【完結】君の声しか届かない〜癒し系配信者は、不器用な美形同級生でした⁉〜

リリーブルー

文字の大きさ
15 / 73
第2章:想いの始まり

第12話「友人の一言」【柊サイド】【千歳サイド】

しおりを挟む
【柊サイド】

「柊くんって、千歳のこと気にしてない?」

 その指摘は、不意打ちだった。

 

 放課後、放送部の機材室。

 機材の片付けをしていた柊は、不意に声をかけられて振り向く。

 「え?」

 「いや、ごめん。変なこと言った?」

 話しかけてきたのは、同じ放送部の女子――佐伯だった。二年生で、音響に関しては柊に次ぐ腕を持っている。

 しまった、驚きすぎたかもしれない。「千歳」って名前に反応しすぎた。その名前を聞いただけで、身体がビクッとしてしまった。

 「なんの話だよ……」

 気まずい思いを電源コードのリールを巻くふりでごまかす。

 「なにって、いや、ほら、最近よく千歳くんと組んでるでしょ? 演劇部との合同作業で。で、なんかさ……気にしてるっていうか、千歳くんのこと、よく見てるなぁって思って」

 柊は無言でコードを巻く手を止めた。

 そんな素振りをしたつもりはない。

 いつも通り、必要なことだけ伝え、必要な調整だけ済ませている。それだけのはずだった。

 なのに、そう見えていたとか――。

 「主役なんだから、普通見るだろ。あいつのために、音、作んなきゃいけないし」

 「いや、そういうんじゃなくてぇ、見つめてるっていうかぁ、気がついたら目で追ってる、みたいなさぁ」

 「はぁ? 別に……あいつのことなんか、どうでもいいし」

 きしょいこと言うなよ、という感じに、冷たく言えたかどうか、心配だ。佐伯は、じっと柊の動作や表情を観察するように見ている。

 (やばいな。油断がならないやつだな。伏兵あらわるってやつだ。こんどから気をつけなければ。絶対、千歳の方は見ない。目で追った覚えなんてないのに)

 「ふーん」

 佐伯は、納得してないみたいな言い方をして、にやにや笑っている。

 (なんだこいつ。腐女子か?)
 
 そう口に出して言ってやれば、案外、相手も慌てふためくかも。逆襲できるかもしれないが、それは、危険だ。相手が、「そうだよ? 腐女子ですけど何か?」とか開き直ってきたら困る。「ねぇねぇ、だから教えてよ。柊くんと、千歳のカンケー。どうなってるの? ねぇねぇ」とかしつこくからまれたら、あることないこと捏造されてしまいそうだ。そんなことになったら、ほんとに、千歳に警戒されて嫌われるかも。だいたい、関係もなにも、何もないし! いや、あるか。千歳に、特別な音声送ったり、千歳から「好き」って言われたり……。
 好きって言われた……。そうだった。そのことを思い出すと頬が熱くなる。まずい、赤くなってるとこ見られたら、「あやしぃ~!」って食いつかれる。ほんとうにまずい。
 あれは、ひぃに対してであって、配信に対して好きってことで、声についてであって、俺自身についてじゃない。柊に対して好きとか言われたわけじゃねえし!

 「……何」

 佐伯は、にやにやしながら、まだ柊の手元を見ている。きれいに巻き直そうとしているコードが、さっきより余計こんがらかって悪化している。

 「そうやって否定するとこが怪しいよ」

 佐伯はくすっと笑った。

 「いいじゃん、べつに。千歳くん、かわいいし」

 佐伯が嬉しそうに言う。

 (可愛い?)

 千歳の綺麗な顔、千歳のほっそりした姿、千歳の優しい声、ひかえめな、はにかんだような笑顔、おびえたような、繊細なまなざし。

 「……っ」

 その言葉に、喉がつまる。

 “かわいい”という響きが、耳に残る。

 “ひぃ”として千歳のコメントに答えている時は、そう思ったことがあった。

 やわらかな言い回し。千歳の、お休み前の眠たげな声を想像でアテレコする。

 寂しさを抱えた、どこか子どもみたいな気配。

(……かわいい、か。たしかに、な)

 でも、そんなこと、口に出せるわけがない。

 言ったら最後、自分が何を求めているか、ばれてしまう。必死でこらえているのに。え? そうなのか。こらえているって、何を?

 「……あいつ、演劇部で忙しいみたいだし。俺が気にする理由なんか、ない」

 「ふーん。まぁ、そういうことにしとく」

 佐伯はあっさり引き下がった。

 でも、その目は、まだ少しだけ興味深そうで、何かを見抜いているようだった。

 

   ◆

 

 その夜、柊は久しぶりに録音をやめた。

 “ひぃ”として配信を始めてから、こんなに間を空けたことはほとんどない。

 けれど今夜は、どうしても声が出せなかった。

(千歳のことなんて、気にしてない)

 そう、何度も唱えてみる。

 でも、昼に佐伯に言われた言葉が、頭から離れなかった。

 “見てるなって思って”

 そうだろうか。

 見ていた、のか。

 確かに、文化祭の準備が始まってからというもの、柊は演劇部の様子を前よりも気にするようになっていた。

 千歳が誰と話しているのか。

 どんな顔をして笑っているのか。

 たまたま視界に入るだけだと、思っていた。

 けれど――

(意識してる、のか……俺が?)

 自分の中で、答えは出せなかった。

 

 

【千歳サイド】

 一方その頃、千歳は演劇部の練習を終えて帰路についていた。

 今夜も“ひぃ”の配信がなかった。

 昨日の音声が、あまりに優しくて、あまりに切なくて。

 千歳は、耳に残るその声を何度も思い出していた。

 どうしたのかな。元気なかったけど、大丈夫かな? こんなとき、声だけの関係って、何にもできないな。リアル友達だったら、何か言ってあげられるかもしれないのに。言ってあげられなくても、ただ黙って隣に、いっしょにいるとか。そういうの、うざいかな?

 「――どうか、笑っていてくれますように」

 それは、まるでお別れの言葉みたいだった。このまま配信が終わっちゃうとかじゃないといいけど。何かあったのかな。ただ忙しいだけかな。

(ほんと、ひぃくん、どうしたのかな)

 もしかして、何か辛いことでもあったのだろうか。

 彼の声は、時折驚くほど繊細で、ほんのわずかな揺れさえ伝えてしまう。

 だから、きっと、心も――

(……傷つきやすい人なのかもしれない)

 自分の願望かもしれない。そんな繊細な人だったらいいなって。そしたら、自分の傷つきやすい気持ちにも気づいてくれて。だって、実際気づいてくれて、あんな特別な音声とか、コメント返しとか、配信とか、してくれる。

 千歳は歩きながら、バッグの中に入れた手紙をそっと握りしめた。

 放送部宛てに預けた“感想”だった。

 匿名にしたし、個人宛でなく、放送部御中だけれど、その先の誰かに、柊に、きちんと届く気がしていた。

 それが、彼を支える何かになってくれていたら――

 そう願わずにはいられなかった。

 

   ◆

 

 週明け。

 放送部と演劇部の合同会議が行われた。

 文化祭まで、あと十日。

 演出の詰めや照明との調整を、放課後の短い時間に片付けていく。

 柊は、会議中もほとんど口を開かなかった。

 相変わらず、無愛想で、視線も合わせない。

 でも、千歳は少しだけ慣れてきていた。

 (あの人、あれが普通なんだろうな)

 塩対応なのに、音響だけは完璧に仕上げてくれる。

 どう見ても怖いけど、決して雑な仕事はしない。

 もしかしたら、それだけで充分なのかもしれない。

 千歳はふと、視線を柊に向けた。

 その瞬間、偶然――目が合った。

 けれど柊は、すぐに視線をそらした。

 なぜか、わずかに頬が赤くなっていた。

 

(……?)

 千歳は首をかしげた。

 まるで、照れているようだった。

 けれどその真意を尋ねる勇気は、まだ千歳にはなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら親指王子?小さな僕を助けてくれたのは可愛いものが好きな強面騎士様だった。

音無野ウサギ
BL
目覚めたら親指姫サイズになっていた僕。親切なチョウチョさんに助けられたけど童話の世界みたいな展開についていけない。 親切なチョウチョを食べたヒキガエルに攫われてこのままヒキガエルのもとでシンデレラのようにこき使われるの?と思ったらヒキガエルの飼い主である悪い魔法使いを倒した強面騎士様に拾われて人形用のお家に住まわせてもらうことになった。夜の間に元のサイズに戻れるんだけど騎士様に幽霊と思われて…… 可愛いもの好きの強面騎士様と異世界転生して親指姫サイズになった僕のほのぼの日常BL

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

心を閉ざした元天才ピアニストのルームメイトの氷を、寮長の僕が絶対溶かしてみせる。

水凪しおん
BL
全寮制の名門・蒼葉院学園の寮長である東雲晶のルームメイトになったのは、人形のように美しい転校生・雪村結。しかし、結は一切の感情を見せず、誰にも心を開こうとしない。 太陽のような晶の明るさも、結の凍てついた心には届かない。寮長としての義務感から始まった関係は、やがて結が抱える過去のトラウマに触れ、大きく動き出す。 心を閉ざした元天才ピアニストと、完璧な仮面を被った優等生。互いの弱さに触れた時、二人の世界は色づき始める。 302号室の月明かりの下で紡がれる、不器用で切ないヒーリングラブストーリー。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

俺の幼馴染が陽キャのくせに重すぎる!

佐倉海斗
BL
 十七歳の高校三年生の春、少年、葉山葵は恋をしていた。  相手は幼馴染の杉田律だ。  ……この恋は障害が多すぎる。  律は高校で一番の人気者だった。その為、今日も律の周りには大勢の生徒が集まっている。人見知りで人混みが苦手な葵は、幼馴染だからとその中に入っていくことができず、友人二人と昨日見たばかりのアニメの話で盛り上がっていた。 ※三人称の全年齢BLです※

処理中です...