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第十一章 午前の庭にて
おじ様の話し
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「ねえ、父様のが大きかった?」
えっ、潤ったら、何てこと聞いてるの……? と瑶は思った。
「そんなことはない。私のが背が高かった」
あ、身体の大きさか。おじ様は思い出すような表情をした。
「竹秋兄さんは、いつも穏やかで、優しい人だった」
とおじ様は、語った。
「頭のいい人だった。身体が弱かったので、学者の道を選んだ。けれども、道半ばで逝ってしまったので、私が後を受け継いだ。研究資料もみんな。でも、私は、兄ほどの才能がない。皮肉なものだな」
「才能がないといいつつ、それを職業にしてらっしゃるじゃありませんか」
と瑶は指摘した。
「ああ、そうだね。ありがとう」
おじ様は、涙ぐんでいた。
おじ様は、ちょうどマネの『草上の昼食』の裸婦のように、自宅の庭で裸で体育座りをしていた。マネの絵画と違って、他の二人の男も、全裸で草の上に腰を下ろしていた。おじ様は沸き起こった悲しみを逃がすように、無意識にクローバーの葉や花をぶちぶちとむしり取っていた。裸になると、皆ただの人だった。
「兄に恋人ができた時、私はショックだった。私も対抗するように恋人を作り、兄より先に結婚して子供も得た。それでも私は満たされなかった。私が提案して3Pもした。私は兄嫁に兄さんを取られたと思い嫉妬していた。兄が私を遠ざけようとしているようで悲しかったのだ」
「おじ様は、潤の父上と、よく似ているのですか?」
瑶は疑問を投げかけた。
「ああ、容貌は、似ているのかもしれない。潤とも似ていると言われるから」
瑶は首肯した。
「潤は、私の兄によく似ている。だから私は、潤に甘えているのかもしれない」
おじ様は、潤を理想化しているのだろうか。
「潤の父上だって、本当は、おじ様が思うような人でなかったかもしれませんよ?」
「そんなことはない。いつだって私と兄さんは、いっしょだったから、よく知っている」
「理想的な誰かを追い求めても、自分が自分から離れていたら寂しくありませんか?」
と瑶は言った。
「私は、君のように、強くはないんだろう。酒を求めるように、潤を求めてしまう。潤を離したくない」
瑶は、話題を引き戻した。
「おじ様の方が、ずいぶん早くに結婚されたんですか?」
おじ様の兄の長男である潤は、おじ様の長男の譲より四つ下だったからだ。
「私の方が、長男で慎重だった兄さんより、少し早く結婚しただけだ。ただ兄嫁に、なかなか子どもができなくて」
「それで、潤のが年下なんですね」
瑶は納得した。
「3Pなどを彼らが承諾したのも、そのせいだった。兄さんは、女性とできなかったから」
「えっ、ということは、まさか、潤は、おじ様の子ども?」
「いや、そういうことではなくて……」
おじ様は、言いにくそうにした。
「つまり、潤を作ることを私が手伝ったのだ」
なんと潤の制作段階から関わっていたとは。しかし、そうだとすると、精神的には、おじ様と潤の父の間に、潤の母のお腹を借りてできた子どもが潤とも言えるわけで、おじ様と潤は、精神的には、親子なのではという気がした。潤の兄さんたちと、おじ様は、肉体的に親子だけれど、潤とおじ様は精神的に親子なのではと。親子というか接ぎ木か挿し木のようにクローン的にできた自己を愛するような行為に思えた。おじ様が潤を愛することは、おじ様が実の子を愛するより、より自己愛に近いのかもしれない。子を愛するというよりは、自己を愛するために、潤を愛するのではと思えた。潤は、おじ様にとって、より理想的な自己なのかもしれない。
「潤ができてからは、兄は私のことを、かまわなくなった。昔は、私を可愛いがってくれたのに。赤ん坊の潤が妬ましく、憎らしかった」
おじ様の目から、涙が零れ落ちた。瑶は、大人の男が泣くのを、不思議な気持ちで見ていた。大人の男も、泣いてもいいじゃないか、と思えた。
「すごく、寂しかったんでしょうね……」
瑶は言った。
「君に責められるかと思った」
おじ様は、瑶の言葉に、意外だというような言い方をした。
「僕の中にも、弱い心や悪い心は、ありますから、責めるなんて、できません」
「悪い心。私が悪いとは、思っているわけか」
瑶は、弁護士の父と、臨床心理士の母の間で揺れ動いていた。違う。潤と、おじ様の間で、ゆれ動いていた。こういう時、瑶は、弁護士や裁判官には、向いていない、と思った。けれど、やはり、瑶は、潤を味方したかった。友達の、潤は、そう思っていないかもしれないけれど、恋人の、それも初めての恋人の、味方をしたくならないわけがなかった。けれど、肝心の、当の本人の潤が、潤の味方でなかった。おじ様に取り込まれて、おじ様の味方に、見方に、なっていた。本人を差し置いて、瑶がしゃしゃり出ることは、難しかった。もし、そんなことをしたら、瑶が、悪者になってしまうだろう。瑶が悪役になってしまったら、潤は、ますます、おじ様や、譲に頼るようになるだろうから、潤の逃げ場、他の外の世界への通路が閉じられてしまうような気がした。瑶がそこまで信頼されているかわからなかったけれど、瑶は、潤の力を信頼していた。
えっ、潤ったら、何てこと聞いてるの……? と瑶は思った。
「そんなことはない。私のが背が高かった」
あ、身体の大きさか。おじ様は思い出すような表情をした。
「竹秋兄さんは、いつも穏やかで、優しい人だった」
とおじ様は、語った。
「頭のいい人だった。身体が弱かったので、学者の道を選んだ。けれども、道半ばで逝ってしまったので、私が後を受け継いだ。研究資料もみんな。でも、私は、兄ほどの才能がない。皮肉なものだな」
「才能がないといいつつ、それを職業にしてらっしゃるじゃありませんか」
と瑶は指摘した。
「ああ、そうだね。ありがとう」
おじ様は、涙ぐんでいた。
おじ様は、ちょうどマネの『草上の昼食』の裸婦のように、自宅の庭で裸で体育座りをしていた。マネの絵画と違って、他の二人の男も、全裸で草の上に腰を下ろしていた。おじ様は沸き起こった悲しみを逃がすように、無意識にクローバーの葉や花をぶちぶちとむしり取っていた。裸になると、皆ただの人だった。
「兄に恋人ができた時、私はショックだった。私も対抗するように恋人を作り、兄より先に結婚して子供も得た。それでも私は満たされなかった。私が提案して3Pもした。私は兄嫁に兄さんを取られたと思い嫉妬していた。兄が私を遠ざけようとしているようで悲しかったのだ」
「おじ様は、潤の父上と、よく似ているのですか?」
瑶は疑問を投げかけた。
「ああ、容貌は、似ているのかもしれない。潤とも似ていると言われるから」
瑶は首肯した。
「潤は、私の兄によく似ている。だから私は、潤に甘えているのかもしれない」
おじ様は、潤を理想化しているのだろうか。
「潤の父上だって、本当は、おじ様が思うような人でなかったかもしれませんよ?」
「そんなことはない。いつだって私と兄さんは、いっしょだったから、よく知っている」
「理想的な誰かを追い求めても、自分が自分から離れていたら寂しくありませんか?」
と瑶は言った。
「私は、君のように、強くはないんだろう。酒を求めるように、潤を求めてしまう。潤を離したくない」
瑶は、話題を引き戻した。
「おじ様の方が、ずいぶん早くに結婚されたんですか?」
おじ様の兄の長男である潤は、おじ様の長男の譲より四つ下だったからだ。
「私の方が、長男で慎重だった兄さんより、少し早く結婚しただけだ。ただ兄嫁に、なかなか子どもができなくて」
「それで、潤のが年下なんですね」
瑶は納得した。
「3Pなどを彼らが承諾したのも、そのせいだった。兄さんは、女性とできなかったから」
「えっ、ということは、まさか、潤は、おじ様の子ども?」
「いや、そういうことではなくて……」
おじ様は、言いにくそうにした。
「つまり、潤を作ることを私が手伝ったのだ」
なんと潤の制作段階から関わっていたとは。しかし、そうだとすると、精神的には、おじ様と潤の父の間に、潤の母のお腹を借りてできた子どもが潤とも言えるわけで、おじ様と潤は、精神的には、親子なのではという気がした。潤の兄さんたちと、おじ様は、肉体的に親子だけれど、潤とおじ様は精神的に親子なのではと。親子というか接ぎ木か挿し木のようにクローン的にできた自己を愛するような行為に思えた。おじ様が潤を愛することは、おじ様が実の子を愛するより、より自己愛に近いのかもしれない。子を愛するというよりは、自己を愛するために、潤を愛するのではと思えた。潤は、おじ様にとって、より理想的な自己なのかもしれない。
「潤ができてからは、兄は私のことを、かまわなくなった。昔は、私を可愛いがってくれたのに。赤ん坊の潤が妬ましく、憎らしかった」
おじ様の目から、涙が零れ落ちた。瑶は、大人の男が泣くのを、不思議な気持ちで見ていた。大人の男も、泣いてもいいじゃないか、と思えた。
「すごく、寂しかったんでしょうね……」
瑶は言った。
「君に責められるかと思った」
おじ様は、瑶の言葉に、意外だというような言い方をした。
「僕の中にも、弱い心や悪い心は、ありますから、責めるなんて、できません」
「悪い心。私が悪いとは、思っているわけか」
瑶は、弁護士の父と、臨床心理士の母の間で揺れ動いていた。違う。潤と、おじ様の間で、ゆれ動いていた。こういう時、瑶は、弁護士や裁判官には、向いていない、と思った。けれど、やはり、瑶は、潤を味方したかった。友達の、潤は、そう思っていないかもしれないけれど、恋人の、それも初めての恋人の、味方をしたくならないわけがなかった。けれど、肝心の、当の本人の潤が、潤の味方でなかった。おじ様に取り込まれて、おじ様の味方に、見方に、なっていた。本人を差し置いて、瑶がしゃしゃり出ることは、難しかった。もし、そんなことをしたら、瑶が、悪者になってしまうだろう。瑶が悪役になってしまったら、潤は、ますます、おじ様や、譲に頼るようになるだろうから、潤の逃げ場、他の外の世界への通路が閉じられてしまうような気がした。瑶がそこまで信頼されているかわからなかったけれど、瑶は、潤の力を信頼していた。
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