
「早速使ってみてもいいかい?」
「ええ」
使い方を説明すると、レオポルド様が私に魔力感知機をかざす。すると水に黒い絵の具を垂らしたようにじわぁと黒が広がった。数秒置いて、オレンジ色の絵の具をポタリと垂らしたような点が魔力盤に小さく広がる。私の闇属性と土属性の魔力が現れているのだ。
「これはすごいね。とても分かりやすい」
「ご要望通りのものでしたら、よかったです」
レオポルド様の反応を見るに、不足はなさそうだ。
そのあと量産や他の進捗についても一通り話をした。
結局仕事の話になってしまったと少し後悔したが、しょうがない。
「もう夜も遅いから、部屋まで送るよ。僕ももう仕事はおしまいにする」
私は断ろうとしたがレオポルド様も一緒に部屋を出たので、結局二人で紅茶のカップを片付けてから部屋まで送っていただいた。
廊下はすでに夜の帳が下りていて、月明かりでなんとか歩ける程度だ。レオポルド様の執務室まで着くと、扉の隙間からうっすら光が漏れている。まだレオポルド様がお仕事をなさっているようだ。
「お仕事が終わるのを待とうかと思ったんですが……」
「昼間は何度も来てくれたのに、すまなかったね」
ノックをして執務室に顔を出す私に、レオポルド様は爽やかな笑顔を向けてくださる。
「こんなに遅くまで根を詰めてはお身体に触ります。ほどほどにしませんと」
夢中になると周りが見えなくなる私が言えたことではないが、体を壊すほどであればお止めしなければ。
用意してもらった紅茶を運んできた私は、レオポルド様に休憩を勧めた。
私の前世ではフラフラになるまで働いて、最後はそのせいで交通事故に遭って死んでしまった。こんなに遅くまで働いていてはどうなるかを、身をもって知っている。
「ありがとう」
紅茶を受け取るレオポルド様の周りには、重要そうな書類が積み上がっている。
休めと言っても、目の前の仕事がなくなるわけではない。どうすればレオポルド様の仕事が減るかしら。考え込む私の脳裏に、前世で読んだビジネス書が浮かぶ。できる上司は部下に仕事を任せる、というものだ。
「レオポルド様はもう少し他の人に甘えてもいいのではないでしょうか」
レオポルド様にはトールキンという優秀な部下がいる。他にもこのお城には優秀な人が何人もいる。できるなら私でもお力になりたい。
「甘えさせてくれるの?」
「部下として忙し過ぎる上司を休ませるのも仕事のうちですわ」
過労死――なんてことになっては目も当てられない。
この方は低賃金でこき使われてる雇われ労働者でもなんでもない。
王子様なのだから。代わりのいない大事なお方だ。
「じゃあお言葉に甘えようかな」
レオポルド様が書類の山から立ち上がり、ソファで紅茶を飲む私の隣に腰掛けた。
やっと休んでくれる、と安堵のため息を漏らすと同時に、レオポルド様の頭が私の膝の上に。
私はヒュッと息を吸い込みそのまま止まった。
手に持つカップを絶対に落とさないようにギュッと握りしめたまま。
(こここれはレオポルド様を休ませているだけ。休ませている……だけ)
何度言い聞かせてみても、上がる熱は一向に収まらない。いつもより激しい心臓の鼓動にカップを持つ手が震える。
気まず過ぎる沈黙に私は意識を無理矢理切り替えることにした。
私のことより、レオポルド様を休ませて差し上げることを考えよう。
きっとお疲れに違いないんだから。
テーブルに手を伸ばしてカップを置いた私は、ゆっくりとレオポルド様の髪を梳くように頭を撫でた。
向こうをむいているレオポルド様の表情は窺い知れないけれど、ちゃんと休めているかしら。
髪を撫でていると、うっかり耳に触れてしまってピクリとレオポルド様が反応する。その耳の熱さに、レオポルド様の顔も真っ赤になっていることに気づいてしまった。
私の手が止まると、レオポルド様はサッと起き上がって背を向けたまま早口でお礼を言った。まだ耳が赤いのが見てとれてこちらまで恥ずかしくなる。成人男性であるレオポルド様の頭を撫でるのは、子ども扱いみたいで失礼だったかしら。
「そういえば僕に何か用事があったんじゃないのかい?」
そうだ。私がレオポルド様を何度も訪れたのは、これが目的だった。
ポーチからそれを出して、レオポルド様に渡す。
「魔力感知器です」
今はなんの反応もしていない魔力感知器は、シルバーの魔力盤が透けて見えている。
ベルトは黒。魔力盤の周りには黒い装飾があって、小さな宝石を散りばめたデザインだ。
王子様にお渡しする物だから、シスと一緒にデザインも凝った。前回の簡素なデザインのフーワを陛下に献上することになった反省を踏まえてのことだ。
「レオポルド様にはもっと爽やかな色の方がいいかと思ったんですが、シスが……」
色はシスが「絶対黒にしな」というので、シックな黒だ。前世では腕時計のベルトに黒は一般的だった。でも懐中時計しかないこの世界ではちょっと地味かもしれない。
「ありがとう。嬉しいよ」
レオポルド様は心なしか目を輝かせているように見える。喜んでいただけたなら、作った甲斐があるというものだ。
レオポルド様が「付けてみてもいい?」と言うので、腕に巻いてあげると、私に見せてくれる。
「どう?」
「よくお似合いですわ」
なんでも着こなしてしまうのは、レオポルド様だからだろう。レオポルド様が付ければ地味だなんて、もう思えない。
「早速使ってみてもいいかい?」
「ええ」
使い方を説明すると、レオポルド様が私に魔力感知機をかざす。すると水に黒い絵の具を垂らしたようにじわぁと黒が広がった。数秒置いて、オレンジ色の絵の具をポタリと垂らしたような点が魔力盤に小さく広がる。私の闇属性と土属性の魔力が現れているのだ。
「これはすごいね。とても分かりやすい」
「ご要望通りのものでしたら、よかったです」
レオポルド様の反応を見るに、不足はなさそうだ。
そのあと量産や他の進捗についても一通り話をした。
結局仕事の話になってしまったと少し後悔したが、しょうがない。
「もう夜も遅いから、部屋まで送るよ。僕ももう仕事はおしまいにする」
私は断ろうとしたがレオポルド様も一緒に部屋を出たので、結局二人で紅茶のカップを片付けてから部屋まで送っていただいた。
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