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~エピローグ~ 魔王の胎動
ディアヌスは弱っている
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突如舞い込んできた情報に、第4船団は混乱していた。
予想外に、近畿地方一帯にまで晴れ渡った空……ほとんど一切の邪気霧の無い状態で、人々は初めて知ったのだ。敵軍の現状を……そして魔王の本拠地を。
魔王・ディアヌスの巨大な体は、今は琵琶湖に横たわっていた。
だがその巨躯は、どうも傷付き弱っているように見える。
背には傷口があり、そのせいか湖面は赤く染まっていた。
更に周囲には、わずかな餓霊しか居合わせなかった。まさか幽鬼兵団が破れると思わなかったのか、護衛がほとんどいないのである。
あたかも少数の供回りのみで本能寺に寄宿した織田信長のように、絶対的王者の油断なのだろうか。
それはごくごく短期間、時間にして数分程の出来事であり、すぐに近畿地方は再び邪気霧に覆われた。見られたくない物を見られたせいかも知れない、と人々は勘ぐった。
「……どういう事なの? ディアヌスの本体は、既に弱ってたって事?」
旗艦の指揮所で映像を睨んでいた紅葉は、戸惑いながら呟いた。
「分かりません。しかし周辺にいた餓霊が、急速に集結しているそうです。魔王を守ろうとしているのでしょうか」
解析班の兵士が、戸惑いながら情報を分析、次々画面に表示していく。
確かに霧が晴れた時、周辺地域の餓霊は琵琶湖方面に移動していた。まるで主人を守るため、慌てて駆け戻っているかのようだ。
同様の混乱は、第2船団でも起こっていた。
ディアヌスが弱っており、敵がそれを守るように移動している。だからチャンスは今しかない……そんな意見が飛び交っていたのだ。
「……確かにチャンスだ。本当に魔王が弱っているならば、だが」
健児は迷った。
勿論あの映像は本物だ。周囲の敵の移動もそれを裏付けているようだ。
ディアヌス本体は弱っていて、だからこそ餓霊や分身に戦いを任せていたし、この数年間、本体が姿を見せなかった……そう考えれば筋は通っている。
考えてみれば、自分達がディアヌスと出会い、明日馬が命を落としたあの日、こちらは散々に蹴散らされた。殺そうと思えば容易なはずが、なぜディアヌスは追撃しなかったのだろう。
弱すぎて興味が無かったのか、それとも深手を負っており、追撃したくなかったのか。
「どうしたらいい……?」
健児は思案するが、彼の考えを待たず、続々と連絡が飛び込んで来た。
「す、すみません船団長。船団経団連からも、攻めるべきだと提言されています」
「何だって……どんだけ気が逸ってるんだよ……!?」
健児は驚き、急ぎ第4船団に連絡を取った。
画面に映る紅葉は、健児を見るなり訴えかけてくる。
「健児……じゃないっ、船渡さん。そちらも同じ!?」
「ああ、かなり盛り上がってる。スポンサーからの突き上げが酷くて」
「こっちもね。一般兵も巻き込んで、かなり興奮状態になってるわ」
紅葉はかなり不安げだった。
「ほんとに魔王が弱ってるなら、今しかないわ……ここを逃せば、もうチャンスは無いかもしれない……」
「確かにそうだが……」
健児も悩むが、そこで更にとんでもない情報が飛び込んできた。
秘書官が部屋に駆け込むなり、急ぎ健児に報告する。
「何、既に出撃している!?」
健児は思わず身を乗り出し、体の痛みに顔を顰めた。
「だ、誰が命令を出したんだ?」
「分かりません、現時点では不明です。佐渡島の戦力を始め、複数の部隊が若狭湾に向かっています。上陸次第、琵琶湖を目指すようです」
その間に画面の向こうでも同様の事態が起きたようだ。
紅葉は戸惑いながらこちらに告げた。
「こ、こっちの余剰戦力も、隠岐諸島の本隊も動き出してるみたい。指揮系統が無茶苦茶ね」
「どういう事だ……!?」
健児が悩んでいると、画面に複数の人物が映った。先の報告にあった船団経団連……つまり、かねてから船団を支援し、資金や物資を提供している重鎮達である。
彼等は開口一番に言った。
「ディアヌスを攻撃したまえ、船戸くん。チャンスは今しかない」
「し、しかし……」
健児が言うと、彼等は機械のように繰り返した。
「攻撃したまえ。これが結論だ」
「そうだ、攻撃したまえ」
通信はそこで打ち切られた。
彼等の首筋には、何か黒い痣のようなものが見えた気がしたが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
既に周囲の人々も、末端の兵士までもが浮き足立っている。
まるで熱にうかされるように、人々は異様な熱気を帯び、魔王との戦いに引き寄せられていくのだ。
予想外に、近畿地方一帯にまで晴れ渡った空……ほとんど一切の邪気霧の無い状態で、人々は初めて知ったのだ。敵軍の現状を……そして魔王の本拠地を。
魔王・ディアヌスの巨大な体は、今は琵琶湖に横たわっていた。
だがその巨躯は、どうも傷付き弱っているように見える。
背には傷口があり、そのせいか湖面は赤く染まっていた。
更に周囲には、わずかな餓霊しか居合わせなかった。まさか幽鬼兵団が破れると思わなかったのか、護衛がほとんどいないのである。
あたかも少数の供回りのみで本能寺に寄宿した織田信長のように、絶対的王者の油断なのだろうか。
それはごくごく短期間、時間にして数分程の出来事であり、すぐに近畿地方は再び邪気霧に覆われた。見られたくない物を見られたせいかも知れない、と人々は勘ぐった。
「……どういう事なの? ディアヌスの本体は、既に弱ってたって事?」
旗艦の指揮所で映像を睨んでいた紅葉は、戸惑いながら呟いた。
「分かりません。しかし周辺にいた餓霊が、急速に集結しているそうです。魔王を守ろうとしているのでしょうか」
解析班の兵士が、戸惑いながら情報を分析、次々画面に表示していく。
確かに霧が晴れた時、周辺地域の餓霊は琵琶湖方面に移動していた。まるで主人を守るため、慌てて駆け戻っているかのようだ。
同様の混乱は、第2船団でも起こっていた。
ディアヌスが弱っており、敵がそれを守るように移動している。だからチャンスは今しかない……そんな意見が飛び交っていたのだ。
「……確かにチャンスだ。本当に魔王が弱っているならば、だが」
健児は迷った。
勿論あの映像は本物だ。周囲の敵の移動もそれを裏付けているようだ。
ディアヌス本体は弱っていて、だからこそ餓霊や分身に戦いを任せていたし、この数年間、本体が姿を見せなかった……そう考えれば筋は通っている。
考えてみれば、自分達がディアヌスと出会い、明日馬が命を落としたあの日、こちらは散々に蹴散らされた。殺そうと思えば容易なはずが、なぜディアヌスは追撃しなかったのだろう。
弱すぎて興味が無かったのか、それとも深手を負っており、追撃したくなかったのか。
「どうしたらいい……?」
健児は思案するが、彼の考えを待たず、続々と連絡が飛び込んで来た。
「す、すみません船団長。船団経団連からも、攻めるべきだと提言されています」
「何だって……どんだけ気が逸ってるんだよ……!?」
健児は驚き、急ぎ第4船団に連絡を取った。
画面に映る紅葉は、健児を見るなり訴えかけてくる。
「健児……じゃないっ、船渡さん。そちらも同じ!?」
「ああ、かなり盛り上がってる。スポンサーからの突き上げが酷くて」
「こっちもね。一般兵も巻き込んで、かなり興奮状態になってるわ」
紅葉はかなり不安げだった。
「ほんとに魔王が弱ってるなら、今しかないわ……ここを逃せば、もうチャンスは無いかもしれない……」
「確かにそうだが……」
健児も悩むが、そこで更にとんでもない情報が飛び込んできた。
秘書官が部屋に駆け込むなり、急ぎ健児に報告する。
「何、既に出撃している!?」
健児は思わず身を乗り出し、体の痛みに顔を顰めた。
「だ、誰が命令を出したんだ?」
「分かりません、現時点では不明です。佐渡島の戦力を始め、複数の部隊が若狭湾に向かっています。上陸次第、琵琶湖を目指すようです」
その間に画面の向こうでも同様の事態が起きたようだ。
紅葉は戸惑いながらこちらに告げた。
「こ、こっちの余剰戦力も、隠岐諸島の本隊も動き出してるみたい。指揮系統が無茶苦茶ね」
「どういう事だ……!?」
健児が悩んでいると、画面に複数の人物が映った。先の報告にあった船団経団連……つまり、かねてから船団を支援し、資金や物資を提供している重鎮達である。
彼等は開口一番に言った。
「ディアヌスを攻撃したまえ、船戸くん。チャンスは今しかない」
「し、しかし……」
健児が言うと、彼等は機械のように繰り返した。
「攻撃したまえ。これが結論だ」
「そうだ、攻撃したまえ」
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彼等の首筋には、何か黒い痣のようなものが見えた気がしたが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
既に周囲の人々も、末端の兵士までもが浮き足立っている。
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