【完結】君の声しか届かない〜癒し系配信者は、不器用な美形同級生でした⁉〜

リリーブルー

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大学二年生

暮らすってこと。同棲初日。

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 柊が、千歳の部屋に泊まるようになったのは、気づけば自然な流れだった。最初は「終電逃したから」とか、「朝イチの授業があるから」とか。けれど最近は、何も理由を言わなくても、玄関の鍵がまわる。

 今日も、そんな音がした。

「ただいまー……って、あっつ……」
「……おかえり」

 千歳はソファに座ったまま、文庫本から視線を上げる。柊はエアコンのリモコンを探しながら、「冷房弱くない?」と文句を言う。その言い草が、もう“ここが自分の部屋”だと思ってるみたいで、千歳は少しだけ笑った。

 冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出して、コップを使う。キッチン横の棚には、柊専用のマグカップがある。脱いだTシャツはいつものように、ソファの背もたれに引っかけられた。

 ——全部、千歳のものじゃないのに、全部、千歳の部屋にある。

「……ねぇ、柊くん」
「ん?」

 麦茶を飲みながら振り返った柊に、千歳は言う。

「いつから、泊まりっぱなしなんだっけ」

 柊はコップを置いて、少し考えるふりをしたあと、
「んー……先月?」
 と、曖昧に答えた。

「もっと前でしょ」
「じゃあ、先々月」
「適当だな」

 千歳がため息混じりに言うと、柊がゆっくりこちらに歩いてきて、ソファの隣に腰を下ろした。暑さでうっすらと汗で湿った腕が、すこしだけ触れる。

「でもさ」
「うん」
「そろそろ“泊まり”じゃなくて、“住む”ってことでいいんじゃない?」

 さらりと、そんなことを言うから、千歳は一瞬言葉を失った。

「……柊が、そう思ってるとは思わなかった」
「思ってるよ? ずっと前から」
「でも、何も言わなかったじゃん」
「千歳の方から言ってほしかったんだよ」

 ちょっと不満げに、でもどこか拗ねたように、柊は言った。
 子供みたいだと思う反面、そう言ってもらえたことが、ただ嬉しかった。


 千歳が立ち上がって、クローゼットを開ける。中には、柊のシャツが3枚、靴下の束、ドライヤー。洗面所には2本目の歯ブラシ、コンタクトケース、ヘアワックス。
 全部、柊が“ここにいる”ための物だった。

「……冷蔵庫も、2人分の食材になってきたな」
「千歳が俺の分も買ってくるんだよ」
「文句ある?」
「ない。むしろ最高」

 柊が、千歳の後ろからそっと抱きしめてくる。少し湿った髪が首筋に触れて、くすぐったい。しかも半裸……。熱い体温が直接伝わってくる。
(僕はいいけど、暑がりな柊くんは、余計、暑いんじゃない? いいの?)
 と冷静なことを考えて、ドキドキをしずめようとする。

「住民票、移してもいい?」
 と、柊が耳元で聞く。
「……は?」
「いや、免許の更新とかあるし」
「なんでそういうのから入るの」
「だって、そういうのが“暮らす”ってことでしょ?」

 笑いながら、でも本気のような声で、柊は言った。千歳は目を伏せて、少しだけ顔が熱くなった。

「……正式にするなら、大家さんに言わないと。一人暮らしで契約してるから」
 当たり前のことを言ったはずなのに、口にした瞬間、頬がじんわり熱を帯びた。自分で言いながら、妙にドキドキしているのがわかる。

「じゃあ言おう。広いから許されるんじゃない?」
 柊は迷いもなく言ってのける。その真っ直ぐさに、胸がざわめく。柊は、まるで当たり前みたいに言うから余計に心臓に悪い。

「まあ、友達とシェアってことでね」
“友達”を強調して、わざと軽く笑ってみせる。けれど――。

「恋人と、じゃなくて?」
すぐさま切り返されて、息が詰まる。顔が熱い。耳に落ちたその言葉で、鼓動が跳ねた。

慌てて目を逸らす。けれど、横でじっと見てる気配がする。
「そこまで言わなくても……」
必死にごまかしているのに、声が震える。

「じゃあ、イチャイチャするときは、静かにね」
イチャイチャって……! 一気に頭に血が上る。冗談めかした調子なのに、不思議と胸に残る。

「イチャイチャとかしないし……」
声が裏返りそうになって、さらに恥ずかしい。口では否定しながらも、心の奥では“もし”を思い描いてしまう。

「へえ~、そうなんだぁ?」
わざとらしい相槌に、耳まで熱くなる。柊の視線が熱を帯びている気がして、顔を上げられない。

「なに、期待してるの? 柊のエッチ」
やけくそで口走ったら――勇気を振り絞って言い返したはずなのに――。

「千歳くんは、期待してないの?」
目を逸らさずに問われて、胸がぎゅっと締めつけられる。反撃が鋭すぎる。

「ノーコメント」
もうそれ以上は耐えられなくて、それ以上は言えなくて、小さく呟いて、ぷいっと顔を背ける。

「ふふふっ」
柊の笑い声が追いかけてきて、ますます逃げ場がない。なのに――嫌じゃない。むしろ、嬉しいなんて。自分でも困る。からかうように笑い声も、なぜか優しく感じる。――その笑顔に触れたくて、心臓の鼓動が大きく響く。


 そんなやりとりが、心地いい。もう、“泊まりに来てる”だけじゃない。ふたりは、暮らし始めている。

 それが、恋人としての未来なのか、家族のはじまりなのか、今はまだ、言葉にするのは早すぎるかもしれない。

 でも確かに、冷蔵庫の中には、柊の好きなグレープフルーツのゼリーが入っていた。
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