終わりと始まりに嗤う

イチ力ハチ力

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角笛

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「つまらない」

 沢渡サワタリ凛は、目の前で行われている光景を眺めながら気怠そうに呟いた。

 彼女の目の前では、国会議事堂衆議院議場では、与野党が唾を飛ばしながら、お互いに向かって汚い言葉を投げつけていた。

 内閣総理大臣の警護の為に仕方なくこの場にいる凛は、政治に興味もなく酷く退屈していた。

 国の在り方を議論する場に、こんな自分がいること自体、彼女自身が納得していなかった。

 そもそもSPという肩書は実際のところ、この場に堂々と居るための名分として持たされているだけであり、彼女はそもそも“警護”と言うことにさえも、以前として納得していなかった。

 七々扇ナナオウギ局長に狩川首相の護衛を命じられた凛だったが、どうにもやる気がでなかった。それは、誰が狩川を狙っていようとも、自分が護衛する必要はないと感じており、実は七々扇局長も同意見である。

 護衛より強い人物に対し、護衛する必要がどこにあるのか。

 凛でなくとも疑問を持つだろう。それに加えて、この目の前で見せられるこれらの醜い茶番である。

 そこで、あとどれくらいこの場所に居なければならないのだろうと腕時計に目をやると、自然に凛の顔が微笑みと変わる。

 その微笑みはまさに恋する乙女の魅惑の微笑であり、議員達の中で少なくない数が、凛の表情に頬を染めている。

 彼女は退屈だと感じるときは、自分の腕時計を見ることで、心に幸福感を満たす事にしていたのだ。

 世界で最も愛する者から贈られた腕時計は、最早身体の一部であり、今となっては唯一の自分と兄との絆を感じることができる物だった。

 どれほど退屈で面倒な任務であったとしても、これ腕時計を見つめるだけで乗り越えることが出来た。ただし副作用として、ただでさえ人を惑わすには十分な容姿が、さらに凶悪さを増すのだが。

『おい、凛。この場の様子は、国民に向けて生中継されているんだ。議員達のだらしない顔が国民に見られる。お前のその節操のない発情顔を、今すぐやめろ』

 イヤホンから鋭くそして重い声が凛に届くと、凛は舌打ちをしながら目線を腕時計から外し、その声の持ち主の後頭部を睨みつけた。

 しかし表情は先ほどの緩んだ頬でなく、名は体を表すとでもいうかのような、凛としたものに変わっていた。

 自身に向けられる苛立ちを乗せた凛の視線を、何事もなかったかのように微動だにせず無視する狩川に対し、再び舌打ちをしようとした凛であったが、その行動の先でも読んでいたのか、狩川は凜に対してのみに刺すような殺気を放ってきた。

 なぜ自分に一瞥もむけず、その上で正確に射貫くような殺気を向けることが出来るのか。

 凜は半ば呆れながら、その場で嘆息を吐くと、猫をかぶる様に姿勢を正した。

 狩川は、凜が大人しくなった気配を感じ取ると殺気を収めた。自分の護衛に行う所業ではないが、凜は普通のSPではない。

 自分と同じ帰還者オリジンであり、“八咫烏ヤタガラス”より派遣された守護者として、この場にいるということを考慮すれば、凜に対する狩川の言動は特段おかしい訳でもなかった。

 しかし狩川もまた、凜の様に無遠慮に態度には出さないが、いい加減に辟易していた。

 進まない議論、先送りされる問題、不毛な揚げ足取りに足元を掬われる者達。

 質実剛健を絵に描いたような男である狩川正一は、そのような者たちに対して常々怒りと失望を抱いていた。

 だからこそ、今日もまたこの調子なのかと呆れた狩川だったが、少しの違和感を感じ、自然と周囲に対して気を張り巡らせた。

 この時に感じた違和感を説明しろと言われたところで、狩川本人も明確に説明することは難しいだろう。

 何故ならこの時に感じた違和感は、この世界に生きとし生けるもの全てが、この世界の誕生より誰も感じたことのない違和感であったのだから。



 国会議事堂の上空からは、これから起きることに天が哀しみ、まるで涙するかのように静かな雨が、止めどなく降り注いでいた。

 そんな天の涙を避けるように、上空の一部の空間は、雨の雫が硝子の球の表面を雫が垂れるような、不自然な水の流れを作っていた。

 注意深く空を見ている者がもしこの場に居たとしたら、国会議事堂の上空に丁度二人分ほどの人間が入りそうな程の大きさの空間が、不自然な雨の流れになっていることに気が付いたかもしれない。

 しかし現実にはそのような者は存在せず、誰にも気が付かれることなくそれは空中を浮いていた。そしてその空間の中では、二人の人物がその場所から国会議事堂を見下ろしていた。

「始まったな」

 どこぞの傾奇者のような派手な朱色の羽織袴で着飾り、それとは対極に位置するような武骨な二振りの大刀を腰に携えた天ヶ崎アマガサキ刀四郎は、艶のある長い黒髪を後ろで銀色に輝く紐で括りながら、隣にいるリリスに声をかけた。

「えぇ、そうね。大気中の魔素の濃度が向こうの世界に居た時と同じ……いえ、それ以上に感じるわ。これなら、あの子達も問題無く遊べることでしょうね」

 楽しげな口調で国会議事堂を見下ろすリリスの瞳は、大きく見開き、更には口角も目に見えて上がっていた。

 漆黒のゴスロリワンピースを着こなし、銀髪のツインテールを楽しげに揺らす様は、これより最悪のテロを起こそうとしている人物には到底見ることは出来ない。

 そしてまた、刀四郎も同じく口角が吊り上がり、美しく凛々しい顔が悪魔の顔と見紛うばかりに、その顔は狂気に染まっていた。

 二人とも、周囲の魔素が大量に体内へと取り込まれていく快感に、見事に酔いしれていたのだ。

 そんな中、来るべき時間まで自分も刀四郎も暴走しないように、リリスは刀四郎に向かって話題をふった。

「確かに目立つ格好で来てとリクエストしたのは私だけれど、その恰好は痛いコスプレ野郎にしか見えないわよ」

「しょうがないだろ。あんたんとこの世界と違って、俺の世界じゃ、ジョブによって装備できるものが決まってたんだからよ。サムライが装備できる派手な見た目の装備なんて、こんな感じなんだよ。ただ、コスプレはコスプレでも、中身も衣装も上等品なんだ。このスケベな球体がなくなれば、ド派手に暴れてしっかり絵になってやるさ」

 刀四郎は、自分の目の前にある硝子状の壁を拳で軽く叩きながら、リリスに向かって不敵な笑みを見せた。

 リリスは刀四郎の言葉を聞くと、嘆息を吐きながら呆れていた。

「スケベな球体って、何よ」

「この硝子みたいな壁って、マジックミラーになってんだろ。外から見えずに中からは外が見えて、尚且つ内部の音は外に漏れない仕様って、そんなの色々覗き放題…」

「それ以上言わなくて結構よ。まさか、そんな風に例えられると思わなかったわ。頭痛くなってきた……」

 リリスは、この日の為に錬成した魔道具の使用例を、出歯亀行為に使えると言及され膝が折れそうになった。

 思わず額に手を当て空を仰ぎ見たが、次の瞬間には鋭い視線を国家議事堂へと向けていた。それは刀四郎もまた、全くの同じだった。

 二人の視線は獰猛な猛禽類の如く、国会議事堂の中にいる自身の獲物に真っ直ぐ向いていた。

「奴さん達も、流石に気づいたか」

「えぇ、そうみたいね」

 標的の魔力が揺らいでいる事に気づくと、リリスは詠唱を唱えながら指で空中に魔力を込めた。多重起動魔法を発動させ、亜空間に保管している自らが創り出した錬成物を取り出す為、格納門を国会議事堂の上空及び都内の上空にもいくつも出現させた。

 刀四郎は二振りの大刀を抜くと、両腕でしっかりと握りしめ刀身に魔力を流し始めた。

 そして、二人は自然と瞳を閉じ、申し合わせたかのように同じことを考えていた。

 この世界とは異なる世界で、思うが儘に自らの力を発揮し、己の存在と力を見せつけ、勇者や英雄と謳われた存在であった自分の姿。

 高鳴る鼓動は激しく、数秒後に始まるこの世界の“ことわりの改変”へ挑む二人の心は、烈火の如く燃え上がり、その炎の勢いはもう誰も止めることは出来ない。

 そして国会議事堂の上空で、携帯電話のアラームが鳴り響いた。

 荘厳なオーケストラでもなく、心鎮める鎮魂歌でもなく、単調なそのアラーム音は同時に世界中の異なる場所でも鳴っていた。

 世界の終焉を告げるギャラルホルン角笛のように、その音はただただ鳴り響いたのだった。
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