【完結】君の声しか届かない〜癒し系配信者は、不器用な美形同級生でした⁉〜

リリーブルー

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番外編(大学一年生、高校時代の放送部女子視点)

黒歴史の話、してもいい?

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 大学一年の春。
 部屋に流れるのは、ゆったりしたカフェジャズ。窓の外は柔らかな陽の光。
 そんな空気の中、柊の部屋でふたり並んで座っていた。

 千歳は、ふと思い出して、口を開いた。

「ねぇ、柊くん。……高校のときの話、してもいい?」

「どれだよ。いっぱいあるだろ」

「二年生のとき……校門で、女の子たちに囲まれてたやつ」

実は、前からずっと気になってた。

なんで、あんなにモテてたんだろうと。

いや、柊くんは、かっこいいから、モテるのは当たり前だけど。

逆に、こんなに超絶かっこいいのに、そこまでモテてないのが、おかしいと思ってるけど。

通学途上で見かけてとか、なのか? と気になっていた。

もしそうなら、またああいう事態にならないように、対策もしなきゃだし。

たとえば、覆面をかぶってもらうとか? 目出し帽とか? いや、マスクしてサングラスして帽子かぶればいいか。

「……」

 柊はソファに沈んだまま、ふっと目を伏せた。

「……俺に、黒歴史の話、させたいのか?」

(黒歴史!?)

ますます興味津々。

なんで、黒歴史なんだろう。モテは、むしろ武勇伝の類なのでは? 自慢とかではないのか?

柊くんほどかっこいいと、女子に人気が出るのが逆に黒歴史になるのかな。謎。

「うん、聞きたい」

前のめりで答える。

「……ほんとに?」

ちょっと、嫌そうな顔。柊くんは、ちょっと嫌そうにしてるときでも、けっこう実は押されたがってたりする。意外とマゾなのかな。なんて。ふふふ。

「うん。あれ、結局なにがあったの?」

 柊は顔をしかめて、ぼそっと言った。

「……動画、出したんだよ。“ひいらぎ”って名前で」

「えっ、動画って……顔出し!?」

 千歳は目をまるくする。

(なにそれ、知らなかった! 僕としたことが! 見たい!)

 柊は観念したようにうなずいた。

「最初は軽い気持ちだったんだ。音響の実験みたいな動画で、俺はほとんど喋ってなかったし。誰も見てないだろって思ってた。……でも」

「バズった?」

「中学の同級生が見つけて、コメントで“○○高校の柊くんじゃん”ってバラした」

「うわぁぁ……」

「最悪だろ?」

「え、コメント欄に、ほかにどんなこと書かれたの?」

「覚えてない……。あ、そうだ、後で訴えてやろうと思って、写真とっておいたのある」

柊は、パソコンを開いて千歳に見せた。

「『中学時代どんなだった?』『中学の頃よりめちゃくちゃかっこよくなってる!』『高校デビューか!』『いや、中学の時もかっこよかったよ~』『ひそかにモテてた。控えめなんだよ』『いいね、控えめ!』『無自覚イケメンってこと?』」

「おい、読み上げるなよ。恥ずかしいだろ」

柊が、クッションに顔を埋めてる。

「コメント欄、すごい盛り上がってるね」

肝心の動画は消してしまったんだろうか。

(柊くんの動画、見たい……)

「そっから拡散して、次の朝には、校門前に女子が並んでた」

「それで囲まれてたんだ……!」

「“連絡先教えて”“LINE交換してくれるって言ったじゃん!”とか、言ってねぇのに……俺、ただ立ってただけなのに」

 千歳はぷっと吹き出した。

「ごめん、笑っちゃいけないんだけど、なんか想像するとすごいね……!」

「ほんと地獄だった。あのときの千歳の母さんの一撃、正直、助かった。あの怒号のおかげで散ってくれたし」

「“小汚いあばずれども!”ってやつね……」

「あれはあれでトラウマだがな」

「でも……柊くんが顔出してたら、そりゃファンつくよ。柊くん、めっちゃかっこいいし」

「彼氏補正、強すぎない? お前のほうこそ、あの時、言われてたじゃん。“柊くんより美形じゃない?”って」

「えっ、よく覚えてるね、そんなこと……」

 千歳がぽりぽり頭をかくと、柊は少し笑った。

「まあ……その後すぐ、動画は全部消した。やっぱ俺、表に出るの向いてない」

「わあ~。やっぱり消したんだぁ? もったいない。見たかった~!」

「そんなに? 俺は、たいして映ってないんだぜ。実験で、音を流してみたかっただけだから。無言でピアノを弾いたり、環境音を流すだけの動画」

「えっ!? ピアノ!? 柊くん、ピアノ弾けるの?」

「うん。一応、芸術系の大学だし」

「し、知らなかった。かっこよすぎる。柊くんがピアノ弾いてる姿見たら、僕、死ぬかも」

「なんでだよ。死ぬなよ」

「死なないから、今度弾いてみせて」

「いいけど」

「どうしよう、想像するだけで、胸が……! 動悸が激しくて胸が……!」

「はいはい」

「どうして動画とっておいてくれなかったの? PCにとっておいてなかったの?」

「どこかにあるかもしれないけど、今は、ちょっと見つからない」

「『2分35秒のあたり、顔がしっかり映ってる!』『画面越しでも“かっこいい”が滲み出てる』『彼氏にしたい』とか『え、誰この美形』殺到してる」
悲しいので、残ったコメントを読み上げる。

「読み上げるなよー。俺はあくまで『音を流したい』だけ。まさか自分が注目されるとは思ってなかったんだって」

「でも、僕は好きだったな、柊くんの声も、ひぃの配信も、きっと顔出ししてても、好きだったと思う」

 柊は少しの間、黙っていたけれど、

「……そっか」

 とだけ、呟いた。

「ね、今度、写真だけでも一緒に撮らない? できれば舞台でも共演したい……」

「まだ言ってるのか。……俺は音響で支えるって、言っただろ」

「セリフなしの役とかでもいいよ。ピアノ弾ける音響の人の役とか」

「俺の実話じゃん」

「ふふ、ドキュメンタリー舞台だ」

「……じゃあさ、千歳が有名になったら、俺の顔もチラ見せくらいは考える」

「ほんと!?」

「そのかわり、取り合いになったらどうすんだよ。俺、また女子に囲まれるの?」

「それは困るなあ……。僕のだからね、柊くんは」

「はは、わかってるよ。……俺も、ほんとうは千歳のこと、誰にも見せたくない」

「……ねぇ、写真、撮ってもいい?」

「いま?」

「うん」

「……なら、顔じゃなくて、手だけな」

 カメラのシャッター音が、小さく部屋に響いた。

 その写真は、後に千歳の机の中で、大事に大事に保管されることになる。

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