終わりと始まりに嗤う

イチ力ハチ力

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曲者

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 宙を舞う頭部は、先ほどまで七々扇を七々扇たらしめるモノだったと言って良いモノだ。そして力なく床に倒れる身体もまた、七々扇を七々扇たらしめるモノであった。

 床を朱に染める首と胴体は、物悲しそうに別々として存在していた。そして、それを成した男は大太刀に付着した血糊を、刀を振って取り除くと、そのままの流れで鞘に納めようとしたが、その動作を止めた。

 絵物語の傾奇者のような派手な羽織袴で着飾り、妖気が漂う二振りの大太刀を左腰に携える天ヶ崎あまがさき刀四郎とうしろうは、後頭部で銀色に輝く紐で括り付けられた艶のある長い黒髪を、首を捻った事により優雅に揺らしていた。

 しかし、目の前で、七々扇の碇草に包まれたままの奏雲を眺めること数秒、そして嘆息をつく。

「この花が咲くと、きっとヤバいってことなんだろうが、それがまだ消えていないってことは……つまりは、そういうことだよな!」

  激しく鳴り響く金属音は、刀四郎の首を狙う小太刀を、刀四郎の大太刀が弾いた音だった。同時に、先ほどまで部屋を染めていた朱は蜃気楼かのように消え、床には七々扇が持っていた大剣が、真っ二つになって転がっているだけだった。

「隠形からの初撃って、必中スキルだったような気がするんだけどなぁ? 刀兄とうにぃ、何で防げたのぉ?」

 いつもの“出来る美人S P風スーツ”ではなく、妖艶な忍者の格好であり、無駄に顔が恍惚とし頬を赤らめ、心なしか息も若干荒くなっている凛が、媚びるように刀四郎に声をかけていた。

暗殺者アサシンのそのスキルコンボは、必中であって必殺ではないだろ。それに加えて、俺が持つサムライのスキル“武士もののふの極意”のスキル効果に、”不意打ち無効“があること忘れてるな、凛」

「あぁ、そうだったぁ。暗殺者アサシンの闇討ちスタイルが通用しにくいの、ズルいぃ」

「囮を使ったりして、不意打ち認定させなければ行けるだろ。あのゲームは対人要素がなかったから、PKプレイヤーキルを俺にするには、もう少し工夫が必要だな」

「次は、きっちりるからね!」

 二人の会話は、普通の人が聞けばゲームの話を仲の良い兄妹がしていると思うだろう。しかし、これは現実の話であり、妹が兄を殺そうとしているのもまた事実である。兄もまたそれを異常と思わず、逆に助言のようなものまで与えており、二人の間の雰囲気はゲームを楽しむ兄妹のそれであった。

「凛、そのまま君のお兄さんを任せるからねぇ。手は出さないから、適当に殺し合ってくれると、コッチが楽だから頼んだよぉ」

 その言葉が合図となり、二人は十全に戦うには狭すぎる空間で、まるでボクシングの乱打戦の用な様相で、お互いに至近距離での斬撃戦を始めていた。七々扇は床に転がる自身の変わり身となって真っ二つになった大剣を拾い上げ、刀四郎が斬った断面を指でなぞる。

 半分になっている大剣を、適当に床に放り捨てると、七々扇は目の前の碇草に包まれた奏雲を半眼の目で睨みつける。そして嘆息とともに、右手を前に突き出すと奏雲を包む碇草が再び鎖へと変化し始める。全体的な変化が半分まで来たところで、七々扇の舌打ちが聞こえた。

 次の瞬間には、繭のように包んでいた鎖や碇草が、笑い声と共に粉微塵に弾け飛んだのだった。

「酒でも入ってるんですかい? 笑い上戸にでもなっちまったみたいに見えるほど、大声で叫ばなくても良いでしょうに」

「そう言わないでほしいな、七々扇君。もう我慢する必要などないのだから、これから四六時中酔っているようなものになるのだよ」

 煙草を口にする皺だらけのコートを着る男とは対照的に、右腕に大仰な大剣を持ち、全身鎧に身を包む騎士は、大袈裟に両手をまた広げ、楽しげに笑いながら告げた。

 不思議と、顔を完全に覆う兜により顔は見えないはずであるのにも関わらず、七々扇にははっきりと奏雲の嗤う顔が、幻視出来ていた。

「さて、魔道具によって完全に刀四郎君は、気配を消していた筈だったのですが、今の状況を見るに気づいていたようですね。私と珠緒、というと怒られるのでリリス珠緒が合同で造った【気配遮断ローブ】は、君の“碇草“の能力を騙すことは出来ませんでしたか。残念ですが、改良の余地が見つかったということは喜ばしいことです」

「錬金術師と鍛治師が揃って悪巧みとは、ぞっとしませんねぇ」

「生産系の帰還者オリジンは、正直チートと呼ぶに相応しい力をこれから発揮しますよ」

「そんなことは、見れば分かりますし、よく知ってますよ」

 奏雲が纏う全身鎧と大剣を注意深く観察する七々扇は、ゆっくりと煙草の煙を吐き出すと、煙草を指で挟んだままの右腕を、奏雲に向けて突き出した。すると再び、七々扇の影から鎖が飛び出してきたが、先程と異なるのは先端が尖っており、まるでやじりのようになっていた。

「全く貴方は、やる気の無い様な顔をしてる癖に、えげつない事を!」


 先程と異なり全身を鎧で覆われている筈の奏雲が、焦りと苛立ちを含む声で悪態をつきながら、手に持つ大剣で迫る鎖に応戦し始めた。背後では暗殺者と侍が超接近戦を繰り広げ、正面では全身鎧が鏃付き鎖と激しく応戦している中、七々扇は相変わらず煙草を吸うのであった。

 目の前で全く変わらずの態度を取り続ける七々扇を見ながら、奏雲は顔を覆う兜の中で思わず苦笑していた。

「本当に、やりにくい男だよ。七々扇君」

 マジックバックから取り出した“魔法の鎧”を瞬時に装着することで、七々扇の“碇草”が持つ能力の一つである【魔力吸収】を防いだのは奏雲の計算通りだった。しかし、すぐさま七々扇が“魔法の鎧“の弱点である物理攻撃に、攻撃手段を瞬時に切り替えたことに、素直に感嘆していた。

「すぐさま、コレの特性を気付いちまうんですか。一筆所長って本当に生産系ですかね? まったく、面倒ったりゃありゃしない」

 愚痴でも吐くように、七々扇は自身の鎖の鏃の部分を正確に斬りつける奏雲の姿に呟いていた。先程、凛が発動した【身代わりの術】で使用した大剣は、いとも簡単に刀四郎に切断されていた。これが首なら、七々扇は床で転がっていた訳である。

 切断された断面を観ると、只の鉄で出来ており、魔物の素材は組み込まれていなかった。

「まぁ、この世界にそんなのがホイホイいて貰っても、困っちまうんで助かりましたよ」

  七々扇の作り出した鎖の形状を変化させた鏃は、奏雲の持つ大剣と異なり破損しても、すぐに修復されていた。それに比べ、奏雲の振るう大剣は徐々に刃こぼれが目立ってきていた。術者の魔力に依存した強度のやじりと鉄を鍛えただけの強度では、雲泥の差が出てしまう。

「早くここから去りたいんだけど、せっかく七々扇君が誘いに乗ってくれたんだ。このままって訳にも行かないんだなぁ、これがさ」

 いつの間にか奏雲の手の中には、黒い球体が握り締められており、それはほんの一瞬の出来事だった。七々扇の呻き声とともに、七々扇が吐血していた。

「局長⁉︎」

 珍しい七々扇の苦しげな声に、凛の焦る声が部屋に響いた。

「この均衡を崩すのは、良く無いなぁ。凛!」

 刀四郎の叱責とも取れるような声とともに、凛の肩には刀四郎の刀が突き刺さった。声にならない様な痛みが凛を襲うが、歯を食いしばり耐えると、心臓の当たりから血を流しながらも立っている七々扇を抱き寄せると、すぐさま自分の影の中に沈み始めた。そして数秒もしないうちに、二人は完全に影の中に消え失せたのだった。

「刀四郎君、追撃はしなくて良かったのかい?」

「凛も馬鹿じゃないからな。“影落ち”の最中は、反撃スキルを発動させている上に、暗殺者アサシンには、特殊条件からの必殺スキルってのもある。特に暗殺者アサシンの癖に、誰かを庇う、助ける、逃がすって時は、注意が必要なんだよ」

 大太刀を腰の鞘に収めると、魔力切れを起こしている顔色の悪そうな白衣の男を見て、刀四郎は呆れ顔をしていた。

「そんな顔をしないでくれるかな。私は文字通りに鍛治師で、生産職なのだから。七々扇局長を仕留め損なったのは、仕方のないことではないんじゃないかな。しかし、彼の魔力は暫く封印する事には成功したのだし、彼が力を取り戻すまでは、少なくとも八咫烏の追っては来ないだろうしさ」

「相手の魔力の封印と引き換えに、自分の魔力も封印されちゃ世話ないと思うがな。でもま、それほどの男となれば、仕方ないか」

「あぁ、彼が十全に力を発揮されると、やっかいどころではないからね。強かで賢く聡い、それでいて我々闇堕人アビスへの怨念とも言える感情を持つ強者だからね。彼相手に油断は一つも出来はしな……」

「ん? どうし……」

 突然、言葉を呑み込んだ奏雲に対し、怪訝な表情を浮かべた刀四郎は、言葉を口から出し切る前に、突然の爆炎に包まれたのだった。


 重要文化財である旧邸が見事なまでに轟々と燃える様子を、顔だけ振り返り見ながら凛は、背中に七々扇を担ぎ病院に向かって走っていた。先程まで降っていた雨は、一先ずその雫を止めていた。

「いざとなったら、文化財とか関係無いわよね」

 七々扇は、鎖を影から奏雲に向ける際に、凛にいくつの鎖を隠形の術で不可視にさせる連携をとっていた。そして、部屋の至るところに不可視化した小型の爆弾を設置していた。

 その爆弾は、込める魔力によって威力が調整出来る代物で、本来の威力であれば、地下室から本邸まで包み込む炎の柱を生み出す程の、威力は無いはずだった。

 七々扇は、日中に一筆紫音しおんから電話で、これまでの魔導具が魔素が満ちる世界において、性能が著しく異なっている可能性を聞いていた。そして夕暮れに、“名前の無い研究所”から都内へと戻ってくると、“八咫烏”の武器庫へと足を運んだ。

 そこで魔力を込めて爆発させるタイプの小型爆弾を手に持ち、自身の魔力を込めた。その時は、策の一案として用意していただけであり、流石にあれほどの威力を発揮すると見越していたわけではなかった。

「……すまんね……ちょっと、とまってくれる?」

「心臓貫かれたように見えたけど、生きてるとは大概ね」

「お互い様でしょ……結構痛いんだよなぁ、コレ。それにしても、凄いなぁ。紫音君に早めに連絡入れないと、不味いねこりゃ」

 旧邸から数百メートル離れた場所からでも、煌々と燃え上がる炎が確認出来た。七々扇は、頭を掻きながら、コートのポケットから小瓶を取り出すと、栄養ドリンクでも飲むかのように喉に流し込んだ。

「何かされたと思ったけど、これは魔力を封じられたっぽいなぁ。また、面倒な事をしてくれたよ、全く」

 嘆息しながら煙草に火をつけると、深呼吸でもするかのように肺へと紫煙を送り込む。既に凛が自分を含めて七々扇も隠形状態になるようにスキルを発動させている為、七々扇は慌てることなくその場で座り込み、回復薬が身体を修復するのを待っていた。

「それでは“碇草”も、使用不能ということ?」

「その様だねぇ。影に潜る際に、一筆所長の魔力も感じなくなったし、そのへんに仕掛けがあるんだろうけど……取り敢えず、今はそれよりも彼らの状態だけど、此処は凛の索敵範囲という事ってことだよね?」

「当然。ただし、あそこには二人の気配は既に無くなってるわよ。爆発後直ぐに消えた訳じゃなかったから、割とダメージは与えてそうだけどね。少なくとも刀兄は、全方位からの魔法攻撃を防ぐスキルは持っていない筈だし。それに転移のスキルはあるけど、攻撃判定されている時は使用出来ないから、爆炎からの脱出は一筆所長が何か使ったんでしょ」

 凛の言葉に特に表情を変える事なく、煙草の煙を吐き出す七々扇は、右手の掌を見ていた。

「紫音君には悪いけど、一筆所長は殺しておきたかったなぁ」

 ほんの一瞬の事であるが、凛は七々扇の無機質な言葉の中に明確な殺意の感情を感じ取り、背中が寒くなり振り返った。そして反射的に、背後にいたはずの七々扇に対して構えを取らされていた。

「一応、私が君の上司なんだけれども?」

「……それなら、部下の背後で不穏な殺気を、表に出さないで貰える?」

「あ、あぁ、これは失礼。ついね」

 全く悪びれる様子もなく煙草を吸い続ける七々扇に、わざとらしく舌打ちをしながら、再び七々扇に背を向けて周囲の警戒に凛が戻ると、七々扇は携帯を取り出すと本部に居るはずの院瀬見へと電話をかけた。

『りっちゃん?』

「ケイ君、一筆所長の裏切りが確定したから、今日付けで一筆奏雲の持つ研究所所長権限を全て剥奪し、所長解任手続きを早急にお願い。所長の権限は、紫音副所長を所長に承認させることで、全権を彼に移譲させるように頼むねぇ」

『元々、そのつもりだったから、今日の日付が変わるまでに終われるから大丈夫だよ。確保の報告が真っ先にないってことは、殺したの?』

「面目ないが、逃げられちゃったよ。というか、こっちが逃げ出したというのが正確かなぁ。やっこさんの不思議な魔導具で、こっちの魔力を抑え込まれちゃって。あ、凛は全くそういうのは大丈夫。奴さんは、“碇草”が嫌だったみたいねぇ」

 雑談でもしてるかのように七々扇は電話で話しているが、その報告を受ける側の院瀬見いせみけいは、背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。七々扇の全力の魔力解放を見たことがある院瀬見いせみにとって、アレを抑え込められるというのは脅威以外の何物でもなかった。

『りっちゃんの魔力を抑え込める魔導具って、相当脅威なんだけど?』

「まぁ、次は貰わないように気をつけるけど、一筆所長もあの瞬間に魔力が霧散していったから、原理としては理解できるかな。それに効力は、そこまで長くないと思うし」

『そうなの?』

「あっちの世界でも、転移者の魔力を抑えて奴隷化しようとした馬鹿がいたんだけど、結局成功しなかったからねぇ。あとは感覚的なものだから説明は難しいけど、ちょっと瓶の蓋が固くて開かないって感じくらいのイメージかな」

『なに、その例え』

 電話越しにけいが笑っているのが、凛も聞こえていた。二人の気の抜けた会話に嘆息しながらも、凛は凛でどんどん顔がだらしなくなっていく。

 つい先ほど刀四郎と斬り合い、肩を刺された事を思い出し、身体が火照るのがこれ以上ない程に気持ちを昂らせていた。徐々に息遣いが荒くなり、そろそろ七々扇の存在を忘れそうになっていた。

「あ、ケイ君。凛がトリップし始めたから、電話切るよ」

『そしたら、一度こっちに帰ってきてね。魔力が使えない状態じゃ、ちょっと凛だけじゃ危なかっしくて』

「はいはい、わかりましたよ」

 けいの本気で心配している声に苦笑しながら電話を切ると、トリップしている凛の顔面に煙を吹きかけ現実に引き戻した結果、七々扇は顔面に青あざをつくった状態で、その場を後にしたのだった。


「人手が足りないよ、全く」

 電話を切ってすぐ、院瀬見いせみけいは呟く。

 特務機関“八咫烏“本部には、いくつもの大型画面が街の様子を映し出していた。映し出されているのは首都以外にも地方の大都市を含めているが、その画面を映し出す本部司令室には、参謀であり、副局長である青年が一人だけだった。
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