【完結】喰われる秘書、囁く社長(3部作の1)

リリーブルー

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第七章:欲と独占のアフターグロウ

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「おいしいですね。さすが、東条ホールディングスご用達の料亭です」

「気に入ってもらえたなら、何よりです」

取引先との会食。
社長の東条と共に、律も“秘書”として同席していた。
かつては緊張で膝を震わせていた接待の場も、今はただ――
東条の隣に座っている。それだけで、心が落ち着いた。

(……慣れてきた、のかもしれない)

けれど――
ふとした瞬間、視線を感じた。

「律くん、だったかな? この春に入社したばかりって聞いてるけど……落ち着いた雰囲気で、いいね」

にこりと笑ったのは、取引先の役員・冬川だった。
40代半ばのスマートな男で、スーツの仕立ても声のトーンも洗練されている。
だがその目は、仕事相手というより――男として、律を見ていた。

「そうですね、律はよくできた秘書です。……俺にとっても、特別な存在ですよ」

東条の声が一段、低くなる。
同時にテーブルの下、東条の膝が密かに律の太腿へと押し当てられた。

(……また、始まった)

仕事中でも、平気でこういう牽制をしてくる。
まるで――“これは俺のモノだ”と、全身で主張しているかのように。

「東条社長、あなたって人は……」

冬川が苦笑しながらも興味深げに言う。

「独占欲、強そうですね」

「ええ。手に入れたモノは絶対に手放さない主義でね。誰にも触れさせたくないんですよ」

それが誰に向けられた言葉か――
律はよく知っていた。

   ◆

帰りの社用車。
律は助手席に座ったまま、窓の外を見ていた。

「……あの人、目で口説いてきましたね」

「気づいてたか」

「東条さんの太腿がやたら熱かったから、わかります」

「……嫉妬した?」

「えっ!? なんで? 俺が?」

律は笑った。

「逆ですよ! 嫉妬してたの、東条さんの方じゃないですか! 冬川さんに僕が取られるって思ったんでしょ」
社長に対して、こんな軽口も叩けるようになった自分が、嘘みたいだ。

「そうだったか?」
東条は、とぼけて見せる。
冷酷だと思っていた厳しい社長が、こんな、おどけた表情もするなんて。
(これは、僕だけが知っている顔かもしれない)
とほくそ笑む気持ちが湧くと、
(自分にも独占欲があるのかな)
と気づく。

「まあ、冬川氏も、いい男だからな。それに、彼も男に興味があるらしい。以前、そんな話をしたことがある」

「えっ……」
あの冬川氏と東条さんが、そんな話をする仲とは……。だから戯れのような、あんな会話……。
しかも、いい男とか言ってるし。まんざらじゃない? 僕は年下だけど、東条さんって、年上も好きなの?
急に不安になる。僕の知らない東条さん……。

「ん? どうした? お腹でも痛くなったか?」
赤信号で停車したとき、黙りこくった律を心配するように、東条が、律の顔をのぞきこむようにして、指先でほっぺたをつついた。

「……東条さんが誰かに“取られる”なんて、想像したくないです……」
律は、うつむいて、両手でスーツの上着の裾を、ぎゅっと握った。

青信号になり、車は再び発車する。しかし、急に左折して、車は露地の駐車スペースに退避して止まった。
「……律」
東条が、何か言いたげに、律を見つめる。だが、律はそれを遮るように強く言った。

「だから、僕のこと、ちゃんと“恋人”だって言ってください。秘書じゃなくて」

東条の目が一瞬、大きく見開かれた。

思い切って言ってしまった言葉に、何という返事が返ってくるのか、怖かった。
でも、言わずにおれなかった。

律が“所有されること”を受け入れて以降、こんなふうに東条に対して感情をぶつたのは初めてだった。

「……お前、本気で言ってるのか?」

(怖い。東条さんの反論が怖い。のどがつまったような感じがして、唇が震えそうだ。
だけど、言わなきゃ)

「僕、気づいたんです。東条さんに抱かれると、安心する。
 自分がぐちゃぐちゃになっても……その腕の中なら、全部、許される気がする」

泣き出したいような気持ち。涙がこぼれそうで、視界がにじむ。だめだ、泣いたら。

「……それは、恋なのか?」

東条が、慎重な態度で尋ねる。

「わかりません。でも――愛されたいって思ってる」

東条の落ち着いた態度に、少し、高ぶった気持ちがやわらぐ。

次の瞬間、東条の腕が律の方に伸びてきて、律の身体を強く引き寄せた。

「お前がそう言うなら……今日から、お前は俺の恋人だ」

東条の声が耳元で熱い吐息とともに囁く。

「……本当に?」

律は、間近で、まぶたを少し上げて東条の表情を見ようとする。

「責任、取る。取らせてやる。心も身体も、もうお前だけのものだって証明するよ」



その夜――
律は初めて、自分から東条にキスをした。

支配されるだけではなく、求めるためのキスを。

東条はそれを受け止め、何も言わず、強く抱きしめてくれた。

(――僕たちの関係は、もう“始まっていた”んだ)

ようやく、それを認められた気がした。

---
 次章予告:

第八章「恋人契約、蜜より甘く」
律の心に宿り始めた“愛される実感”。
けれど、東条にも他人に明かせない過去と痛みがあった。
所有から愛へ――二人の関係が変わっていく、転機の夜。
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