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第1章:出会いと違和感
第5話「声への恋」
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その夜から、毎晩のように“ひぃ”の声を聴くようになった。
日替わりで更新される配信は、決して長くない。
七分だったり、五分だったり。
けれど、どれも決まって「おやすみ」の言葉で終わる。
内容は、大きな事件があるわけでもない。
季節のこと、道端で見つけた花のこと、ふと目にした誰かの笑顔――。
そんな何気ない言葉を、少し低めの、穏やかな声で静かに語るだけ。
だけど千歳には、それが何よりも心地よかった。
誰かが、世界のどこかで、こんなふうに話している。
“君のために”と言われているわけでもないのに、なぜか自分宛てだと思えてしまう。
そんな親近感。安らぎ。
――この声の人に、会ってみたいな。
そんなことすら夢想する。
――まあ、会えるわけないけど。
それに――
会ったとしても、何か話したいことがあるわけじゃない。嫌われたら困るし。この人が、ほんとにいい人かどうかもわからないし。ネットの人に会うなんて危ないし。
でも、この声を、この配信を聴くくらいは、大丈夫。
それで、そっと遠くから見るだけでもいいから、この声の人に会ってみたいな。
イヤホン越しに聴くたびに、その想いは強くなっていった。
◆
「最近、千歳、スマホばっか見てない?」
放課後、劇の練習の休憩中、同じ演劇部の加藤がからかうように笑った。
「……え? そ、そうかな」
「あやしいな~。誰かとやりとりしてる?」
加藤は、にやにやしながら肘をぶつけてきた。
「ち、ちがうよっ、そんなんじゃ……!」
慌てて言い訳する自分に、自分で驚いた。
“ひぃ”とは、やりとりしていない。
配信を聴いているだけ。
けれど、誰にも知られたくない気持ちが胸に広がる。
これは自分だけの時間。
誰かに茶化されたくない。
誰にも触れられたくない――。
「……ただ、好きな声、見つけただけ」
ぽつりとそう答えると、加藤は「は?」と一瞬きょとんとしたあと、ああ、と笑った。
「さすが千歳。変わってんな~」
変わってる。
そう言われるのは慣れている。そう言われると、当たり障りのない自分を演じる演技を「失敗した」と思って焦った。心の中で、本当の自分なんて見せちゃダメ。本当の自分なんんて、変わってておかしいから、そうやって、みんなにからかわれれ嫌な思いをするんだから、と。
だから、いつも気を張って、まわりに溶け込めるように演技してた。
だから自分なんてなかった。と思い込んでいた。それは、苦しいことだったけど、苦しさも感じていないふりをしていた。感情を感じたらいけない。本当の自分を知られちゃいけない。知られてしまったら傷つくのは、自分なんだ。
でも今は、不思議と傷つかなかった。
◆
その夜も、千歳は“ひぃ”の声を聴いていた。
「今日は、風が気持ちよかったですね。
制服のポケットに、どんぐりを見つけました。
……いつのまに、って思って笑っちゃって」
そういう声が、少し笑っている。顔は見えないけれど、ひぃが笑っているのを想像できる。顔は知らないけれど。
「くだらない話って、聞いてくれる人がいないと、
ただの独り言になるんですよね。
でも、こうして誰かが聴いてくれてるなら――」
ひぃは、そう言って言葉をためると、
「……ありがとう」
と心のこもった声でしめた。
千歳は、思わず小さく声に出した。
「ありがとう、なんて……言われたの、久しぶりだな」
胸の奥があたたかくなる。
ほんの少し、顔が熱くなる。
“好きかもしれない”と思った。
まだ名前も顔も知らない。
どんな人なのかも、わからない。
でも――その声が、好きだ。
柊のことを思い出すと、どこかでひっかかる。
無愛想で、冷たくて、話しかけづらくて……。
それでも、時々、どこかで聴いたような感覚が――
(……まさかね)
千歳は首を振った。
そんなはずはない。
ひぃは、あんな人じゃない。
優しくて、繊細で、あたたかい。
――会いたい。
もし、会えたら。
名前を呼んでほしい。
自分の声で、「好き」と言いたい。
けれど、その願いはまだ届かない。
日替わりで更新される配信は、決して長くない。
七分だったり、五分だったり。
けれど、どれも決まって「おやすみ」の言葉で終わる。
内容は、大きな事件があるわけでもない。
季節のこと、道端で見つけた花のこと、ふと目にした誰かの笑顔――。
そんな何気ない言葉を、少し低めの、穏やかな声で静かに語るだけ。
だけど千歳には、それが何よりも心地よかった。
誰かが、世界のどこかで、こんなふうに話している。
“君のために”と言われているわけでもないのに、なぜか自分宛てだと思えてしまう。
そんな親近感。安らぎ。
――この声の人に、会ってみたいな。
そんなことすら夢想する。
――まあ、会えるわけないけど。
それに――
会ったとしても、何か話したいことがあるわけじゃない。嫌われたら困るし。この人が、ほんとにいい人かどうかもわからないし。ネットの人に会うなんて危ないし。
でも、この声を、この配信を聴くくらいは、大丈夫。
それで、そっと遠くから見るだけでもいいから、この声の人に会ってみたいな。
イヤホン越しに聴くたびに、その想いは強くなっていった。
◆
「最近、千歳、スマホばっか見てない?」
放課後、劇の練習の休憩中、同じ演劇部の加藤がからかうように笑った。
「……え? そ、そうかな」
「あやしいな~。誰かとやりとりしてる?」
加藤は、にやにやしながら肘をぶつけてきた。
「ち、ちがうよっ、そんなんじゃ……!」
慌てて言い訳する自分に、自分で驚いた。
“ひぃ”とは、やりとりしていない。
配信を聴いているだけ。
けれど、誰にも知られたくない気持ちが胸に広がる。
これは自分だけの時間。
誰かに茶化されたくない。
誰にも触れられたくない――。
「……ただ、好きな声、見つけただけ」
ぽつりとそう答えると、加藤は「は?」と一瞬きょとんとしたあと、ああ、と笑った。
「さすが千歳。変わってんな~」
変わってる。
そう言われるのは慣れている。そう言われると、当たり障りのない自分を演じる演技を「失敗した」と思って焦った。心の中で、本当の自分なんて見せちゃダメ。本当の自分なんんて、変わってておかしいから、そうやって、みんなにからかわれれ嫌な思いをするんだから、と。
だから、いつも気を張って、まわりに溶け込めるように演技してた。
だから自分なんてなかった。と思い込んでいた。それは、苦しいことだったけど、苦しさも感じていないふりをしていた。感情を感じたらいけない。本当の自分を知られちゃいけない。知られてしまったら傷つくのは、自分なんだ。
でも今は、不思議と傷つかなかった。
◆
その夜も、千歳は“ひぃ”の声を聴いていた。
「今日は、風が気持ちよかったですね。
制服のポケットに、どんぐりを見つけました。
……いつのまに、って思って笑っちゃって」
そういう声が、少し笑っている。顔は見えないけれど、ひぃが笑っているのを想像できる。顔は知らないけれど。
「くだらない話って、聞いてくれる人がいないと、
ただの独り言になるんですよね。
でも、こうして誰かが聴いてくれてるなら――」
ひぃは、そう言って言葉をためると、
「……ありがとう」
と心のこもった声でしめた。
千歳は、思わず小さく声に出した。
「ありがとう、なんて……言われたの、久しぶりだな」
胸の奥があたたかくなる。
ほんの少し、顔が熱くなる。
“好きかもしれない”と思った。
まだ名前も顔も知らない。
どんな人なのかも、わからない。
でも――その声が、好きだ。
柊のことを思い出すと、どこかでひっかかる。
無愛想で、冷たくて、話しかけづらくて……。
それでも、時々、どこかで聴いたような感覚が――
(……まさかね)
千歳は首を振った。
そんなはずはない。
ひぃは、あんな人じゃない。
優しくて、繊細で、あたたかい。
――会いたい。
もし、会えたら。
名前を呼んでほしい。
自分の声で、「好き」と言いたい。
けれど、その願いはまだ届かない。
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