精霊娘 いつの世も精霊の悪戯には敵いません

神栖 蒼華

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3 予想外の事態2

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「姫様?」
「うっ、くっ……」
「どうなさったのですか?」

 突然苦しみ出したシャンリリールに、ライラが慌てて席から立ち上がり近寄る。
 シャンリリールは軋むような体の痛みに、自分の体を抱きしめて耐えることしか出来なかった。

「……ッ」
「姫様!」

 叫びたいほどの痛みをどうにか耐えて、失いそうになる意識をどうにか保っていると、徐々に痛みが引いてきた。

「───!?」

 ライラが息を吞む音が聞こえた。
 そこでやっと目を開けて、状況を確認することができた。
 そういえばライラが呼びかけていたことを思い出して、心配ないことを伝えようとライラに目を向けると、目を見開いてシャンリリールを凝視していた。

「ライラ?」
「………」
「どうしたの? さっきは凄く苦しかったけれど、今は何ともないから心配しなくても大丈夫だよ。いきなり苦しくなったのにはわたしも驚いたけれど、今は噓のように痛みも苦しみもないから」

 あれ?
 話していて何となく違和感を覚える。
 自分の声はこんなに高かっただろうか。まるで子供の声みたいだ。
 それにライラが随分と背が高いような気がする。まあ、立ち上がっているからそう見えるだけなのかもしれない。
 いまだにまったく反応しないライラの様子が普段とは違っていて、シャンリリールは心配になって手を伸ばす。

「……えっ?」

 自分の視界に入った自分の手を見て、シャンリリールは言葉を失う。
 違和感どころではない。明らかにおかしかった。
 自分の手がどう見ても自分の手には見えなかった。いや、先程まで見ていた自分の手とは違っていると言えばいいのか。どう見ても子供の手の大きさしかなかった。

「姫様……で、いらっしゃいますよね?」
「……うん」

 ライラは確認するかのように、シャンリリールから目を外さずに問いかける。

「体以外に変わったところはありますか?」
「ないと思う」
「痛いところも苦しいところもありませんか?」
「ないよ」
「そうですか。よかったです。あまりにも苦しんでいたので急性の病気なのかと心配しました」
「そういうのはなさそうだよ」

 視線を下げて自分の体を見る。
 手同様、足も小さく細く、胴体も子供の細さになっていた。
 先ほどの痛みや苦しみは体が縮んだことによるものではないだろうか。
 というか服がぶかぶかで、下を向けばおへそまで丸見えだった。肩からずり落ちそうになる服を慌てて両手で押さえる。

「ライラ。着られる服あるかな?」
「すぐに用意します。といっても子供用の服は持ってきていませんので、どこかで調達しなければならないでしょうが」
「……そうだよね。というかどう説明すればいいかな? 小さくなっちゃいました、じゃ通用しないよね」
「そうですね。ゲルギ達は信じるとは思いますが、フィナンクート国の方たちは難しいでしょう」
「そうだよね……。体、すぐに元に戻ると思う?」
「戻るかもしれませんし、戻らないかもしれません。今は最悪の場合を想定する必要があると思います」
「そうだね……うーん、わたしとライラは勝手に動き回れないから、ゲルギ達に原因を調査してもらうとして。すぐに体が戻らない場合、婚姻の儀の日程は延期できないし、ここまで来て結婚しないということもできない。そんなことになったら国家間の友好関係が破綻しかねないもの。そんなことになってはいけないし、したくもない。と、いうことはシャンリリールが予定通りに婚姻の儀にいかなければならない。18歳の体のシャンリリールが……」

 もう一度自分の体を見る。
 今のシャンリリールはどう見ても子供にしか見えないだろう。

「ライラ、わたし何歳くらいに見える?」
「8歳くらいでしょうか」
「この姿のまま18歳といっても無理だよね」
「それは難しいでしょう」
「……あっ、というか1年前にエぺルト国王陛下とお会いしてるから、この姿ではどっちにしても無理だった」

 18歳のシャンリリールか。
 ふと、目の前のライラと目が合う。
 視線が絡まった瞬間、同じ考えに思い至ったと確信した。

「しばらくの間、ライラと立場を交換してもらってもいいかな?」
「それしか方法はないでしょうね」
「どうにもならなかったら、わたしからエぺルト国王陛下に正直に伝えるから。それまでの間お願い」
「かしこまりました」

 ライラと顔を合わせて頷きあった後、具体的にどうすればいいのか考える。
 フィナンクート国にはシャンリリールがちゃんと嫁いだと国内外に知られなくてはならない。
 事実見た目は8歳でもシャンリリールは嫁ぐ気持ちで来ているのだから、噓をついているわけでもない。
 シャンリリールが考えている間に、ライラがどんどんと具体案を提案してきた。

「顔はベールで隠せば大丈夫でしょう。理由は体調不良のため、顔色が悪いのを見られるのは恥ずかしい、ということで通してしまいましょう。幸いなことに私の姿はまだフィナンクート国の方たちに見られてはいません。ですから8歳の姫様が侍女だと言っても大丈夫だと思います。ただ、声だけはごまかしようがないので、体調不良のため声も出し辛くなったという事にして、私は声を出さないことにします。そして姫様に代わりに話していただくということでどうでしょうか。子供の声なので気づかれることもないと思います」
「そうだね。それでいこう」

 2人で頷きあうと、ライラの視線がシャンリリールの服で止まった。

「すぐに侍女服を手直ししますのでお待ちください」
「わかった」

 ライラは自身が座っていた椅子の下から予備の侍女服を取り出すと、丈を詰め、余りそうな布の部分を折り返して縫い、あっという間に子供丈の侍女服が完成した。

「姫様。不安定な馬車の中ですが、着替えをお願いします」

 手渡された侍女服を頭から被り、前ボタンをとめる。あとは首元にスカーフでリボンをつくりエプロンを付ければ完成だ。
 着ていたドレスをライラに渡すと、ライラは着ていた侍女服を脱ぎ、器用にドレスを身に着けた。
 そして、ライラはショールとして持ってきていた刺繡の綺麗なものをベール用に加工し始める。
 幾ばくもしないうちにベールも縫い終わり、ライラは自身の髪を簡単に結うと、ベールを被った。

「いかがですか?」
「顔の判別はできないね。これなら大丈夫そう」

 顔の輪郭がわかるくらいで、目の色などはわからないくらいベールの刺繡密度が高かった。

「姫様も髪を結えば、可愛らしい侍女の出来上がりですね」
「そう……あ、侍女に対して姫様呼びはよくないよね」
「そうですね。侍女の時の呼び名はどうしますか?」
「うーん。あまりにも違う名前だと反応できないから、……リリにする」
「わかりました。リリ、頑張りましょうね」
「はい、姫様」

 姫として、侍女としてのやりとりすると同時に2人で吹き出す。
 昔も同じように入れ替わって遊んでいたことを思い出した。
 ライラといると、どうにかなるような、不思議と不安を感じることがなかった。


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