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第5章:真実の手前。声を越えて(高校三年生)
第28話「君が君でいてくれてありがとう」
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演劇部では、公演の稽古が始まっていた。
千歳は、一応、部活には顔を出していたが、
出演を保留にしたままで、本格的な稽古には加わっていなかった。
主役の台詞を新二年生の後輩が読んでいた。
小柄だが声量があり、感情の起伏もはっきりしている。
客席から見れば、わかりやすいし、十分に主役を張れるだろう。
(……僕がやらなくても、ちゃんと回るんだ)
胸が、ざらりとした感触で満たされていく。
代わりがいる安心と、居場所が奪われていく焦りが、同時に押し寄せてきた。
顧問が千歳に気づき、声をかける。
「どうする? 保留のままなら、この役はこのまま渡すぞ」
その一言は、想像以上に重く響いた。
譲られていく自分の席。
舞台から遠ざかっていく自分。
(……やっぱり、僕は必要じゃない)
心の奥で、批判的な声がささやく。
それは現実の顧問の声よりも、ずっと鋭く、冷たかった。
――そのとき、別の声を思い出す。
《……君が、君でいてくれて、ありがとう》
毎夜、イヤホン越しに届いた、温かくて包み込むような声。
(僕の中の“ひぃ”……)
柊の中にいる優しい部分。
そして、今は、自分の中から聞こえてくる、あの声。
批判的な声を静かにしてくれる、愛の声。
千歳は小さく息を吸った。
舞台に戻るかどうかは、まだ決められない。
けれど、この愛の声、今や千歳の心の中から聞こえてくる”ひぃ“の声をなくすことだけはしたくない――そう強く思った。
◆
翌日。
後輩は、千歳とは真逆のタイプだった。
感情をそのまま声に乗せる、ストレートで勢いのある芝居。
少し大げさなくらいだが、それがむしろ舞台映えして、見ている側にわかりやすく届く。
見ている千歳は、自分の胸がざわつくのを感じていた。
(ああいう芝居のほうが、きっとウケがいいんだ)
わかりやすくて、はっきりしていて、感情が外にあふれている。
シンプルで、直球で、それが人の心をつかんでいる。
そんなことを考えていたら、顧問の声が飛んだ。
「千歳、どうするんだ? このままじゃ役は渡すぞ」
その言葉が、胸の奥を鋭く突いた。
代わりがきくことはわかっていた。
でも、それを本当に失ってしまったら――居場所がなくなってしまう。いや、居場所だけじゃない。自分の存在意義、存在価値がなくなってしまう気がした。
(……嫌だ)
気づいたら、千歳の口が動いていた。
「……やります。出ます」
顧問は、わずかに目を細めてうなずいた。
「よし、わかった。じゃあ、明日から入れ。代役も混乱するからな」
だが、それからの稽古は、うまくいかなかった。焦りのせいで余計に体がこわばった。
台詞は覚えているのに、感情が上手く乗らない。
早く結果を出さなきゃ、後輩みたいに、大きい声で、わかりやすく、元気に明るく、と力むほど、芝居が硬くなる。
「主役なんだから、もっと自然にやれ」
顧問の声が冷静に響く。
「その調子じゃ、観客は感情移入できないぞ」
たったそれだけの指導が、千歳には鋭い刃のように感じられた。
心の奥で、批判的な声がささやく。
(ほら、やっぱり僕なんてダメだ)
その夜、帰宅しても胸の中のざらつきは消えなかった。
だけど――イヤホンを耳に押し当てたとき、ふっと別の声が浮かぶ。
《……君が、君でいてくれて、ありがとう》
あの夜、ひぃが言ってくれた言葉。
柊の中にある優しさ。
批判的な声を静かにしてくれる、愛の声。
(……僕は、ひぃの声を信じたい)
千歳は、一応、部活には顔を出していたが、
出演を保留にしたままで、本格的な稽古には加わっていなかった。
主役の台詞を新二年生の後輩が読んでいた。
小柄だが声量があり、感情の起伏もはっきりしている。
客席から見れば、わかりやすいし、十分に主役を張れるだろう。
(……僕がやらなくても、ちゃんと回るんだ)
胸が、ざらりとした感触で満たされていく。
代わりがいる安心と、居場所が奪われていく焦りが、同時に押し寄せてきた。
顧問が千歳に気づき、声をかける。
「どうする? 保留のままなら、この役はこのまま渡すぞ」
その一言は、想像以上に重く響いた。
譲られていく自分の席。
舞台から遠ざかっていく自分。
(……やっぱり、僕は必要じゃない)
心の奥で、批判的な声がささやく。
それは現実の顧問の声よりも、ずっと鋭く、冷たかった。
――そのとき、別の声を思い出す。
《……君が、君でいてくれて、ありがとう》
毎夜、イヤホン越しに届いた、温かくて包み込むような声。
(僕の中の“ひぃ”……)
柊の中にいる優しい部分。
そして、今は、自分の中から聞こえてくる、あの声。
批判的な声を静かにしてくれる、愛の声。
千歳は小さく息を吸った。
舞台に戻るかどうかは、まだ決められない。
けれど、この愛の声、今や千歳の心の中から聞こえてくる”ひぃ“の声をなくすことだけはしたくない――そう強く思った。
◆
翌日。
後輩は、千歳とは真逆のタイプだった。
感情をそのまま声に乗せる、ストレートで勢いのある芝居。
少し大げさなくらいだが、それがむしろ舞台映えして、見ている側にわかりやすく届く。
見ている千歳は、自分の胸がざわつくのを感じていた。
(ああいう芝居のほうが、きっとウケがいいんだ)
わかりやすくて、はっきりしていて、感情が外にあふれている。
シンプルで、直球で、それが人の心をつかんでいる。
そんなことを考えていたら、顧問の声が飛んだ。
「千歳、どうするんだ? このままじゃ役は渡すぞ」
その言葉が、胸の奥を鋭く突いた。
代わりがきくことはわかっていた。
でも、それを本当に失ってしまったら――居場所がなくなってしまう。いや、居場所だけじゃない。自分の存在意義、存在価値がなくなってしまう気がした。
(……嫌だ)
気づいたら、千歳の口が動いていた。
「……やります。出ます」
顧問は、わずかに目を細めてうなずいた。
「よし、わかった。じゃあ、明日から入れ。代役も混乱するからな」
だが、それからの稽古は、うまくいかなかった。焦りのせいで余計に体がこわばった。
台詞は覚えているのに、感情が上手く乗らない。
早く結果を出さなきゃ、後輩みたいに、大きい声で、わかりやすく、元気に明るく、と力むほど、芝居が硬くなる。
「主役なんだから、もっと自然にやれ」
顧問の声が冷静に響く。
「その調子じゃ、観客は感情移入できないぞ」
たったそれだけの指導が、千歳には鋭い刃のように感じられた。
心の奥で、批判的な声がささやく。
(ほら、やっぱり僕なんてダメだ)
その夜、帰宅しても胸の中のざらつきは消えなかった。
だけど――イヤホンを耳に押し当てたとき、ふっと別の声が浮かぶ。
《……君が、君でいてくれて、ありがとう》
あの夜、ひぃが言ってくれた言葉。
柊の中にある優しさ。
批判的な声を静かにしてくれる、愛の声。
(……僕は、ひぃの声を信じたい)
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