【完結】君の声しか届かない〜癒し系配信者は、不器用な美形同級生でした⁉〜

リリーブルー

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第6章:やっと気づいた

第38話「すれ違いの総決算」【千歳サイド】 【柊サイド】 【千歳サイド】【柊サイド】 【千歳サイド】

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【千歳サイド】

 千歳は、放課後の演劇部で、公演に向けての稽古に追われていた。

 体育館の舞台上。
 照明も音響もない仮の舞台で、台詞を吐き、動きを調整し、感情を探る。
 観客も拍手もない、ただ自分との勝負のような日々。

(今は……自分のことに集中するしかない)

 そう思いながらも、千歳の心は、ふとした拍子に空白になる。
 次の台詞が浮かばない。動きが噛み合わない。

(柊くん、どうしてるかな……)

 あの日以来、放送室にも、校内のどこにも柊の姿を見かけない。
 連絡もない。
 “ひぃ”の配信も、更新される気配はなかった。

 きっと今、彼は自分の中で何かと向き合っている。
 だからこそ、無理に追いかけてはいけないのだと千歳は自分に言い聞かせていた。
 でも、心はごまかせない。

(もう一度だけ……声が聞きたいな)

  

【柊サイド】

 一方で、柊もまた、自室のPCの前で止まっていた。

 収録ソフトを立ち上げては閉じ、何度もマイクを前にして、喉が塞がる。

 「“ひぃ”の声が変わった」――あの日、千歳が言った一言が、胸に深く残っている。

(ひぃの声に……俺の感情が滲んでたんだ)

 “ひぃ”としての声を、どこかで「役割」として演じていた。
 それなのに、いつしか、変わってしまった。
 自分の感情が、出てしまう。抑えきれず、あふれてしまう。

 収録ブースの小さな部屋に、柊の吐息だけがこもる。
 マイクに向かって言葉を出そうとするたび、千歳の顔が浮かんでしまう。
 ――「好きだよ」
 その告白の余韻が、まだ耳の奥に響いていた。

(俺は……逃げてるだけかもしれない)

 でも、どうすればまた彼の前に立てるのか。
 どうすれば、あのまっすぐな想いを受け止められるのか。
 わからないまま、時間だけが過ぎていく。



【千歳サイド】

 数日後。

 放課後の校舎の裏手で、千歳は演劇部の仲間と雑談をしていた。
 その中で、ふいに話題を自分に向けられる。

「千歳くん、いい声してるよねー。進路って、やっぱり芸能系?」

「……うん、一応。まだ決まってはないけど」

「やっぱり。声もだけど、顔も綺麗だし。普通の仕事じゃもったいないって、先生も言ってたよ」

 褒め言葉のようで、どこか軽んじられるような言い方。
 千歳は笑って受け流したが、心は少しだけざらついた。

(僕が声を出せるのは、役を通してだけなのに)

 それでも、千歳は台本を握り直す。
 舞台が終わるまで、やるべきことがある。
 心がどれだけ揺れていても、自分の“声”は、自分の意思で届けるものだ。


【柊サイド】


 夜。柊は、配信ソフトの前に座っていた。

 録音ボタンに指をかける。けれど、それ以上、動けない。

 (千歳の声が、俺の中にある)

 その声は、舞台の中で響く“役”の声ではなく、ただ「好き」と言ってくれた素の千歳の声。

 誰かに必要とされたこと。
 誰かを本気で必要としたこと。
 そのどちらも、柊にとっては初めての経験だった。

 だからこそ、怖い。
 こんな気持ちを抱えて、また“ひぃ”として声を届けることが正しいのか、まだわからなかった。


【千歳サイド】

 そして迎えた、公演の一週間前。

 千歳は、台本に挟んでいた小さなカードを取り出した。
 そこには、たった一文だけ書かれている。

 「観に来てください」

 それは、柊に渡すためのものだった。
 受け取ってくれるかもわからない。
 来てくれるかも、もう会えるかも、何もわからない。

 でも、それでも渡したいと思った。

(僕の声を――届けたいから)



 翌日、千歳は放送部の部室の扉を叩いた。
 中から返事はなかった。
 でも、鍵は開いていて、誰もいない。

 机の上に、そっとカードを置いた。

「待ってるから」

 そう、小さく呟いて部屋を出た。

 ――舞台の幕は、もうすぐ上がる。

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