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第7章:エピローグ(大学一年生)
第44話「新生活」声があれば、もう大丈夫
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春の風が、舞台の袖から吹き込んでくるようだった。
桜が舞う日、千歳はひとり、東京の片隅にある小劇場の稽古場にいた。
演劇専攻のある大学に通いながら、劇団に所属して稽古をしている。
大学では演劇関係の友人がたくさんできたし、授業も古い演劇の歴史から学んでいて興味深い。
芸能関係の子弟もいて、今では自分が特別だとか、周りから浮いているとか思わずに話せるのが嬉しい。
「千歳くん、もう一度頭からお願い」
演出家の声に「はい」と応え、千歳は舞台中央へ出る。
去年までは、“演技の中でしか本音を言えない自分”だった。
けれど今は違う。本音を知ってくれる人が、いる。
その人は、いま――同じ東京の、少し離れたキャンパスにいる。
柊は、東京の芸術系大学に進学した。
高校で芽生えた「音で誰かを支える仕事をしたい」という思いを、ちゃんと形にするために。
ふたりの時間はすれ違うことが多かった。
だけど、それでも、互いの想いが薄れることはなかった。
今でも、柊がくれる定期的な“声の便り”が、千歳の支えになっていた。
『今、音響の授業でミキサー触ってる。意外と楽しい。けど、やっぱりお前の声が一番調整しがいあったわ』
それは、ボイスメッセージだったり、短い録音だったり、
音のついた手紙のようなものだった。
“ひぃ”ではなくなったけれど、柊は、千歳だけに向けた声を、変わらずに送り続けてくれていた。
◆
その夜、千歳は帰宅して、アパートのベッドに腰を下ろすと、スマホを手に取った。
「ボイスメッセージが届いています」の通知が光っていた。
『今日、課題で舞台音響のミックス作った。ちょっとだけ、前にやったお前の芝居の音、参考にした。まだ未練あんのかな、俺……なんて。』
高校時代を、甘く切なく思い出す。
『でもな、やっぱり、お前の声、俺の中でいちばん生きてる音なんだよな』
最後に、照れくさいような笑い声が入っていた。
千歳は微笑んだ。
再生ボタンを何度も押すたび、胸の奥にぬくもりが広がっていく。
「……もう、声だけでドキドキさせるって、ずるいよ、柊くん」
そんな独り言をつぶやきながら、スマホを握りしめた。
◆
数日後。千歳の出演する舞台の初日。
関係者席のひとつに、黒い帽子をかぶった人物が静かに座っていた。
舞台に立つ千歳の目には、その顔がはっきりとは見えなかったけれど――
なぜだか、すぐにわかった。
(柊くんだ)
自分の声に耳を澄ましてくれる人。
自分が一番、声を届けたい人。
千歳の演技は、その夜、とても自然で、生き生きしている、と評された。
終演後、楽屋には花とカードが届いていた。
『舞台、すごく良かった。……でも俺は、カーテンコールの時のお前の“素の声”がいちばん好きだよ、千歳。柊より』
千歳の胸の奥が、きゅっと熱くなった。
◆
その夜、ふたりはようやく会えた。
「来てくれたんだ……?」
「当たり前だろ。初舞台、見逃すわけないじゃん」
少し照れたように笑って、柊が言う。
「でも、忙しかったでしょう?」
「うん。……でも、離れてても、“声”でそばにいられたから」
「……僕も」
千歳は、そっと手を伸ばし、柊の指に触れた。
ふたりの手が重なる。
声がなければ始まらなかったふたりだけど、今は、言葉がなくても伝わる気がした。
別れ際、柊が言った。
「今度、自分で短編ドラマの音つくることになったんだ」
「ほんと?」
「ああ。できれば、その主人公の声……お前に、頼めたらって思ってる」
千歳は、思わず息を呑んで、それから笑った。
「……嬉しい。僕で、いいの?」
「お前じゃなきゃ、意味ない」
それは、告白に近い言葉だった。
夜の風が吹き抜ける歩道で、ふたりはもう一度、手をつないだ。
声があれば、どんなにすれ違っても、想いは届く。
もう、何も怖くなかった。
桜が舞う日、千歳はひとり、東京の片隅にある小劇場の稽古場にいた。
演劇専攻のある大学に通いながら、劇団に所属して稽古をしている。
大学では演劇関係の友人がたくさんできたし、授業も古い演劇の歴史から学んでいて興味深い。
芸能関係の子弟もいて、今では自分が特別だとか、周りから浮いているとか思わずに話せるのが嬉しい。
「千歳くん、もう一度頭からお願い」
演出家の声に「はい」と応え、千歳は舞台中央へ出る。
去年までは、“演技の中でしか本音を言えない自分”だった。
けれど今は違う。本音を知ってくれる人が、いる。
その人は、いま――同じ東京の、少し離れたキャンパスにいる。
柊は、東京の芸術系大学に進学した。
高校で芽生えた「音で誰かを支える仕事をしたい」という思いを、ちゃんと形にするために。
ふたりの時間はすれ違うことが多かった。
だけど、それでも、互いの想いが薄れることはなかった。
今でも、柊がくれる定期的な“声の便り”が、千歳の支えになっていた。
『今、音響の授業でミキサー触ってる。意外と楽しい。けど、やっぱりお前の声が一番調整しがいあったわ』
それは、ボイスメッセージだったり、短い録音だったり、
音のついた手紙のようなものだった。
“ひぃ”ではなくなったけれど、柊は、千歳だけに向けた声を、変わらずに送り続けてくれていた。
◆
その夜、千歳は帰宅して、アパートのベッドに腰を下ろすと、スマホを手に取った。
「ボイスメッセージが届いています」の通知が光っていた。
『今日、課題で舞台音響のミックス作った。ちょっとだけ、前にやったお前の芝居の音、参考にした。まだ未練あんのかな、俺……なんて。』
高校時代を、甘く切なく思い出す。
『でもな、やっぱり、お前の声、俺の中でいちばん生きてる音なんだよな』
最後に、照れくさいような笑い声が入っていた。
千歳は微笑んだ。
再生ボタンを何度も押すたび、胸の奥にぬくもりが広がっていく。
「……もう、声だけでドキドキさせるって、ずるいよ、柊くん」
そんな独り言をつぶやきながら、スマホを握りしめた。
◆
数日後。千歳の出演する舞台の初日。
関係者席のひとつに、黒い帽子をかぶった人物が静かに座っていた。
舞台に立つ千歳の目には、その顔がはっきりとは見えなかったけれど――
なぜだか、すぐにわかった。
(柊くんだ)
自分の声に耳を澄ましてくれる人。
自分が一番、声を届けたい人。
千歳の演技は、その夜、とても自然で、生き生きしている、と評された。
終演後、楽屋には花とカードが届いていた。
『舞台、すごく良かった。……でも俺は、カーテンコールの時のお前の“素の声”がいちばん好きだよ、千歳。柊より』
千歳の胸の奥が、きゅっと熱くなった。
◆
その夜、ふたりはようやく会えた。
「来てくれたんだ……?」
「当たり前だろ。初舞台、見逃すわけないじゃん」
少し照れたように笑って、柊が言う。
「でも、忙しかったでしょう?」
「うん。……でも、離れてても、“声”でそばにいられたから」
「……僕も」
千歳は、そっと手を伸ばし、柊の指に触れた。
ふたりの手が重なる。
声がなければ始まらなかったふたりだけど、今は、言葉がなくても伝わる気がした。
別れ際、柊が言った。
「今度、自分で短編ドラマの音つくることになったんだ」
「ほんと?」
「ああ。できれば、その主人公の声……お前に、頼めたらって思ってる」
千歳は、思わず息を呑んで、それから笑った。
「……嬉しい。僕で、いいの?」
「お前じゃなきゃ、意味ない」
それは、告白に近い言葉だった。
夜の風が吹き抜ける歩道で、ふたりはもう一度、手をつないだ。
声があれば、どんなにすれ違っても、想いは届く。
もう、何も怖くなかった。
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