【完結】君の声しか届かない〜癒し系配信者は、不器用な美形同級生でした⁉〜

リリーブルー

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大学二年生

柊、夏の暑さに負けて、堂々の半裸生活スタイル突入。

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 夏の暑さに負けた柊が、あろうことか堂々の半裸生活に突入したのは、同棲を始めてすぐのことだった。
 夏の夜。クーラーはついているはずなのに、柊は唐突にTシャツを脱ぎ捨てた。

「いや、脱ぐなよ!? なんで!? 脱ぐ必要、どこにあった!?」

 千歳が思わず声を張り上げると、柊は額にかいた汗を手で拭いながら、涼しい顔で答える。慌てふためく千歳をよそに、柊はTシャツをソファへ放り投げる。汗に濡れた髪をかき上げながら、冷蔵庫に向かう後ろ姿。

「暑いし。お前の部屋、冷房弱いんだよ。……っていうか、見慣れてるでしょ?」

 見慣れているわけがない。当たり前みたいに言われて、千歳は慌てて視線を逸らし、耳まで熱くなる。

「まだ全然、見慣れてないし……。それに見慣れてるとか、そういう問題じゃなくて……っ!」

 顔が熱くなるのを自覚しながらも、必死で言葉を繋げる。なのに柊は、にやにやと笑いながら近づいてきた。

「じゃあ、どこ見てるの?」

「っっ!!/// ……カーテンのプリーツ数えてるだけ!! いーち、にー、さーん、しー……」

 視線を逸らして数を数える千歳を、柊は楽しそうに見下ろす。

「ふふっ。千歳くん、冷静になってください。相手は、カーテンではなく、舞台音響学科所属、筋肉の使い方を熟知している柊くんです」

「わ、わかってるよ。わかってるから……。わかってないのは柊くんの方だよ。普段はTシャツ一枚でも様になるイケメンが、そのTシャツを当然のように脱いで、上半身裸で麦茶を飲んでいる」

「暑いからね」

「ダメでしょ! これ、もうアウトです。健全ではありません」

「健全ではありませんが大正解です。でしょ? 千歳くん、嬉しいんでしょ? さっきから、一生懸命、怖い顔しようとしてるけど、口の端が上がっちゃってるよ? どしたの?」

 図星を刺されて、千歳は顔が一層熱くなる。

「心理分析。なぜ柊くんはTシャツを脱ぐのか?暑いから? 」

「もちろん」

「千歳の前だから安心してる? 」

「それもある」

 軽く頷く柊。その平然とした態度に、千歳は喉がからからになった。

「でもちょっと見せつけてる自覚、ないわけじゃないよね?」

「付き合ってるんだから、見せたっていいじゃん」

 あまりに堂々と返されて、千歳は思わず声を裏返す。

「何その、圧倒的攻め力」

「ん? 攻め? 攻めって何? あ、わかった。BLとかでいう受け攻めのこと? この前、千歳の本棚に背表紙反対にしてカバーしてある本何かなと思ったらBLだった」

「ちょ、何勝手に人の本棚見てるの! 境界線侵犯!」

 ――やめろぉぉぉ! 千歳の心は悲鳴をあげた。どうしてよりによって、そこを見つけるのか。演劇の本は見ていいって言った。けど、それは「舞台装置の資料」とか「戯曲」とか、そういう健全な棚の話であって! カバーで封印してある本を、よりによって柊が見つけるなんて……!

「え、演劇の本、そこにあるから、勝手に見て、ってこないだ言われたんだけど」

「あ……。見ていいのは演劇の本だけだし! カバーかかってるのはダメだし!」

 自分でも声が裏返っているのがわかる。余裕のかけらもない。
 柊の前では、どうしてこうも「隠しておきたい自分」が丸裸にされてしまうんだろう。

「え、カバーかかってるの、めっちゃいっぱいあるよね?」

「別に、そういう本ばっかりじゃないし!」

 必死に否定したが、声が裏返る。顔は熱い。――完全に図星を突かれた人間の反応じゃないか。否定しても、頬が熱すぎて、説得力ゼロ。――違うもん、違うけど! でも、少しはあるけど! って、なに言い訳してるんだ僕!?


「ふうん……」

「ほんとだし!」

 必死で否定する千歳を、柊は面白がるように眺める。その余裕が、また口惜しくてたまらない。柊の「ふうん」が耳に残って離れない。からかってるのか、本気で興味あるのか……。どっちにしても、胸がくすぐったくて苦しい。

「わかったよ。あのさあ、今度見せて? BL本」

「なんで……?」

「俺、攻めってやつなの?」

 ――聞くなぁぁぁぁ!
 千歳は頭を抱えそうになった。なんでそんな直球を投げてくるの。もっとこう、オブラートに包んで、やんわり……!

「それが確かめたいだけ?」

「いろいろと」

「BLは教科書にはならないから。その通りにするつもりだったら、やめて」

「……わかった。独自に研究しておく……」

「こわい……」

 柊の真顔に、千歳は背筋をすくませる。冗談で済ませられない気がして怖い。
 柊が「独自に研究」とか言うと、妙に現実味があるから余計に。
 ――何を研究するつもりなの。筋肉の動き? キスの角度? いや、そうではなくて……やだ、考えたくない!

「大丈夫……怖いことはしない。それとは別に、読ませて?」

「なんで」

「千歳がどういうことに興味あるのかとか知りたい」

 真正面から言われ、千歳は言葉に詰まった。――そんなふうに見つめられると、本当に心の奥まで覗かれているようで困る。

「たまたま買っただけで、別にそういうことしたいとかじゃないからね!」

「わかった……ごめん。単純に読みたいだけ」

「考えとく……とりあえず、服着て」

「暑い」

 ――こっちは羞恥で溶けそうなのに、どうしてそんな平然としていられるの!?
 心の中で頭を抱えながら、千歳はカーテンのプリーツを再び数え始めた。

「でも、見せられてる側の僕の身になって……目のやり場に困る」

「そんな千歳くんが可愛い。受け可愛い」

「受けとか言わない!」

「俺が攻めとか言い出したの千歳の方だし」

「服着て」

「暑い」

 即答され、千歳は崩れ落ちそうになった。必死で冷静を装っても、頬の熱はどうにもごまかせない。

「あっ、うん、いや……別に……ええと、暑いもんね」

(やばい……柊くんの腹筋が……背筋も……え、なんか罪?)

「そうだ、麦茶、冷たいの入れようか?」

 冷たいものでも飲んだら、服着てくれるかもしれない。

(まず、自分から頭冷やそう)

 ぬるくなった麦茶を飲み干す。

「あ、それ、俺のグラス」

「あっ、そっか……」

 冷静なふりして全然冷静じゃない。

   ◆

『視線の落としどころが見つからない』

 ソファに脱ぎ捨てられたTシャツは、しわくちゃになって千歳の隣にある。

 柊は冷蔵庫の前で、素肌にジャージのパンツという出で立ち。うっすらと汗の浮いた背中に、肩甲骨の動きまで見える。

「……ねえ、ほんとに着ないの?」

「着たくなったら着る」

 返事は気だるくて、それがまた、色気を増幅させていた。

「そんなに見てるなら、いっそのこと、写真でも撮る?」

「見てない!」

「うそ」

「見てないってば……っ」

 返す声は裏返りそうで、ますます恥ずかしい。柊の低く柔らかい笑い声が耳に残る。
 ――どうしてこんなに余裕なんだろう。こっちは、目のやり場がなくて必死なのに。

 柊の背中。うっすらと浮いた汗の光沢が、なぜか目を離せなくさせる。

(柊くんって……やっぱり、かっこいい。ずるいくらい)

 千歳は、目のやり場を必死に探して、柊の背後のカレンダーに視線を定めた。

 カレンダーの数日後の日付に、赤い丸がついていることに、千歳は、まだ気づいていなかった。――そこには柊の字で、「同棲開始」と書き込まれていた。

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