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第4章:想いが届かない
第24話「すれ違いの極み」
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終業式の朝、空はどこまでも澄み渡っていた。けれど、千歳の心には薄曇りがかかっていた。
柊は、いつものように放送室にいた。
けれど、その背中には、何かが足りなかった。
部室に流れるBGMは、年度末用の選曲に差し替えられ、柊の手元の作業は静かに進んでいた。
でもそこに、もう“ひぃ”の気配はなかった。
「おはよう」
千歳が小さく声をかけると、柊は一瞬だけ顔を上げたが、無言のまま会釈して、すぐに目を伏せた。
(……避けられてる?)
そう思った瞬間、胸の奥にざらつくような痛みが走る。
◆
終業式が終わり、校舎に静けさが戻った午後。
千歳は意を決して、放送室を訪ねた。
柊はひとり、ヘッドホンを外していた。
「ちょっと……いいですか?」
声が震えるのを自覚しながらも、千歳は扉を閉めて、そっと近づいた。
柊は目をそらしたまま、「なに」とだけ答えた。
「……あの、最近、柊くん、全然話してくれないから。僕、なんか怒らせたかなって……」
返事はなかった。
そうだよね、最近どころか、もともと、別に、話がはずむことなんてなかったんだから。ほかの人といるとき、他の人に混じって少し話すくらい。直接話すことなんてないし、話しても、用件だけ。会話にならずに、一問一答。もともと、何もなかったんだ。
だけど、出会いは、衝撃的で。あの、校門で腕をとって、僕を母から救出してくれた。あの恥ずかしい状態から救い出してくれた。女の子たちに、恥ずかしいところを見られていたたまれなかった僕を、傲然とした態度で、救ってくれた。
それに、ひぃの配信。あんなに、救われたかった僕を、救ってくれた、ひぃの配信。柊くんがひぃならば、二重に僕を救ってくれた。柊くんは、文化祭でも、僕を支えてくれた。その存在が、僕を成長させてくれた。ただ、柊くんが、そこにいてくれるというだけで、見ていてくれる、聴いていてくれるというだけで、僕は、存在していいって思えた。そんなの、僕が勝手に思ってるだけで、僕の勝手で、重いってわかってる。
「……僕のこと、嫌いになったんですか?」
ようやく出た言葉は、思っていたよりもずっと弱々しかった。
柊の指がぴくりと動く。
「……別に、嫌ってない」
言わせてる。そう答えるしかないよね……。なのに、千歳の、駄々っ子のような、想いは、止まらなかった。
「じゃあ……なんで、避けるんですか」
まるで、責めてるみたいな言いぐさ。そんなこと言われたら、柊くんを困らせてしまう。理不尽な質問だってわかってる。こんなの甘えだ。柊くんに甘えてる。僕の問題なのに。勝手に、僕が、柊くんが僕を避けてるって思ってるだけかもしれないのに。
柊は、目を伏せたまま、唇をかすかに噛んだ。
「俺……全部、やめようと思ってるから」
「放送部も、“ひぃ”も……?」
そう尋ねると、柊の肩がぴくりと揺れた。
「なんで、それを……」
「……聞いちゃったんです。こないだ、部室の前で」
千歳は、心臓が跳ねる音を抑えながら言葉を続けた。
「それが、僕のせいなら……ごめんなさい。僕、何か……重かったですか」
柊は勢いよく立ち上がった。
「違う、そんなこと――……」
けれど、言いかけて、柊は口を閉ざした。
言葉が続かない。感情だけがあふれて、こぼれそうになっているみたいに。
「俺は……」
柊は、うつむいたまま、拳を握りしめている。
「俺は、お前を……」
その続きの言葉を待ったが……ない。
嫌い? 嫌いだから、言えない? 嫌いなんて、言ったら悪いと思ってるから? だったら言わないで。聞きたくない。
でも、待って。
ひょっとして、好き、と言いたかったのかもしれない。
でも、言えなかった?
そうだとしたら?
ううん、どっちだっていいんだ。柊くんの気持ちは、柊くんのもの。僕には、どうにもできない。この局面を変えることができるのは、僕の方。僕は、好きなの? 嫌いなの? なぜ、柊くんが、僕を嫌いになったか気にしてる? なんでそんなこと聞いた?
千歳は、続きの言葉を言えずに、黙っている柊の姿を見て、もう一歩だけ近づいた。
「……僕は、柊くんの声が、好きです」
柊がはっと顔を上げた。目が、驚きに見開かれている。
「ひぃの声も、柊くんの声も……僕を救ってくれました。だから、やめないでって、言えないけど……僕、今までありがとうって、ちゃんと伝えたかったんです」
柊は息を飲むようにして、目を伏せた。
「……俺の声なんかで救われるなんて、思ってなかった」
「救われました。……ほんとです」
沈黙が流れる。
けれど、その沈黙は、以前のような“壁”ではなかった。
「……俺のこと、誤解してるんじゃないかって、思ってた」
「え?」
「“ひぃ”が好きなだけで、俺のことは、別に見てないんじゃないかって……」
「そんな……そんなこと、ないです。僕は、柊くんをちゃんと……」
言いかけて、千歳は口をつぐんだ。
柊の目が、自分の目をまっすぐに見ている。
そこには、今まで見たことのない、揺れと不安と、少しの期待があった。
「……じゃあ、また明日、会えますか?」
千歳が、そっと問いかける。
柊は、ほんの少しの沈黙のあと、かすかに頷いた。
「……うん」
たったひとこと。でも、その一音が、千歳には何よりも嬉しかった。
やっと、すこしだけ。
ほんとうの“声”で、話してくれた気がしたから。
柊は、いつものように放送室にいた。
けれど、その背中には、何かが足りなかった。
部室に流れるBGMは、年度末用の選曲に差し替えられ、柊の手元の作業は静かに進んでいた。
でもそこに、もう“ひぃ”の気配はなかった。
「おはよう」
千歳が小さく声をかけると、柊は一瞬だけ顔を上げたが、無言のまま会釈して、すぐに目を伏せた。
(……避けられてる?)
そう思った瞬間、胸の奥にざらつくような痛みが走る。
◆
終業式が終わり、校舎に静けさが戻った午後。
千歳は意を決して、放送室を訪ねた。
柊はひとり、ヘッドホンを外していた。
「ちょっと……いいですか?」
声が震えるのを自覚しながらも、千歳は扉を閉めて、そっと近づいた。
柊は目をそらしたまま、「なに」とだけ答えた。
「……あの、最近、柊くん、全然話してくれないから。僕、なんか怒らせたかなって……」
返事はなかった。
そうだよね、最近どころか、もともと、別に、話がはずむことなんてなかったんだから。ほかの人といるとき、他の人に混じって少し話すくらい。直接話すことなんてないし、話しても、用件だけ。会話にならずに、一問一答。もともと、何もなかったんだ。
だけど、出会いは、衝撃的で。あの、校門で腕をとって、僕を母から救出してくれた。あの恥ずかしい状態から救い出してくれた。女の子たちに、恥ずかしいところを見られていたたまれなかった僕を、傲然とした態度で、救ってくれた。
それに、ひぃの配信。あんなに、救われたかった僕を、救ってくれた、ひぃの配信。柊くんがひぃならば、二重に僕を救ってくれた。柊くんは、文化祭でも、僕を支えてくれた。その存在が、僕を成長させてくれた。ただ、柊くんが、そこにいてくれるというだけで、見ていてくれる、聴いていてくれるというだけで、僕は、存在していいって思えた。そんなの、僕が勝手に思ってるだけで、僕の勝手で、重いってわかってる。
「……僕のこと、嫌いになったんですか?」
ようやく出た言葉は、思っていたよりもずっと弱々しかった。
柊の指がぴくりと動く。
「……別に、嫌ってない」
言わせてる。そう答えるしかないよね……。なのに、千歳の、駄々っ子のような、想いは、止まらなかった。
「じゃあ……なんで、避けるんですか」
まるで、責めてるみたいな言いぐさ。そんなこと言われたら、柊くんを困らせてしまう。理不尽な質問だってわかってる。こんなの甘えだ。柊くんに甘えてる。僕の問題なのに。勝手に、僕が、柊くんが僕を避けてるって思ってるだけかもしれないのに。
柊は、目を伏せたまま、唇をかすかに噛んだ。
「俺……全部、やめようと思ってるから」
「放送部も、“ひぃ”も……?」
そう尋ねると、柊の肩がぴくりと揺れた。
「なんで、それを……」
「……聞いちゃったんです。こないだ、部室の前で」
千歳は、心臓が跳ねる音を抑えながら言葉を続けた。
「それが、僕のせいなら……ごめんなさい。僕、何か……重かったですか」
柊は勢いよく立ち上がった。
「違う、そんなこと――……」
けれど、言いかけて、柊は口を閉ざした。
言葉が続かない。感情だけがあふれて、こぼれそうになっているみたいに。
「俺は……」
柊は、うつむいたまま、拳を握りしめている。
「俺は、お前を……」
その続きの言葉を待ったが……ない。
嫌い? 嫌いだから、言えない? 嫌いなんて、言ったら悪いと思ってるから? だったら言わないで。聞きたくない。
でも、待って。
ひょっとして、好き、と言いたかったのかもしれない。
でも、言えなかった?
そうだとしたら?
ううん、どっちだっていいんだ。柊くんの気持ちは、柊くんのもの。僕には、どうにもできない。この局面を変えることができるのは、僕の方。僕は、好きなの? 嫌いなの? なぜ、柊くんが、僕を嫌いになったか気にしてる? なんでそんなこと聞いた?
千歳は、続きの言葉を言えずに、黙っている柊の姿を見て、もう一歩だけ近づいた。
「……僕は、柊くんの声が、好きです」
柊がはっと顔を上げた。目が、驚きに見開かれている。
「ひぃの声も、柊くんの声も……僕を救ってくれました。だから、やめないでって、言えないけど……僕、今までありがとうって、ちゃんと伝えたかったんです」
柊は息を飲むようにして、目を伏せた。
「……俺の声なんかで救われるなんて、思ってなかった」
「救われました。……ほんとです」
沈黙が流れる。
けれど、その沈黙は、以前のような“壁”ではなかった。
「……俺のこと、誤解してるんじゃないかって、思ってた」
「え?」
「“ひぃ”が好きなだけで、俺のことは、別に見てないんじゃないかって……」
「そんな……そんなこと、ないです。僕は、柊くんをちゃんと……」
言いかけて、千歳は口をつぐんだ。
柊の目が、自分の目をまっすぐに見ている。
そこには、今まで見たことのない、揺れと不安と、少しの期待があった。
「……じゃあ、また明日、会えますか?」
千歳が、そっと問いかける。
柊は、ほんの少しの沈黙のあと、かすかに頷いた。
「……うん」
たったひとこと。でも、その一音が、千歳には何よりも嬉しかった。
やっと、すこしだけ。
ほんとうの“声”で、話してくれた気がしたから。
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