潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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第十二章 テラスにて

おじ様と潤 3

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 瑶の視線を感じたのか、角の所で、潤が瑶を振り返った。
 瑶は、潤が、ずっと瑶と目を合わせようとしなかったのを、寂しく思っていた。瑶も、気恥ずかしかったので、とても目を合わせられない気がしていたのも事実ではあったけれども。
「曲がります」
椅子の脚を持った潤は、電車ごっこをする幼稚園児のように、椅子の背もたれを持った瑶に、子どもっぽく、はにかみながら言った。そして、にこっと、瑶の目を見て微笑んだ。
 瑶は、最初に潤に心をとらえられた瞬間を思い出して、心臓が止まりそうだった。
 あの時は、潤の微笑みが、瑶に向けられることなど、思いもよらなかった。だけど、今では、こうして、瑶に向かって笑いかけてくれる。この恩恵を失いたくない、と思った。
 瑶が潤たちに、余計なことを言ったりしたりすれば、嫌われるだけに思えた。なんとか、潤を、この快楽の園から脱出させなければ、という思いが、ほとんど打ち砕かれそうになっていた。もう、この人たちは、自分たちで、独自の楽園を作り上げて自足しているんだから、それでいいじゃないか、という無力感のような、甘い投げやりな気持ちが、心に忍び入った。
 瑶にできることなんて、何もない、というあきらめの気持ちが瑶を支配した。ああ、潤も、こんな気持ちなのかな、と瑶は思った。逃げられるのに精神的にマインドコントロールされていて逃げ出せない状態。
 潤の振り返りの一瞥は、俺を助けて、とも、俺に関わらないで、とも言っているように思えた。矛盾する二つのメッセージを同時に投げかけられては、何もできなかった。助けて、と言われたとしても、具体的に、何をどうしたらいいか、言ってもらわないと、わからなかった。でも、きっと潤は、何をどうしてと言えないのだと思った。認識することをも阻まれていたから。潤も、瑶も、どうしたらいいか、わからなかった。
 テラスに椅子を持ち上げ、長方形のテーブルの長い方と短い方に椅子を置いた。
 瑶は、短い方の席で、おじ様は丸テーブルで白い椅子、潤は、瑶とおじ様の間の、丸テーブルと長方形の交差する空間に置かれた、白い椅子に座った。

 譲が、来て、大皿に盛った料理と取り皿を並べた。
「ありがとう、譲。お前がいるから、助かったよ」
「別にあんたのために作ったんじゃねえし」
譲は、照れたように、ちょっと赤くなって、ぶっきらぼうに言った。
「それより」
譲は、カトラリーを並べながら、おじ様に言った。
「病院、いかないのかよ。学生の俺だと保証人になれないから、入院書類に親父のサインが必要だって言われたんだけど。あと保証金」
譲が、少しいらだった様子で、なじるように言った。
「わかってる。着替えを持って、午後には、行くつもりだ」
おじ様は、落ち着いた面持ちで答えた。
「譲は、料理が上手いな。シェフになれるぞ」
「まじで? 俺、本気にするよ? 俺、卒業したら、料理人の修行しに、フランス行こうかな」
譲が言った。
「好きにしなさい」
「ほんとかよ。まったく、変なところで放任だからな」
「譲は、もう、就職先が決まっているんだろう?」
「決まっちゃいないけど、まあ、だいたいね」
「譲くらいは、まともに就職してほしいと思うけれどね。潤は、とても無理だと思うから」
「結局、本音はそっちかよ」
譲が、顔をしかめた。
 瑶は、木製のサラダボウルから、サニーレタスとキャベツと赤の丸いのと黄の長細いプチトマトを取った。白い器にあったサウザンアイランドドレッシングをスプーンでかけて、ペッパーミルを回した。

「ある印象的な学生がいてね」
おじ様が言った。
「ひどく官能的な美青年だったよ」
「学生にまで、手を出してるのかよ」
譲が、憎まれ口をたたいた。
「いや、学生に手を出したことはない。そんなことをしたら、お前たちを養えなくなるからね。それに、竹秋兄さんから、託された研究を続けられなくなるのが、一番困る。あれは、兄さんから私へ贈られた形見の品なのだから」
「竹秋伯父の話は、いいから」
譲が焦れたように言った。
「私は、その学生と、ひょんなことで再会してね。と言っても、向こうは気づいていない。あまりにも美しい青年だったから、私の方は、ずっと覚えていたんだ」
「そんなに、きれいな人なの?」
潤が、少し不安そうに尋ねた。
「ああ、その青年の、異常な美しさは、禍々しいほどだった」
「あの、その人、瑶より、きれい?」
潤は、不安に駆られらたように尋ねた。
「潤、お前は特別だよ。私の可愛い子」
おじ様は、不安がる潤を、なだめてから、瑶にとって衝撃的な言葉を続けて言った。
「再会した元学生の青年は、少年を調教していたんだ」
「調教?」
瑶は、驚いて、フォークを手から落としそうになった。プチトマトのフルーティな香りが口の中にはじけた。調教なんて、馬の調教だとか、そんなことでしか聞かない言葉なのに、人間に対して、調教だなんて。馬の調教につかう鞭と、おじ様が瑶や潤につかう鞭が、同種の意味を持つものだと、初めて瑶は認識した。おじ様が潤や瑶にふるった鞭も、調教だったのか? 瑶は、知らず知らずのうちに、調教されてしまうのかもしれないと、ぞくぞくした。潤みたいに、おじ様のセックスなしでは、いられない体に……。瑶は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ああ、その学生の性癖には気づいていた。同類の匂いというのかな。提出されたレポートを読んで、私の勘は、確信に変わった」
おじ様は、興奮したように語った。
「私の印象に残っていた理由は、単に美しかったからじゃない。そんな学生は、たくさんいる」
おじ様は、なにごとかを脳裏に浮かべているようだった。
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