【完結】君の声しか届かない〜癒し系配信者は、不器用な美形同級生でした⁉〜

リリーブルー

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第4章:想いが届かない

第26話「千歳の決意」

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 春休みの終わり頃、千歳は街の小さなカフェの隅で、ひとり台本を広げていた。

 演劇部では、来年度の演劇公演の話がすでに持ち上がっていた。
 千歳は主役として名前があがっていた。

 だが今、彼の頭の中にあるのは目の前の台本の台詞ではなかった。

(柊くんに、会いたい)

 そうはっきり思ったのは、図書館で話して以来だ。

 あの静かな告白。
 孤独に慣れていた柊の声は、どこか壊れそうな繊細さを帯びていた。

 その人が、「ひぃ」だった。

 柊くんが「ひぃ」なのだ、とは思っていた。でも、配信のことを柊の口から聞くと、想像以上に心が波打った。
 柊の無防備な心に初めて触れた気がしたから。その繊細さは、いつもの柊よりも、ひぃに近い気がした。

 胸が痛かった。
 一人、誰かに受け取ってもらえるあてもなく、言葉を発信し続けていた彼を思うと。



「千歳ーっ!」

 店の外から、部活の友人が駆け寄ってきた。

「ごめん、ちょっといい? 台本の確認してくれって」

「あ、うん……いいよ」

 千歳は慌ててカバンに台本をしまい、立ち上がった。
 でも、心はここになかった。

 (ごめん、今は舞台が優先順位一番じゃない)

 心のどこかで、そうつぶやいていた。

 いま自分がやるべきこと。
 それは、「ひぃ」にちゃんと向き合うことだ。

   ◆

 その夜、千歳は配信アーカイブを全て聞き返した。

 イヤホンを耳に押し当て、録音された声に集中する。
 優しい声。ささやくような言葉たち。呼吸の音。

(どうして、こんなに優しくなれるの? どうして、誰にも言わずに配信してたの? あ……放送部の先輩には、言ってたのかな?)

そう思うと苦しいような悲しいような嫉妬が湧く。

ひぃが語りかけていた相手は、言葉を届けたかった相手は、僕だけであってほしい。

僕に言ってくれたらよかったのに。

僕だけに言ってくれたらよかったのに。

そんな狭量な心が、独り占めしたいわがままな気持ちが湧く。

(どうして、……僕にだけ、そんなに届いたの?)

どうして、僕の気持ち、そんなにわかってくれていたの?

 ひとつひとつ、愛おしくて、苦しくて、涙が滲む。
 ひいの声は、千歳の一番深いところに、そっと触れてくる。

 
  
 ――君の声は、どこにいますか?

 ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 (会いたい。柊くんじゃなくて、“ひぃ”に)

 矛盾していると自分でも思う。
 けれど、ひいの声を知ってしまった自分は、それ抜きではもう生きられない気がしていた。

 「この人に、会いたい」

 はっきりとそう口に出した瞬間、涙がこぼれた。

 ひぃに会いたい。
 ひぃがいないなんて、嫌だ。信じたくない。
 ひぃなんていない、なんて信じたくない。

 次の日。
 千歳は、演劇部の顧問に
「公演の出演、しばらく保留にしてください」
 と伝えた。

「どうした? あんなにやる気を見せてたのに」

 顧問の先生は驚いたように言ったが、千歳はゆっくりと頭を下げた。

「今、一度きちんと向き合いたい人がいます。その人の声と、言葉と、気持ちと」

 それは、役ではなく、自分自身の本音だった。

 演じることで守ってきた自分から、やっと一歩、踏み出せた。



 千歳は、放送室に立ち寄った。無人の室内。
 かつての練習録音や、柊の残したデータが、機材に少しだけ残っていた。

 再生ボタンを押すと、微かに、ひぃの声が漏れる。

《……今日も、お疲れさまでした。君が、君でいてくれて、ありがとう》

 千歳の目から、また涙がこぼれる。

 この声を、どうしても、ひとりの“存在”として確かめたい。

 (もう隠さなくていい。声の主を、僕は、ちゃんと見たい)

 たとえその先に、何もなくても。
 その先に、ひぃがいなくても。
 たとえ拒絶されたとしても。

 会いたいと思ってしまった気持ちは、消えなかった。

 会いたいのは、柊という名前の人間そのものじゃない。
 柊の中にいる“ひぃ”――あの優しさと、声と、孤独を抱えた部分に。
 それに触れたいと思ってしまった気持ちは、もう消えなかった。

 千歳が求めているのは、単に「柊」という人物としての外側じゃなくて、柊の中に存在する“ひぃ”という特別な部分――優しさや繊細さ、声でしか表せなかった想い、その内面の核に触れたい、確かめたい、ということだった。
 柊じゃなくて、“声”そのものに。
 柊の中にいる“ひぃ”に会いたい。

 会いたいのは、柊そのものじゃない。
 彼の中に息づく“ひぃ”――あたたかく包むような声を持つ、愛そのもののような部分に。
 魂の奥で、僕を見守ってくれていた存在に。


 夜。
 千歳はスマホのメモ帳に、メッセージを書いた。

《ひぃさんへ
 あなたの声が、僕を支えてくれました。
 あなたがいてくれたから、僕は舞台に立てました。
 そして、あなたに、会いたいです。
 本当に、会って、ありがとうって伝えたいです》

 何度も書き直して完成したメモ帳の文章をコピーして、貼り付けた先は、ひぃの配信チャンネルのメッセージ欄。

 《このメッセージは、チャンネル宛の非公開フォームに送信されます》

 そう表示されたその画面を、何度も読み返す。
 送ったあとで、もう消せないとわかっていたから、指先が震えた。
 
 でも――。

 指先が、画面をそっと押した。
 それでよかったと思う。
 迷って、震えて、それでも届けたい気持ちだったから。

 今度は、自分の声が、ひぃに、届いてほしいと願った。

 こうして千歳の高校二年生、十七歳の春休みは終わった。

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