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1.社畜は死に、竜王に喰われる
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夢を見ていた。
けれど、まるで現実のように鮮明な、黒い革張りのソファと、重たい息づかい。
「――律」
誰かが僕の名前を呼ぶ。
低く、喉を震わせるような声音。
耳元に吹き込まれたその一言が、背筋をぞくりとさせる。
(この声……誰だ?)
その“彼”は、目を細めて笑っていた。
だがその笑顔は、どこか壊れていて、
それでいて、救いを求めるような寂しさがあった。
「お前は、俺の番だ。……誰にも渡さない」
──その瞬間、目が覚めた。
(……あの声、どこかで……)
「……え、死んだ?」
瀬名 律(せな りつ)は、目を開けた瞬間、そう呟いていた。
目の前に広がっていたのは、オフィスの天井ではなく、金箔のように煌びやかな天蓋(てんがい)と、なめらかに透き通る青空。
草の匂い、風の音、鳥の声。
どこか懐かしく、それでいて見たこともない空と空気だった。
現実とは思えない世界――いや、それは間違いなく現実だった。
「最後に覚えてるのは……社長室に書類を届けに行って、資料棚の上にあった分厚いファイルが――ああ、あれ……直撃してたのか……」
鈍い痛みは残っていなかった。むしろ、身体は軽く、心なしか肌の感覚まで鋭くなっていた。
そして次の瞬間、律の前に“それ”は現れた。
巨大な影。
空気が震えるほどの魔力を纏い、地を踏みしめる音が大地に響く。
銀の鱗。金の瞳。
一目見ただけで“ただ者ではない”とわかる存在。――竜だった。
(……動けない。足が、すくむ)
その威圧感は、呼吸すら許されないほどだった。
「……また、運ばれてきたか。久々の“異界人”だな」
竜は人語を話した。
それも、ただの言葉ではない。低く、艶を含んだバリトンで、耳にねっとりと絡みつく声。
律は咄嗟に身を引こうとするが、身体が動かない。
「お前、名を?」
「え……? あ、瀬名……律です」
「リツ。名も姿も悪くない。――我が“番(つがい)”にするには、申し分ないな」
「……はい?」
番?
番って、あの“つがい”? 一夫一婦の概念じゃないの? ていうか俺、男だし――
「お前は今、我が王国《ドラグリス》の地に転移した。竜の力が選んだ者は、“代償”として命と役割を差し出す。
お前に与えられた役目はただ一つ――我の番になることだ」
「いやいや、待ってください!? 僕、ただの社畜で、ファイルにぶつかって死んだだけで、そういう覚悟してない――っ!」
律が叫ぶより早く、竜の身体が淡い光に包まれ、次の瞬間――
目の前に、ひとりの男が立っていた。
漆黒の軍服、銀髪、鋭くも艶めいた目元。
威圧的な美貌とともに、異様な色気を放つその男が、律に微笑む。
「我の名はゼル=ドラグリス。――この王国の支配者だ。お前の“竜王”だよ」
そのまま、ゼルは律の顎を持ち上げた。
「顔がいい。怯える声も、いい。身体の震え方も……とてもそそられる」
「や、やめてください……っ、僕、そんなの――」
「安心しろ。痛くしない。最初は丁寧に、ゆっくりと喰らってやる」
「言い方が怖すぎです……!」
だがその恐怖の中に、律はなぜか、
“社長室で見たあの目”を思い出していた。
上司としての威圧感。
それでいて、どこか壊れていて、底なしに優しい支配。
(この人は……僕を壊そうとしてる。でも、同時に――)
「律」
ゼルが律の耳元で、囁くように名前を呼ぶ。
その響きが、まるで契約の魔法のように、身体の芯に染み渡っていく。
「我の番として、生きろ。お前の名も、声も、身体も――すべて、我が喰らい尽くす」
(……ああ、やっぱり僕、また“喰われる”んだ)
でもそれは、最初に社長に抱かれた夜よりも、
もっと運命に近い感覚だった。
そしてその夜、律は王宮の一室で、
“異世界での初夜”を迎えることになる――。
🐉次章予告:第二章「番契約と囁く舌先」
初夜を迎えた律に降りかかるのは、竜王ゼルの執着と濃密な“契印の儀式”。
言葉と身体で支配されるうちに、律は自らの意思で“悦び”を受け入れ始めていく――
快楽と運命の入り口へ。
けれど、まるで現実のように鮮明な、黒い革張りのソファと、重たい息づかい。
「――律」
誰かが僕の名前を呼ぶ。
低く、喉を震わせるような声音。
耳元に吹き込まれたその一言が、背筋をぞくりとさせる。
(この声……誰だ?)
その“彼”は、目を細めて笑っていた。
だがその笑顔は、どこか壊れていて、
それでいて、救いを求めるような寂しさがあった。
「お前は、俺の番だ。……誰にも渡さない」
──その瞬間、目が覚めた。
(……あの声、どこかで……)
「……え、死んだ?」
瀬名 律(せな りつ)は、目を開けた瞬間、そう呟いていた。
目の前に広がっていたのは、オフィスの天井ではなく、金箔のように煌びやかな天蓋(てんがい)と、なめらかに透き通る青空。
草の匂い、風の音、鳥の声。
どこか懐かしく、それでいて見たこともない空と空気だった。
現実とは思えない世界――いや、それは間違いなく現実だった。
「最後に覚えてるのは……社長室に書類を届けに行って、資料棚の上にあった分厚いファイルが――ああ、あれ……直撃してたのか……」
鈍い痛みは残っていなかった。むしろ、身体は軽く、心なしか肌の感覚まで鋭くなっていた。
そして次の瞬間、律の前に“それ”は現れた。
巨大な影。
空気が震えるほどの魔力を纏い、地を踏みしめる音が大地に響く。
銀の鱗。金の瞳。
一目見ただけで“ただ者ではない”とわかる存在。――竜だった。
(……動けない。足が、すくむ)
その威圧感は、呼吸すら許されないほどだった。
「……また、運ばれてきたか。久々の“異界人”だな」
竜は人語を話した。
それも、ただの言葉ではない。低く、艶を含んだバリトンで、耳にねっとりと絡みつく声。
律は咄嗟に身を引こうとするが、身体が動かない。
「お前、名を?」
「え……? あ、瀬名……律です」
「リツ。名も姿も悪くない。――我が“番(つがい)”にするには、申し分ないな」
「……はい?」
番?
番って、あの“つがい”? 一夫一婦の概念じゃないの? ていうか俺、男だし――
「お前は今、我が王国《ドラグリス》の地に転移した。竜の力が選んだ者は、“代償”として命と役割を差し出す。
お前に与えられた役目はただ一つ――我の番になることだ」
「いやいや、待ってください!? 僕、ただの社畜で、ファイルにぶつかって死んだだけで、そういう覚悟してない――っ!」
律が叫ぶより早く、竜の身体が淡い光に包まれ、次の瞬間――
目の前に、ひとりの男が立っていた。
漆黒の軍服、銀髪、鋭くも艶めいた目元。
威圧的な美貌とともに、異様な色気を放つその男が、律に微笑む。
「我の名はゼル=ドラグリス。――この王国の支配者だ。お前の“竜王”だよ」
そのまま、ゼルは律の顎を持ち上げた。
「顔がいい。怯える声も、いい。身体の震え方も……とてもそそられる」
「や、やめてください……っ、僕、そんなの――」
「安心しろ。痛くしない。最初は丁寧に、ゆっくりと喰らってやる」
「言い方が怖すぎです……!」
だがその恐怖の中に、律はなぜか、
“社長室で見たあの目”を思い出していた。
上司としての威圧感。
それでいて、どこか壊れていて、底なしに優しい支配。
(この人は……僕を壊そうとしてる。でも、同時に――)
「律」
ゼルが律の耳元で、囁くように名前を呼ぶ。
その響きが、まるで契約の魔法のように、身体の芯に染み渡っていく。
「我の番として、生きろ。お前の名も、声も、身体も――すべて、我が喰らい尽くす」
(……ああ、やっぱり僕、また“喰われる”んだ)
でもそれは、最初に社長に抱かれた夜よりも、
もっと運命に近い感覚だった。
そしてその夜、律は王宮の一室で、
“異世界での初夜”を迎えることになる――。
🐉次章予告:第二章「番契約と囁く舌先」
初夜を迎えた律に降りかかるのは、竜王ゼルの執着と濃密な“契印の儀式”。
言葉と身体で支配されるうちに、律は自らの意思で“悦び”を受け入れ始めていく――
快楽と運命の入り口へ。
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