新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART2 ~鎮西のジャンヌダルク~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

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第二章その6 ~目指すは阿蘇山!~ 火の社攻略編

邪神の呪詛

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 発令所を出ると、通路は少しひんやりしていた。

 その冷ややかな空気が有難く、天草は急ぎ歩みを進める。

 急ぐ、急いで……知らず知らず早足になって。

 不自由な足の運びにもどかしさを感じつつ、天草はタラップから艦外に出た。

 やがて目の前に、黒い人影が現れた。

 陽炎のように揺らめく影は、男の声でこう言った。

『……さあ行こう、瞳』

 良く知った男の声である。

「……っ!!!」

 その一言で、天草は全身総毛立つのを感じた。

 足が震える。喉が小刻みに痙攣けいれんして、言葉を発する事が出来ない。

 影は尚も語りかけてきた。

『さあ行こう瞳。迎えに来たよ』

 天草はぎゅっと目を閉じた。首を振り、必死で否定する。

(違う、私は、あなたとは違うんだ……!)

『知っているんだぞ、瞳。お前は本当は、恐れているんだ』

(違う、違う、誰か、誰か助けて……!)

 天草はもがくように首を振った。

 その時である。

 ピーピーと、激しいさえずりが聞こえる。

 はっとして正気に戻ると、眼前でこちらに手を伸ばす黒い影があった。

「!!!!!」

 天草は咄嗟に腰のハンドガンを抜いた。

 影は驚いたように飛び離れる。

「こ、これは一体……?」

 天草の肩にアマビエが着地し、ピヨピヨと怒ったように影を睨んでいる。

 もう一方の肩には、小さなキツネが飛び乗ってきた。

「危ないとこやったな、姉ちゃん!」

「コンちゃん、来てくれたんだ」

「黙って出て行くんやないで。それよりお前、何者や! さっきまで気配もせなんだのに、急に邪気が濃くなって」

 騒ぎを察知したのか、狛犬や牛も集まってきてくれた。

「なんじゃいこいつ、仲間が見張っとったのにな」

「どウシしたら入り込めたのでしょう」

『……ちっ、神の手先どもめ……!』

 悔しげに呟くと、影は次第にはっきりした人の姿に変わっていく。

 それはあの女性秘書官であった。

 髪を頭の横で結んでいたが、首筋にはあざがくっきりと浮かび上がり、薄赤く不気味な光を放っていた。

「あなた、どうして……」

 そこで天草の隣に、長身の女性が並んだ。

 全身黒いスーツ姿。長い黒髪をうなじで結び、手には大きな太刀を携えている。

「鳳さん……」

「遅くなって申し訳ありません。急に邪気が現れたので、慌てて参じた次第です」

 鳳は油断なく相手を見据えながら言う。

「恐らく傀儡かいらい術ですね。あのあざが術のアンテナで、あれを通じて操っています。操者そうじゃは、地下にいた魔族の一人でしょうか?」

『……全神連のボンクラにしては勘がいいな。あの時は、焔様や燐火様の前で恥をかかせてくれた』

 秘書官はそう言って笑みを浮かべるが、声はもう人ならぬ響きに変わっていた。

 彼女の背後の景色が揺らぐと、更に複数の人物が現れる。

 彼らは皆、避難区で見かけた人々であったが、やはり首元に痣を有していた。

 やがて一人の痣が赤く輝くと、光は別の人物の痣へと吸い込まれる。

 元の人物は、痣を失うと同時に目を閉じ、糸の切れた人形のように倒れ伏した。

「見つかりそうになれば、別の体に移動するのですね。普段は多数に分かれ、邪気を薄めて感知を逃れ……いざとなると術同士が合体して強い力を発揮する…………道理で特定の人物を追いかけても、内通者を見つけられないわけです」

『そう、熊襲御前くまそごぜん様の作られた術だ。今の神人なら気付かれるだろうが、貴様ら程度なら気取られずに済むからな』

「……で、こそこそ人質でもさらいに来たのですか? 随分と古典的ですね」

『効果的だから古典になるのだ。この女もそうだろう。貴様が攻撃できないのが何よりの証拠だ』

 魔族の言葉に、鳳は首を傾げた。

「……いえ、もう攻撃しておりますが」

 鳳がかつん、とコンクリートを踏みしめた瞬間、相手の周囲に青い光の魔法陣が現れた。

『ぐ、おおおおおっ!!?』

 魔族は……魔族が憑依ひょういした者は、苦悶くもんの叫びを上げてのどきむしるが、やがて膝をついてしまった。

 鳳は長さ10センチ程の太い針を取り出す。

「少し広めに投げておきました。お気に召しましたか?」

 下を見ると、魔族を取り囲むように同じような針がいくつも刺さっている。

『そんな簡易の霊具で、こんな……』

「どうせ仕掛けてくると思いましたので、一帯に結界の基礎を築いておいたのです。後は力を上に引っ張ってくるだけ。針は単なる誘導ですよ」

 鳳はそう言って、少し冷たい眼差しで見下ろした。

『く……くはははっ……さすがは紀伊きいに名高い鳳の一族、抜け目がない』

 相手はそう言って口元を緩める。

『…………だが残念。御前様の方が、やはり上だ』

 次の瞬間、彼らの痣が猛烈に輝いた。

 赤い邪気が立ち昇り、彼らの体から抜け出ると、猛烈な勢いで渦巻き始めた。

 港湾部の高強度コンクリートを割り、破片を次々巻き上げている。

「何じゃいこの術、こっちの結界があるのに!」

 狛犬が叫ぶと、牛も同意した。

「そうです! こんな強力な技、どウシたら使えるのでしょう!」

「ただの呪詛やない、邪神の術やで!」

 キツネの言葉が終わるかどうかのうちに、同様の赤黒い邪気の渦が、次々彼方に浮かび上がった。

 大小遠近を問わず、同様の術が多数仕込まれていたようだ。

「手分けして追いかけるで!」

 神使達が追おうとするが、鳳がそれを制した。

「騙されないで、術のコアはこっちです!」

 鳳の言う通り、赤黒い渦は次々港湾部に集結していた。

 そして渦の中に、多数の子供達が浮かんでいたのだ。

 皆一様に怯えた顔で、助けを求めるようにこちらを見た。

 彼らの周囲には、ぬいぐるみのようなものが沢山舞い上がっている。

『……そろそろ時間切れだ。こいつらはいただいていく……!』

 赤黒い渦の一つが言葉を発すると、渦はどんどん合体していく。

 それはやがて硬質化し、巨大な百足のような姿に変わった。

 百足が身をひるがえすと、宙に浮かぶ子供達は、百足の体に吸い込まれていく。

「2段構えかいな! 滅茶苦茶高度な術やで!」

 キツネが悲痛な声で言った。

 天草にそんな術の知識はないが、目の前で起きている事ぐらいは分かる。

 人を操り工作する……それが失敗すれば、その時点で別のスイッチが入り、人質を連れ去ろうとしているのだ。

 百足は邪気を立ち昇らせながら、コンクリートの破片を踏みしめる。そのまま駆け出そうとしているのだろう。

 鳳が、そして神使達が、天草の左右から飛び出す。

 天草も、ほとんど反射的に動いていた。

 無茶は承知。でも子供達の悲しげな目が、頭から離れないのだ。

 自分はあの顔の人々を守るために、戦いに身を置いたのだから。

 天草は転びそうになりながら、必死で百足の体にしがみついた。

 鳳も、神使達も驚いた顔をしている。

「天草さん、あなた何を!?」

「姉ちゃん、無茶やで!」

 次の瞬間、百足から猛烈な光が発せられ、天草は暗い闇の中にいた。

 百足の体内に吸い込まれたのだろうか。

 やがて体が猛烈に加速するのを感じた。

 その感覚は、あの姫君が使った、空間を渡る術とよく似ている。
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