【完結】君の声しか届かない〜癒し系配信者は、不器用な美形同級生でした⁉〜

リリーブルー

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第6章:やっと気づいた

第40話「最後の配信」【千歳サイド】【柊サイド】

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【千歳サイド】 

 公演前日の夜。

 スマホの通知が、短く鳴った。

《ひぃ:配信開始》

 一瞬、息が止まった。

(……え?)

 ここしばらく、ずっと止まっていた知らせ。
 ひぃが、戻ってきた――いや、“戻ってきてくれた”。

 千歳は、迷わず再生ボタンを押した。


 深夜の静けさの中、ヘッドホン越しに声が流れた。

「こんばんは、“ひぃ”です。……久しぶり、ですね」

 前より少し低く、落ち着いた声。けれど、変わらない柔らかさがある。
 けれど、今日は、どこか緊張したような震えがあった。そう思ったとき――

「今日は……これが最後の配信になるかもしれません」

 という、ひぃの声が耳に入った。

(えっ? 最後の配信!? 公演前夜に、そんな動揺させるようなこと言うなんて……!)

 千歳の、ヘッドホンを押さえる手に、力が入る。

「この声が、あなたのそばに届いたこと、ちゃんと伝わっていたなら、それだけで十分です」

 沈黙。
 続く言葉を選ぶように、“ひぃ”はゆっくりと話し続けた。

「……僕は、本当は、誰かの役になんて立てるような人間じゃないです。人を慰めるほど強くもないし、優しくもない」

(そんなことないよ、僕は、ひぃの声でどんなに勇気づけられたか、癒されたかわからない。君は、そのままの君で、十分に、人の役に立っているんだよ!)

 千歳は、心の中で、ひぃに、ひぃの中の人に、言う。

「でも、ある人が言ってくれたんです。“君の声に救われた”って。……その言葉が、今も心の中にあります」

 千歳の目に、涙がにじんだ。

(やっぱり……柊くんだ。ひぃは、柊くんだよ。僕の好きな人だ)

 もう、疑う余地なんてなかった。

 文化祭の舞台をいっしょに作ったのも。
 今、この声で想いを返してくれているのも。
 両方、柊。ひぃであり、柊くんだ。

 でも、それでも、柊くんは、“ひぃ”は、柊だとは認められないのかな。

(僕にだけでも、ほんとうの柊くんを、見せてくれてもいいのに)

 いや、もしかして、今夜のこの配信が、千歳への、披瀝なのか?

 公演前夜の大事なときに、こんな動揺させること、とさっきは思ったけれど、ひょっとして、これが、彼なりの、優しさ? 落ち着いて、公演にのぞめるように。僕だけにわかるように、本当の声を、聞かせてくれた?

「この声が、あなたにとって、優しい記憶の一つになれば、それでいいんです」

 優しい、けれど、どこか遠ざかるような響きだった。

(待って……)

 千歳は思わず画面をつかむようにして、スマホを握りしめた。

(そんな終わり方、いやだ……)

「……最後に、一つだけ。言わせてください」

 深く息を吸う音が、マイク越しに聞こえる。

「あなたの声も、とても綺麗でした。……本当に、ありがとう」

 配信は、そこで終わった。

 画面が暗転し、「ライブは終了しました」の文字が出た。

 千歳は、動けなかった。
 胸がいっぱいで、涙も止まらなくて、ただ呆然と画面を見つめていた。

(ありがとうって……そんなの……)

 柊くんが、自分を見てくれていたこと。
 文化祭の舞台の音響にのって、配信のコメントの言葉にのって、何かが届いていたこと。
 たしかに感じた。

 でも、それで「終わり」にしようとしているのが、悲しかった。

(どうして……)

 声に出さず、呟いた。
 涙に濡れた頬を拭いながら、千歳は立ち上がる。

(待ってよ、柊くん。僕は、ちゃんと――君に伝えたいんだ。これで終わりなんて、いやだよ)



【柊サイド】

 一方その頃、柊は配信を終えたマイクの前で、椅子にもたれかかっていた。

 部屋の灯りを落としたまま、モニターの余韻がまだ部屋に残っている。

 指先はまだ震えていた。

(……やっと、言えた)

 千歳が、観に来てほしいと言ってくれたあの日から。
 ずっと、何か返したかった。
 言葉で、声で、自分のすべてで。

(これで、終わりにできる)

 これで、千歳を想う苦しさから逃れられる。

 そう思ったのに。胸の奥は妙に空っぽで、落ち着かなかった。

 そして――そのとき。
 机の上のスマホが振動した。

《千歳:配信、聴いたよ》

 たった一行。
 けれど、それだけで、柊の胸に何かがこみあげた。

 続けてもう一通。

《僕も、伝えたいことがある。明日、芝居、観にきてね》

 画面の文字が、にじんで見えた。

 柊はスマホを見つめたまま、しばらく動けなかった。

(伝えたいこと……か)

 唇をかすかに噛んで、目を閉じる。

(俺も、そろそろちゃんと……)

 明日、千歳に会いに行こう。
 そう思ったのは、涙をひとつ零したあとだった。

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