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第二章その1 ~九州が大変よ!?~ いよいよ助けに行きます編
妖精に常識はない。社会的責任もない
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「……ふう、なんとか誤魔化せたわね」
全身ホコリまみれになりながら、雪菜は司令室へと戻ってきた。司令室といっても、この基地が高校だった頃の校長室なのだが……
がたつく引き戸を閉め、雪菜は一人呟いた。
「……恋か。人間て凄いな……四国を奪還したら、すぐこんなふうになるんだもの……」
町も、そして人々の心も、目覚しく復興してきている。
若者達は生きる喜びを取り戻し、自分達の人生を……そして恋愛や結婚さえも考え始めているのだ。
それは本来素晴らしい事なのだろうが、一人の女として当事者になると、雪菜は心穏やかではいられないのだ。
特に最近、日を追う事に鳴瀬少年の顔を直視出来なくなっていたから。
「鳴瀬くん……」
その名前を口にするだけで、雪菜は内心ドキドキしてくる。
あの日避難所の隅で倒れていた彼を助けて、はや10年の時が経った。
彼は17歳の若者に成長し、そして雪菜を好いてくれていた。
毎日命をすり減らしながら戦い、そして雪菜に寄生した危険な細胞を取り除く方法を探してくれていたのだ。文字通り命がけで、己の体を何百回も実験台にしてだ。
その事を知った時、頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった。
感極まった挙句、熱いキスまでしてしまったのだ。
雪菜はそこで気が付いた。
自分の心は彼に陥落した。
7つも年下の少年に、全身全霊で恋をしてしまったのだ。
一応今の法律では、満16歳で結婚も恋愛も認められてはいる。人口が激減したためだ。
倫理上は問題なし……だが一体この先どうすればいいのだろう?
かつて神武勲章隊として戦いに明け暮れ、その後は指揮官として仕事一筋に生きてきた雪菜には、色恋沙汰の引き出しがないのだ。
同じレジェンド隊にいた青年・明日馬とお飯事のような付き合いはした事があるが、いつ出撃になるか分からない状況で、ろくに進展もなかった。
辛うじて口付けだけはした事があったが、それも牙を噛み交わす獣のように、歯がかちあう未完成なラブ技だったし、そのキスというカードを勢いで誠に使った以上、雪菜の優位性はゼロになった。
道に迷った幼子のように、恋の迷路で途方に暮れるしかないのだ。
立ち尽くす雪菜の頭上に、小さな妖精達が舞い降りてくる。
妖精はこれと言って社会的な責任が無いため、好き勝手に囁いてきた。
(いっそ彼に委ねてみなさいよ)
(彼と相談しながら、2人の明日を探せばいいのよ)
「い、いけないわ……それじゃお姉さんとしての立場が……」
雪菜は真っ赤になって首を振った。
(そんな事いいじゃないの)
(ほーれ、楽になっちゃえ)
(押しちゃえ押しちゃえ、恋の寄り切り、ごっちゃんです)
妖精達は他人事なので、ガンガン強気なアドバイスを続けている。
どすこい、どす恋、と周囲を飛び回る妖精達に戸惑いながら、雪菜は呟いた。
「だ、駄目よ……鳴瀬くんに、幻滅されちゃう……」
彼はきっと、年上の頼れるお姉さん、完璧超人として自分を見ているのだ。
実際我ながら、常に彼の前では威厳ある振る舞いをしてきたつもりである。いや、威厳しか見せていない、と言っても過言ではない。
だからその幻想を崩したくない……と言えば聞こえがいいが、本音を言えば、彼に嫌われるのが怖いのである。
人間歳をとっても、中身はあんまり変わらない。
ただちょっとずつ、自分の気持ちを隠すのが上手くなるだけ。そうしなければ生きていけないから、表面上、大人の振る舞いを覚えるだけなのだ。
中身は全然成長なんてしていないのだ、と雪菜は心底思うのだった。
(それで、ええがぜよ)
不意に雪菜の脳裏に、坂本竜馬が現れた。
景色はいつの間にか故郷・高知の桂浜に変わっている。
「りょ、竜馬さん……!? いえ、心の師匠……!」
桂浜を横切る石の歩道に、竜馬は優しい顔で立っている。
(それで、ええがぜよ……!)
竜馬はもう一度言った。
(あの子にだけ、見せてあげるがぜよ。おまんのほんまの真心を……!)
竜馬は次第に薄れていき、雪菜は慌てて手を伸ばした。
「あっ、お師匠様、どこへ!?」
雪菜は2歩、3歩と後を追ったが、そこで執務机につまづき、もんどりうって倒れ込んだ。
書類や筆記具が盛大に崩れ、雪菜の頭に滝のように降り注ぐ。
「あいたた……何やってんのよ私は……」
雪菜は散らばった荷物を拾おうとして、そこで写真立てを手に取った。
幸いにしてガラスは割れていない。
写真の中には、自分を含め、かつての神武勲章隊の仲間達がいた。
「……………………」
雪菜はふいに真面目な顔になった。
彼らは一体どうしているのだろう。
自分は助かった。あの子達の活躍のおかげで、四国を取り戻す事が出来た。
でもかつての仲間は、今も戦いの日々にいるのだ。
雪菜は自らの隣で笑う、ショートカットの同僚を見つめた。
少し男っぽい風貌をした彼女は、雪菜と同い年で、かつて最も気の知れた戦友であった。
今は九州にいるはずの彼女は、果たして無事でいるのだろうか。
「瞳……あなたも元気なの?」
そこで唐突に、室内にアラームが鳴り響いた。
全身ホコリまみれになりながら、雪菜は司令室へと戻ってきた。司令室といっても、この基地が高校だった頃の校長室なのだが……
がたつく引き戸を閉め、雪菜は一人呟いた。
「……恋か。人間て凄いな……四国を奪還したら、すぐこんなふうになるんだもの……」
町も、そして人々の心も、目覚しく復興してきている。
若者達は生きる喜びを取り戻し、自分達の人生を……そして恋愛や結婚さえも考え始めているのだ。
それは本来素晴らしい事なのだろうが、一人の女として当事者になると、雪菜は心穏やかではいられないのだ。
特に最近、日を追う事に鳴瀬少年の顔を直視出来なくなっていたから。
「鳴瀬くん……」
その名前を口にするだけで、雪菜は内心ドキドキしてくる。
あの日避難所の隅で倒れていた彼を助けて、はや10年の時が経った。
彼は17歳の若者に成長し、そして雪菜を好いてくれていた。
毎日命をすり減らしながら戦い、そして雪菜に寄生した危険な細胞を取り除く方法を探してくれていたのだ。文字通り命がけで、己の体を何百回も実験台にしてだ。
その事を知った時、頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった。
感極まった挙句、熱いキスまでしてしまったのだ。
雪菜はそこで気が付いた。
自分の心は彼に陥落した。
7つも年下の少年に、全身全霊で恋をしてしまったのだ。
一応今の法律では、満16歳で結婚も恋愛も認められてはいる。人口が激減したためだ。
倫理上は問題なし……だが一体この先どうすればいいのだろう?
かつて神武勲章隊として戦いに明け暮れ、その後は指揮官として仕事一筋に生きてきた雪菜には、色恋沙汰の引き出しがないのだ。
同じレジェンド隊にいた青年・明日馬とお飯事のような付き合いはした事があるが、いつ出撃になるか分からない状況で、ろくに進展もなかった。
辛うじて口付けだけはした事があったが、それも牙を噛み交わす獣のように、歯がかちあう未完成なラブ技だったし、そのキスというカードを勢いで誠に使った以上、雪菜の優位性はゼロになった。
道に迷った幼子のように、恋の迷路で途方に暮れるしかないのだ。
立ち尽くす雪菜の頭上に、小さな妖精達が舞い降りてくる。
妖精はこれと言って社会的な責任が無いため、好き勝手に囁いてきた。
(いっそ彼に委ねてみなさいよ)
(彼と相談しながら、2人の明日を探せばいいのよ)
「い、いけないわ……それじゃお姉さんとしての立場が……」
雪菜は真っ赤になって首を振った。
(そんな事いいじゃないの)
(ほーれ、楽になっちゃえ)
(押しちゃえ押しちゃえ、恋の寄り切り、ごっちゃんです)
妖精達は他人事なので、ガンガン強気なアドバイスを続けている。
どすこい、どす恋、と周囲を飛び回る妖精達に戸惑いながら、雪菜は呟いた。
「だ、駄目よ……鳴瀬くんに、幻滅されちゃう……」
彼はきっと、年上の頼れるお姉さん、完璧超人として自分を見ているのだ。
実際我ながら、常に彼の前では威厳ある振る舞いをしてきたつもりである。いや、威厳しか見せていない、と言っても過言ではない。
だからその幻想を崩したくない……と言えば聞こえがいいが、本音を言えば、彼に嫌われるのが怖いのである。
人間歳をとっても、中身はあんまり変わらない。
ただちょっとずつ、自分の気持ちを隠すのが上手くなるだけ。そうしなければ生きていけないから、表面上、大人の振る舞いを覚えるだけなのだ。
中身は全然成長なんてしていないのだ、と雪菜は心底思うのだった。
(それで、ええがぜよ)
不意に雪菜の脳裏に、坂本竜馬が現れた。
景色はいつの間にか故郷・高知の桂浜に変わっている。
「りょ、竜馬さん……!? いえ、心の師匠……!」
桂浜を横切る石の歩道に、竜馬は優しい顔で立っている。
(それで、ええがぜよ……!)
竜馬はもう一度言った。
(あの子にだけ、見せてあげるがぜよ。おまんのほんまの真心を……!)
竜馬は次第に薄れていき、雪菜は慌てて手を伸ばした。
「あっ、お師匠様、どこへ!?」
雪菜は2歩、3歩と後を追ったが、そこで執務机につまづき、もんどりうって倒れ込んだ。
書類や筆記具が盛大に崩れ、雪菜の頭に滝のように降り注ぐ。
「あいたた……何やってんのよ私は……」
雪菜は散らばった荷物を拾おうとして、そこで写真立てを手に取った。
幸いにしてガラスは割れていない。
写真の中には、自分を含め、かつての神武勲章隊の仲間達がいた。
「……………………」
雪菜はふいに真面目な顔になった。
彼らは一体どうしているのだろう。
自分は助かった。あの子達の活躍のおかげで、四国を取り戻す事が出来た。
でもかつての仲間は、今も戦いの日々にいるのだ。
雪菜は自らの隣で笑う、ショートカットの同僚を見つめた。
少し男っぽい風貌をした彼女は、雪菜と同い年で、かつて最も気の知れた戦友であった。
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