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第6章:やっと気づいた
第42話 「君の声、僕の中の灯」
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千歳は、楽屋のドアの前に立ちすくんでいた。
(来るって言ってたけど……)
ほんの少しだけ、覚悟はしていた。柊が来ない可能性も、話せない可能性も。
けれど、扉がノックされた瞬間、千歳の胸が跳ねた。
「……どうぞ」
ドアが開く。入ってきたのは、制服姿の柊。目はどこか、迷っているようだった。
「……来てくれたんだね」
千歳が微笑むと、柊は黙ってうなずいた。数秒の沈黙ののち、柊が口を開く。
「……さっきの、セリフ。舞台の最後のやつ」
「うん」
「……あれ、俺に?」
千歳は、まっすぐに柊の目を見て、うなずいた。
「うん。本当の気持ちだよ。……舞台だったけど、それでも本気だった。柊くんに向けて言ってた」
柊は少し視線を逸らしてから、そっと言った。
「……俺、“ひぃ”でいるときだけ、言えたことがあった。配信用の仮面のはずだったのに、言葉があふれた。気づいたら、俺自身の中にも、そういう“火”みたいなものがあって、それが“ひぃ”を通して燃えてたんだって……今日、やっと思えた」
千歳の目が大きくなった。
「火……?」
「うん。“ひぃ”って、“火”だったのかもしれない。ずっと、俺の中にあって、でも見ないようにしてたもの。……あったかくて、やさしくて、だけど俺自身とは別のもんだって、思い込んでた」
千歳は、静かに微笑んだ。
「僕は、最初その火に救われたんだね。ひぃの声に。……でも、今ならわかる。ひぃは、柊くんの中の光だったんだって。誰かを照らすために生まれた声だったんだって。……僕は、ずっと、その火に、灯に、照らされてきたんだ」
柊は、はっと息をのむ。
「……俺、知らなかった。ひぃの言葉が、自分のどこから出てきたのか、わかってなかった。でも、たぶん……俺の中にいたんだ。ずっと小さく、あったかく灯ってて、誰かをあやしたり、なぐさめたり、したかったんだと思う。……それが、俺にもできるなんて、意識してなかったけど」
「できてたよ。……僕が、それで生き延びてきたから」
千歳はゆっくり近づいて、言葉を続けた。
「……ひぃは、柊くんの中で柊くんを優しく見守ってくれている“愛”だったんだと思う。柊くん自身も知らないうちに育ててた、“優しさの火”だったんだと思う」
柊の目が揺れた。
「……愛……俺に、そんなものが?」
「うん。僕にはなかった。いや、ないと思ってたけど、ほんとうは、僕にも、ずっと、あったんだよね。そういう火が。けど、気づいてなかった。自分の中にある、自分や周囲を否定する言葉に、かき消されそうだった……でも柊くんは、育ててた。自分の中に。……だから、ひぃは生まれたんだよ。だから、僕は、ひぃの声に癒されたんだと思う」
柊は、近くにあった椅子をさぐるように引き寄せ、ゆっくり腰を下ろした。千歳も、その向かいに座る。
「……でも、怖かったんだ。千歳がおれを“好き”だって言うの、嬉しいのに、すごく怖かった。……本当に俺を見てるのかなって疑問に思ってた。ひぃのことだけ、俺の俺じゃないみたいなところだけ見て勝手に俺だと思ってるんじゃないかって。ひぃの方が……あったかくて、優しくて、話しやすかっただろ?」
「ううん。……今なら言える。あの声の中に、“柊くん”がいたって。むしろ、柊くんだったからこそ、僕は好きになった。……僕は、両方好きだよ。どっちも柊くんだったんだって、わかったから」
柊は、ゆっくりと目を閉じた。そして、ぽつりと呟く。
「……俺、怖かったけど……それを言われて、今、ちょっと安心した。……少しだけ、火が、自分とつながってるものに思えた」
「あのね、僕もね……今度は、その火を、僕の中で灯したい。もらってばかりだったから。これからは、自分の中でも、僕が誰かをあたためられるような火を、灯していきたいんだ。あ、まずは、自分で自分を照らせるようにだけどね。ひぃに頼らなくても、自分で自分を癒せるように。自分で自分に優しいことばをかけてあげるようにしようって思うんだ。弱ったときは、まだまだ、ひぃの声に助けてもらうかもしれないけどね。柊くんに、助けって言うかもしれないけどね」
千歳の言葉に、柊の目が潤む。
「……千歳。お前……ほんと、変わったな」
「変わったよ。……柊くんが、柊くんの中の火が、僕を照らして、僕に気づかせてくれたんだ」
二人は、しばらく何も言わなかった。でもその沈黙は、あたたかかった。
やがて柊が、ふっと微笑んだ。
「なあ……ハグしてもいい?」
千歳は、笑顔でうなずいた。
「うん。僕も、したかった」
そして、二人はゆっくりと抱き合った。
それは、どこまでも静かで、あたたかい火のような――再会だった。
(来るって言ってたけど……)
ほんの少しだけ、覚悟はしていた。柊が来ない可能性も、話せない可能性も。
けれど、扉がノックされた瞬間、千歳の胸が跳ねた。
「……どうぞ」
ドアが開く。入ってきたのは、制服姿の柊。目はどこか、迷っているようだった。
「……来てくれたんだね」
千歳が微笑むと、柊は黙ってうなずいた。数秒の沈黙ののち、柊が口を開く。
「……さっきの、セリフ。舞台の最後のやつ」
「うん」
「……あれ、俺に?」
千歳は、まっすぐに柊の目を見て、うなずいた。
「うん。本当の気持ちだよ。……舞台だったけど、それでも本気だった。柊くんに向けて言ってた」
柊は少し視線を逸らしてから、そっと言った。
「……俺、“ひぃ”でいるときだけ、言えたことがあった。配信用の仮面のはずだったのに、言葉があふれた。気づいたら、俺自身の中にも、そういう“火”みたいなものがあって、それが“ひぃ”を通して燃えてたんだって……今日、やっと思えた」
千歳の目が大きくなった。
「火……?」
「うん。“ひぃ”って、“火”だったのかもしれない。ずっと、俺の中にあって、でも見ないようにしてたもの。……あったかくて、やさしくて、だけど俺自身とは別のもんだって、思い込んでた」
千歳は、静かに微笑んだ。
「僕は、最初その火に救われたんだね。ひぃの声に。……でも、今ならわかる。ひぃは、柊くんの中の光だったんだって。誰かを照らすために生まれた声だったんだって。……僕は、ずっと、その火に、灯に、照らされてきたんだ」
柊は、はっと息をのむ。
「……俺、知らなかった。ひぃの言葉が、自分のどこから出てきたのか、わかってなかった。でも、たぶん……俺の中にいたんだ。ずっと小さく、あったかく灯ってて、誰かをあやしたり、なぐさめたり、したかったんだと思う。……それが、俺にもできるなんて、意識してなかったけど」
「できてたよ。……僕が、それで生き延びてきたから」
千歳はゆっくり近づいて、言葉を続けた。
「……ひぃは、柊くんの中で柊くんを優しく見守ってくれている“愛”だったんだと思う。柊くん自身も知らないうちに育ててた、“優しさの火”だったんだと思う」
柊の目が揺れた。
「……愛……俺に、そんなものが?」
「うん。僕にはなかった。いや、ないと思ってたけど、ほんとうは、僕にも、ずっと、あったんだよね。そういう火が。けど、気づいてなかった。自分の中にある、自分や周囲を否定する言葉に、かき消されそうだった……でも柊くんは、育ててた。自分の中に。……だから、ひぃは生まれたんだよ。だから、僕は、ひぃの声に癒されたんだと思う」
柊は、近くにあった椅子をさぐるように引き寄せ、ゆっくり腰を下ろした。千歳も、その向かいに座る。
「……でも、怖かったんだ。千歳がおれを“好き”だって言うの、嬉しいのに、すごく怖かった。……本当に俺を見てるのかなって疑問に思ってた。ひぃのことだけ、俺の俺じゃないみたいなところだけ見て勝手に俺だと思ってるんじゃないかって。ひぃの方が……あったかくて、優しくて、話しやすかっただろ?」
「ううん。……今なら言える。あの声の中に、“柊くん”がいたって。むしろ、柊くんだったからこそ、僕は好きになった。……僕は、両方好きだよ。どっちも柊くんだったんだって、わかったから」
柊は、ゆっくりと目を閉じた。そして、ぽつりと呟く。
「……俺、怖かったけど……それを言われて、今、ちょっと安心した。……少しだけ、火が、自分とつながってるものに思えた」
「あのね、僕もね……今度は、その火を、僕の中で灯したい。もらってばかりだったから。これからは、自分の中でも、僕が誰かをあたためられるような火を、灯していきたいんだ。あ、まずは、自分で自分を照らせるようにだけどね。ひぃに頼らなくても、自分で自分を癒せるように。自分で自分に優しいことばをかけてあげるようにしようって思うんだ。弱ったときは、まだまだ、ひぃの声に助けてもらうかもしれないけどね。柊くんに、助けって言うかもしれないけどね」
千歳の言葉に、柊の目が潤む。
「……千歳。お前……ほんと、変わったな」
「変わったよ。……柊くんが、柊くんの中の火が、僕を照らして、僕に気づかせてくれたんだ」
二人は、しばらく何も言わなかった。でもその沈黙は、あたたかかった。
やがて柊が、ふっと微笑んだ。
「なあ……ハグしてもいい?」
千歳は、笑顔でうなずいた。
「うん。僕も、したかった」
そして、二人はゆっくりと抱き合った。
それは、どこまでも静かで、あたたかい火のような――再会だった。
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