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悪役貴族とゴーストガール!
風紀的再会、風紀的昼食
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「――たまにはひとりの昼ごはん、ってのも悪くないな」
昨日とは打って変わって、次の日、俺はひとりでランチタイムを迎えた。
普段ならべったりついて離れないテレサとソフィーだけど、今日は別の用事がある。
テレサの方は、俺が調べ物を頼んだからそっちを優先。ソフィーは友達に学園構内のレストランに誘われたから、そっちを優先。
俺としてはこういう時間が欲しかったし、ふたりを束縛する気はちっともない。
ただ、彼女達と別れる際に言われたセリフだけは、俺の背筋をぞっとさせた。
『次回はもっと大きな、サプライズ級の巨大魚のフライを作ってまいります』
『前に作ったのは5辛くらいだったから、次は私が普段食べてる10辛のお弁当を作ってくるね! ネイト君の驚く顔が楽しみだな~っ♪』
どうやら俺は、もう一度あの激戦に挑まなきゃいけないみたいだ。
驚くのは俺の顔じゃなくて胃袋だ。しかもショック死とか、そういう類の驚きだよ。
愛くるしい死刑宣告にちょっぴり嬉しさと不安を覚えながら、購買部でパンをいくつか買って、手ごろな木陰に座り込んで今からランチってのが、今の俺の状況だな。
「それにしても、テレサの情報が放課後までに集まるとありがたかったんだが……」
がさごそと鞄の中から紙に包まれたパンを取り出しながら、俺はぼやいた。
「……まさか、風紀委員会の方からこっちに来てくれるなんてな」
目の前に立っている、ふたりの女子生徒を見ながら。
ひとりはおどおどとした調子のクラリス。もうひとりは昨日すれ違ったポニーテールの風紀委員で、腕章の派手さから、きっと委員長か副委員長だろうな。
さて、俺が声をかけても、クラリスはちっとも目を合わせようとはしてくれなかった。
「……ぼ、ボクは、会いたく……」
「まだ言うのですか、クラリス・ブレイディ!」
「はひぃっ!」
だけど、気の強そうな風紀委員が一喝すると、たちまちぴんと背筋を伸ばした。
「自己紹介が遅れましたね、自分はマライア・グウィン。風紀委員会の会長を務める、属性魔法科の3年生です。で、あなたが噂のゴールディングですね」
マライアという生徒に聞き覚えはない。
こっちの世界でも、もちろん『フュージョンライズ・サーガ』の世界でもだ。
「委員長までお出ましで、近頃騒ぎを起こしてる俺に事情聴取でもしに来たのか?」
「いいえ、そんなつもりはまったくありません。自分とクラリスさんがここに来たのは、彼女に乱暴な取り締まりをしようとした事実を詫びさせるためです」
なんだか、これまで出会ったサブキャラの中じゃ、かなり物分かりの良いタイプだな。
「……胸を、触られたのに……あ、いえ、なんでも……」
ぎろりとマライアに睨まれて、クラリスは口を尖らせながらも自分の意見を引っ込める。
いや、まあ、あれに関しては完全に俺が悪いんだが。
「『決闘執行』をいきなり持ち掛けてしまい……すいませんでした……」
渋々ながらに頭を下げるクラリスの隣で、マライアが腕を組んで頷いた。
「すいません、ゴールディング。彼女は前々から風紀のことになると暴走しがちなのです。今回は特に目に余る行為だったので、このように謝罪をさせていただきました」
「あ、いや、俺はそんなに気にしてないし、大丈夫だよ」
「それは何よりです! では、私からの話は以上です!」
物分かりが良すぎるというのも、考えものなのかもしれない。
マライアは「これでトラブルは完全に解決した」と言うかのように、さっさと話を切り上げると、クラリスを置いて足早に立ち去ってしまった。
用事だけをこなすにしても、せめてクラリスにはひと声かけてやれよ。
俺とふたりで残されて、どうしたらいいか分からなくなってるじゃねえか。
「……会長、また貴族をひいきして……」
どこか恨めしさすら感じるセリフを吐き捨てるクラリスは、俺にちらりと視線を向けては逸らすばかりで、どうしたらいいか戸惑っているみたいだ。
だったら、ここは話を進めてやるのが、俺の役割だな。
「あのさ、クラリス? お前、もう昼飯は食ったか?」
唐突な問いかけだったのか、クラリスはやっとこっちをまじまじと見た。
「いいえ……まだ、ですが……それがどうか、しましたか……?」
俺は手にしたパンとは別の、総菜を挟んだパンを鞄の中から取り出す。
「これ、食うか?」
「……パン?」
「購買部の『クラーケン焼きそばパン』、たまたま買いすぎちゃってさ。そっちさえよければ、木陰も空いてるし、一緒にランチでもどうだ?」
本当は自分で食べるために買ったパンだけど。
「い、い、異性とランチ……!? ふ、不純です……」
当然のように、クラリスは頬を赤らめる。
そりゃあ俺だって異性との交遊経験はないほうだけど、ランチに誘ったくらいで不純異性交遊になるのなら、少し離れたところでキスしてるカップルはどうなるんだか。
「不純じゃないだろ。ちょっと話したいだけだからさ、ほら、ここ座れよ」
「……ま、まあ……そこまで言うなら……信じましょう……」
クラリスはじっとりとした視線をぶつけながら、俺の横に座ってくれた。
不純だと言いながら隣に座る彼女に、俺はパンを手渡した。
「では、失礼します……あむ」
クラーケン焼きそばパンは、購買部で売っているパンの中でもかなりうまい方で、ゲームの中だとHPを80回復してくれる、コストパフォーマンスに優れたアイテムだ。
なんだかんだで俺はこれを気に入ってるんだけども、クラリスはどうかな。
「……おいしい……ひとりで食べるのとは、なんだか……違います」
ぱっと頬に赤みがさしたのを見て、俺は心の中でガッツポーズをとった。
ヒロイン達が喜んでくれるなら、俺も誘ったかいがあるってもんだ。
「だろ? 料理ってのは不思議なもんでさ、ひとりで黙々食べるのもいいけど、誰かと食べると味が変わったりするんだよ。俺も、クラリスと食べるとおいしく思うよ」
「おかしな人、ですね……ボクは貴方に……危害を、加えたのに……」
「あんなもん、危害の内にも入らないっての!」
木にもたれかかった俺が笑うと、クラリスは目を丸くした。
「……そう、ですか。本当に、変な人……」
じっと俺を見つめてから、彼女は我に返って顔を隠すように、ハムスターのように焼きそばパンを食べ始めた。
よくよく見てみると、頬どころか、長い髪の隙間から見える耳まで赤くなってる。
まさかこれって、照れてるのか――なんだこのかわいい生き物は。
できれば新鮮なメインヒロインの姿をこっそり眺めていたいけれど、俺としては放課後まで待つところだったイベントを進める機会でもあるのを、ふと思い出した。
「ところでクラリス、昨日話してた『紫の石』を見せてくれないか? あれは危険なアイテムなんだ、よかったら俺に預からせてくれ」
すると、クラリスはパンを食べる手を急に止めた。
イベントシーンの1枚絵のように、文字通りフリーズしたんだ。
「…………」
「クラリス?」
もう一度声をかけると、彼女は何事もなかったようにポケットから石を取り出した。
「……いえ……これです、どうぞ」
クラリスが渡してくれた石のサイズは、ダンカンが使っていたものよりも、テレサが支配されていたケイオスのそれよりもずっと小さい。
おまけに紫の光もとても弱々しくて、風前の灯火、って言葉が似合うさまだ。
「入学式の3日後に、貴族主義に属する生徒から押収しました……その時は、紫色に……輝いていましたが、今は……」
「調子はどうだ? 変な声が聞こえたりとか、悪事を働きたくなったりしてないか?」
「そんなわけ、ないでしょう……」
じっとりと彼女が睨むと、石がまるで委縮したように、さらさらと粒になって消えた。
「石が……!」
「……なんだったんですか、これは……」
クラリスの質問に、俺はちょっぴりはにかみながら答えた。
「灰になったんだ、もう気にすることじゃないさ」
謎はいくつか残ったが、クラリスが支配されなかったのは何よりだ。
もしもまだケイオスに意識を乗っ取られていたなら、きっと石を手放そうとはしないだろうし、消滅するのを指をくわえて眺めてたりはしないだろうしな。
(多分、クラリスには適合しなかったんだろうな。よかった、ひとまずは安心だ)
心の中で、俺はほっと胸をなでおろした。
昨日とは打って変わって、次の日、俺はひとりでランチタイムを迎えた。
普段ならべったりついて離れないテレサとソフィーだけど、今日は別の用事がある。
テレサの方は、俺が調べ物を頼んだからそっちを優先。ソフィーは友達に学園構内のレストランに誘われたから、そっちを優先。
俺としてはこういう時間が欲しかったし、ふたりを束縛する気はちっともない。
ただ、彼女達と別れる際に言われたセリフだけは、俺の背筋をぞっとさせた。
『次回はもっと大きな、サプライズ級の巨大魚のフライを作ってまいります』
『前に作ったのは5辛くらいだったから、次は私が普段食べてる10辛のお弁当を作ってくるね! ネイト君の驚く顔が楽しみだな~っ♪』
どうやら俺は、もう一度あの激戦に挑まなきゃいけないみたいだ。
驚くのは俺の顔じゃなくて胃袋だ。しかもショック死とか、そういう類の驚きだよ。
愛くるしい死刑宣告にちょっぴり嬉しさと不安を覚えながら、購買部でパンをいくつか買って、手ごろな木陰に座り込んで今からランチってのが、今の俺の状況だな。
「それにしても、テレサの情報が放課後までに集まるとありがたかったんだが……」
がさごそと鞄の中から紙に包まれたパンを取り出しながら、俺はぼやいた。
「……まさか、風紀委員会の方からこっちに来てくれるなんてな」
目の前に立っている、ふたりの女子生徒を見ながら。
ひとりはおどおどとした調子のクラリス。もうひとりは昨日すれ違ったポニーテールの風紀委員で、腕章の派手さから、きっと委員長か副委員長だろうな。
さて、俺が声をかけても、クラリスはちっとも目を合わせようとはしてくれなかった。
「……ぼ、ボクは、会いたく……」
「まだ言うのですか、クラリス・ブレイディ!」
「はひぃっ!」
だけど、気の強そうな風紀委員が一喝すると、たちまちぴんと背筋を伸ばした。
「自己紹介が遅れましたね、自分はマライア・グウィン。風紀委員会の会長を務める、属性魔法科の3年生です。で、あなたが噂のゴールディングですね」
マライアという生徒に聞き覚えはない。
こっちの世界でも、もちろん『フュージョンライズ・サーガ』の世界でもだ。
「委員長までお出ましで、近頃騒ぎを起こしてる俺に事情聴取でもしに来たのか?」
「いいえ、そんなつもりはまったくありません。自分とクラリスさんがここに来たのは、彼女に乱暴な取り締まりをしようとした事実を詫びさせるためです」
なんだか、これまで出会ったサブキャラの中じゃ、かなり物分かりの良いタイプだな。
「……胸を、触られたのに……あ、いえ、なんでも……」
ぎろりとマライアに睨まれて、クラリスは口を尖らせながらも自分の意見を引っ込める。
いや、まあ、あれに関しては完全に俺が悪いんだが。
「『決闘執行』をいきなり持ち掛けてしまい……すいませんでした……」
渋々ながらに頭を下げるクラリスの隣で、マライアが腕を組んで頷いた。
「すいません、ゴールディング。彼女は前々から風紀のことになると暴走しがちなのです。今回は特に目に余る行為だったので、このように謝罪をさせていただきました」
「あ、いや、俺はそんなに気にしてないし、大丈夫だよ」
「それは何よりです! では、私からの話は以上です!」
物分かりが良すぎるというのも、考えものなのかもしれない。
マライアは「これでトラブルは完全に解決した」と言うかのように、さっさと話を切り上げると、クラリスを置いて足早に立ち去ってしまった。
用事だけをこなすにしても、せめてクラリスにはひと声かけてやれよ。
俺とふたりで残されて、どうしたらいいか分からなくなってるじゃねえか。
「……会長、また貴族をひいきして……」
どこか恨めしさすら感じるセリフを吐き捨てるクラリスは、俺にちらりと視線を向けては逸らすばかりで、どうしたらいいか戸惑っているみたいだ。
だったら、ここは話を進めてやるのが、俺の役割だな。
「あのさ、クラリス? お前、もう昼飯は食ったか?」
唐突な問いかけだったのか、クラリスはやっとこっちをまじまじと見た。
「いいえ……まだ、ですが……それがどうか、しましたか……?」
俺は手にしたパンとは別の、総菜を挟んだパンを鞄の中から取り出す。
「これ、食うか?」
「……パン?」
「購買部の『クラーケン焼きそばパン』、たまたま買いすぎちゃってさ。そっちさえよければ、木陰も空いてるし、一緒にランチでもどうだ?」
本当は自分で食べるために買ったパンだけど。
「い、い、異性とランチ……!? ふ、不純です……」
当然のように、クラリスは頬を赤らめる。
そりゃあ俺だって異性との交遊経験はないほうだけど、ランチに誘ったくらいで不純異性交遊になるのなら、少し離れたところでキスしてるカップルはどうなるんだか。
「不純じゃないだろ。ちょっと話したいだけだからさ、ほら、ここ座れよ」
「……ま、まあ……そこまで言うなら……信じましょう……」
クラリスはじっとりとした視線をぶつけながら、俺の横に座ってくれた。
不純だと言いながら隣に座る彼女に、俺はパンを手渡した。
「では、失礼します……あむ」
クラーケン焼きそばパンは、購買部で売っているパンの中でもかなりうまい方で、ゲームの中だとHPを80回復してくれる、コストパフォーマンスに優れたアイテムだ。
なんだかんだで俺はこれを気に入ってるんだけども、クラリスはどうかな。
「……おいしい……ひとりで食べるのとは、なんだか……違います」
ぱっと頬に赤みがさしたのを見て、俺は心の中でガッツポーズをとった。
ヒロイン達が喜んでくれるなら、俺も誘ったかいがあるってもんだ。
「だろ? 料理ってのは不思議なもんでさ、ひとりで黙々食べるのもいいけど、誰かと食べると味が変わったりするんだよ。俺も、クラリスと食べるとおいしく思うよ」
「おかしな人、ですね……ボクは貴方に……危害を、加えたのに……」
「あんなもん、危害の内にも入らないっての!」
木にもたれかかった俺が笑うと、クラリスは目を丸くした。
「……そう、ですか。本当に、変な人……」
じっと俺を見つめてから、彼女は我に返って顔を隠すように、ハムスターのように焼きそばパンを食べ始めた。
よくよく見てみると、頬どころか、長い髪の隙間から見える耳まで赤くなってる。
まさかこれって、照れてるのか――なんだこのかわいい生き物は。
できれば新鮮なメインヒロインの姿をこっそり眺めていたいけれど、俺としては放課後まで待つところだったイベントを進める機会でもあるのを、ふと思い出した。
「ところでクラリス、昨日話してた『紫の石』を見せてくれないか? あれは危険なアイテムなんだ、よかったら俺に預からせてくれ」
すると、クラリスはパンを食べる手を急に止めた。
イベントシーンの1枚絵のように、文字通りフリーズしたんだ。
「…………」
「クラリス?」
もう一度声をかけると、彼女は何事もなかったようにポケットから石を取り出した。
「……いえ……これです、どうぞ」
クラリスが渡してくれた石のサイズは、ダンカンが使っていたものよりも、テレサが支配されていたケイオスのそれよりもずっと小さい。
おまけに紫の光もとても弱々しくて、風前の灯火、って言葉が似合うさまだ。
「入学式の3日後に、貴族主義に属する生徒から押収しました……その時は、紫色に……輝いていましたが、今は……」
「調子はどうだ? 変な声が聞こえたりとか、悪事を働きたくなったりしてないか?」
「そんなわけ、ないでしょう……」
じっとりと彼女が睨むと、石がまるで委縮したように、さらさらと粒になって消えた。
「石が……!」
「……なんだったんですか、これは……」
クラリスの質問に、俺はちょっぴりはにかみながら答えた。
「灰になったんだ、もう気にすることじゃないさ」
謎はいくつか残ったが、クラリスが支配されなかったのは何よりだ。
もしもまだケイオスに意識を乗っ取られていたなら、きっと石を手放そうとはしないだろうし、消滅するのを指をくわえて眺めてたりはしないだろうしな。
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